第7話 元恋人、再依頼す。

その日の《ハート・ラボ》は、いつもより静かだった。

窓の外を、午後の光が淡く照らしている。


僕――そう、桐谷真司は、

カウンセリングチェアに腰を下ろし、

久しぶりに“自分の鼓動”の音を意識していた。


聞こえるのは、時計の針の音と、

微かに鳴る加湿器のモーター音だけ。


……静けさが、少し怖いと思った。


ノックの音。

扉の向こうに、真由が立っていた。

変わらない声で、「お邪魔します」と言う。

変わったのは、その距離感だけだった。


「……テレビ、見たわよ。相変わらず真面目そうに喋ってた。」

「演出です。僕も笑う練習をしました。」

「あなたが“恋を請け負う心理師”になってるなんて、

 まるでコントみたいね。」


軽口のようで、その目は真剣だった。


「依頼内容を、聞いてもいいですか?」

「うん。」

彼女は少し間をおいて、静かに言った。


「“やり直したい”の。――元彼と。」


その言葉の“元彼”が、自分なのか他人なのか、

聞く勇気がなかった。


「でもね、今回は本気で依頼するの。」

「僕に、ですか?」

「ええ。恋を応援する仕事でしょ?

 じゃあ、私の恋も応援して。」


僕は息をのんだ。

依頼者と支援者。

昔、恋人と恋人だった関係が、奇妙に形を変えて再び目の前に現れる。


「真由さん、確認しますが……倫理的に、

 僕が担当していい案件なのか、微妙ですよ。」

「じゃあ、断る?」

「……断れないでしょうね。」


彼女は笑った。

昔と同じ、少し寂しそうな笑顔だった。


「いいじゃない、臨床外なんでしょ?

 あなたの得意分野よ。」


ぐうの音も出なかった。


「一つだけ聞かせてください。」

「何?」

「相手は、誰ですか?」


真由は少し黙り、

まっすぐ僕の目を見て言った。


「それを探すところから、お願いしたいの。」


……まるで、宿題のような依頼だった。


“恋を請け負う心理師”と、

“恋を再び求める元恋人”。

二人の過去が、ゆっくりと現在に絡み始める。


(つづく)


📘次回(第8話予定)では、

「再依頼の本当の意味」が明かされます。

真由が抱えていた“喪失”と、主人公が再び「誰かを支えたい」と思うきっかけになる回。

タイトル予定:「第8話 恋の再生プログラム」

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