第41話 再会の条件

 翌朝、代々木の空はうっすらと霞んでいた。

 《ハート・ラボ》の窓からは、高層ビルの隙間を抜ける冬の光が差し込んでいる。

 桐谷が出勤すると、すでに真由がデスクに座っていた。

 コーヒーを手に、モニターをじっと見つめている。


「朝から熱心だな。」

「メール、見てください。」


 差し出された画面には、一通のメールが開かれていた。

 件名にはこう書かれている。


> 【相談予約希望】

《再会したい人がいます。条件があります。》




「差出人、“朝倉玲奈”。覚えてますか?」

「……あの、半年ぶりか。」


 桐谷は小さくうなずいた。

 玲奈――以前ハート・ラボで“恋人と別れたあとに自分を取り戻す”支援を受けていた女性。

 セッションの途中で突然姿を消し、以降の連絡は途絶えていた。


「再会したい“条件”って、なんだろうな。」

「メールの本文にありました。」


 真由が画面をスクロールする。


> 『もし、私の支援をしてくれるなら、

 前回の続きを“あの人の前で”やりたいんです。

 私がどれだけ変われたか、確かめたいから。』




 桐谷は目を細めた。

 「……つまり、“成長を見せたい”ってことか。」


「でも、相手はまだ彼女のことを受け入れていないそうです。」

「リスクが高いな。支援の名で“演出”になる可能性がある。」

「ええ。でも、“再会”は彼女にとって喪失の最終章かもしれません。」


 桐谷は少し考え、デスクの上のボールペンを転がした。

 コツン、という音が、静かな部屋に響く。


「真由さん、あなたが担当していいかもしれない。」

「私が?」

「彼女が求めているのは、“過去を演じ直す相手”じゃなく、“見届け人”だろう。

 ……そういう支援は、あなたの方が向いている。」


「でも、あのケースは先生が――」

「俺が関わると、感情の軸がぶれる。

 支援者が二度、同じ関係に入るのは危うい。」


 真由はしばらく黙っていた。

 やがて、小さく頷く。


「……わかりました。私が引き受けます。」


 桐谷は微笑んだ。

「彼女の“再会条件”を、条件付きで受けよう。」

「条件付き?」

「“再会しても、結論を出さない”こと。

 再会はゴールじゃなく、“確認”にとどめる。

 それを本人に伝えてくれ。」


「はい。」


 真由が立ち上がり、深く息を吸う。

 覚悟のような静けさが、部屋に広がった。



---


 その日の夕方。

 真由は代々木公園を歩いていた。

 木々の葉はすっかり落ち、冬の風が小枝を鳴らしている。


 待ち合わせ場所には、コートの襟を立てた女性が立っていた。

 ――朝倉玲奈。


 彼女は以前よりも少し痩せていたが、目の奥には芯のような光が宿っていた。


「来てくれて、ありがとうございます。」

「こちらこそ。元気そうで、安心しました。」


「先生(桐谷)は……?」

「今日は見守りです。

 “再会の条件”を、確認させてください。」


 玲奈は頷いた。

「私は、彼に何も求めません。

 ただ、ちゃんと“終わった”ことを、自分の目で確かめたいんです。」


 その言葉に、真由は静かにうなずいた。


「いいですね。

 “終わりを見届ける”のも、ひとつの再会の形です。」


 玲奈は少し笑った。

「終わらせるために会う――なんて、変ですよね。」

「いいえ。心には“閉じ方”が必要です。

 閉じて初めて、“次の誰か”と会えるから。」


 二人の間に、柔らかな風が通り抜けた。


 真由はポケットの中でスマホを開く。

 画面の隅に、桐谷からのメッセージ。


> 「“再会”は支援者にとっても試練だ。

 くれぐれも、“共鳴”しすぎるな。」




 真由は短く返信を打つ。


> 「大丈夫です。

 今は、距離を信じる練習中です。」




 送信ボタンを押すと、画面の明かりが夕暮れの風に溶けた。


(つづく)



---


📘 次回(第42話)予告

「再会、その先」

真由と玲奈が向かう再会の現場。

桐谷は遠くから二人を見守りながら、

“終わりの支援”に潜む危うさを感じ始める。

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