第8話 恋の再生プログラム
「料金は、これまでのクライアントと同じで構いません。」
真司が淡々と告げると、真由は目を丸くした。
「ほんと、割り切ってるのね。」
「仕事ですから。」
「元カノ料金は?」
「割増ですよ。」
二人の間に、短い笑いが落ちた。
けれど、その軽さの奥には、互いに壊したくない“線”があった。
――その線を守るために、お金を受け取る。
それが、桐谷真司のやり方だった。
* * *
参道の砂利を踏むたび、足音が冬の空気に吸い込まれていく。
明治神宮の木々は高く、透き通るような緑の匂いがした。
「ここ、覚えてる?」
真由が少し振り返る。
「初詣で来たこと、あったよね。」
「……十年前か。」
「そのとき、あなた、仕事の話ばっかりしてた。」
「癖なんです。」
「知ってる。」
笑っているのに、どこか懐かしさが滲んでいた。
二人は境内に入ると、それぞれ絵馬を手に取った。
真由は小さな文字で、何かを書き始める。
筆先が止まるたびに、風が髪を揺らした。
「……書けた?」
「うん。」
絵馬には、たった一行。
『もう一度、人を信じる勇気を。』
真司は、その文字を見ないふりをした。
けれど、筆跡が記憶の中の彼女の文字とまったく同じで、
胸の奥が静かにざわめいた。
「先生、お願いごとはしました?」
「……支援がうまくいきますように、って。」
「うそ。あなた、そういうときは“他人の幸せ”しか願わないもん。」
図星を突かれて、真司は苦笑した。
「じゃあ、今日は自分のことを願ってみて。」
「……急に難しい課題を出すな。」
「ほら、宿題でしょ? “私の恋を応援する”って。」
真司はため息をつき、
小さな硬貨を賽銭箱に投げ入れた。
“この距離が、きちんと意味を持ちますように。”
口の中でそう呟いた。
祈りというより、自分への誓いだった。
鳥居の向こうで、光が差し込む。
真由が少し先を歩き、真司がその背中を追う。
二人の影が、参道の砂利の上でゆっくりと重なっていった。
(つづく)
📘次回(第10話)予告
「恋の再生プログラム」
真由の再依頼の裏にあった“喪失”が明かされる。
支援か、それとも未練か――真司が自分の心と正面から向き合う回。
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