第6話 「シン」

商店街から徒歩で⼆⼗分、桐都きりつつごもりはある建築物の前に⽴っていた。


鉄筋コンクリート製の⼀階建ての建築物、それが「異都いと」の「図書館」だった。

外観は晦が暮らしていた市にあったモノとさして変わりはない。


「じゃあ⼊りましょうか。」

そう⾔いながら桐都は⼊り⼝に向かい、晦はそれに追従する。


⼊り⼝の両開き扉を開け、⼆⼈は館内へと⾜を踏み⼊れる。


館内に⼊った晦の正⾯には「貸出」と書かれたスタンド看板が置かれたカウンターが、 左右には書籍が詰め込まれた本棚が⽴ち並んでいる。

その本棚の⼀⾓から⼀つの⼈影が姿を現す。


ゆっくりと姿を現した⼈影の全容を視認した晦は⼀瞬瞠⽬する。

何故なら、晦の瞳に映る⼈型のソレは⾃⾝の顔を布のようなもので完全に覆っていたからである。

顔を覆う布には眼のような模様が描かれており、異様な雰囲気を発している。

ソレの髪⾊が晦が暮らしていた地域ではあまり⾒ない⽩⾊なのも異様さに拍⾞をかけていた。


桐都がソレに向かって⼿招きをすると、ソレは⼩脇に本を抱えながら晦たちの⽅に歩み寄ってくる。

「やあ、保美ほのみ。」

晦たちに近づきながらソレは気さくに挨拶をしてくる。


「相変わらずここは閑古⿃が鳴いてるわね、シン。」

「静かで読書しやすいだろ?」

互いに軽⼝を叩き合った後、シンは晦の⽅に顔を向ける。

「初めまして、僕の名前はシン。この図書館の司書だ。」

「僕――――」

⾃⼰紹介をしようとした晦をシンが⼿で制す。


「⾃⼰紹介は不要だよ、晦くん。僕は「読⼼」っていう「異能」を持っててね。キミの名前くらいなら簡単にわかるんだ。」

「⼼を読める「異能」よ、ヤバいでしょ。」

「桐都さんの「異能」も⼗分「ヤバい」と思うんですけど・・・。」

何故かシンの「異能」を⾃慢する桐都に晦は呆れたような声で返答する。


⼆⼈の会話を傍で聞いていたシンが⾸をひねる。

「どうしたの?なにか気になることでもあった?」

桐都の問いに暫しの沈黙の後にシンが答える。


「・・・いや、なんでもないよ。とりあえず、事情は把握した。諸々の説明は僕の⽅でやっておくよ。」

「ありがとう。それじゃあ晦のこと、任せるわね。」

シンに礼を⾔うと桐都は晦の⽅に顔を向ける。


「私は今からあなたの仮住まいを探しに⾏くから、私が戻ってくるまでここでシンと適当に暇を潰しておいて。」

「わかりました。」

晦の返答を聞いた桐都は⾜早に図書館から去って⾏った。


桐都を⾒送った⼆⼈はその姿が⾒えなくなってから互いに向き直る。

「さて、早速説明を始めようか。」

「はい、よろしくお願いします。」

⼩脇に抱えた本をカウンターに置くとシンは語り始める。


「キミは今 「異都」の地理と「異能」についての知識がある。だから僕がキミに教えるのは「空球くうきゅう」にいる「種」についてと・・・あとは「りき」についてだね。」

そこでシンは⼀旦⾔葉を区切り、少しの間逡巡する。


「そうだね・・・まずは「⼒」について説明しようか。」

そう⾔うとシンは晦の額を三回、右⼿の⼈差し指で突く。

「?」

「利き⼿は――――右手か。」

次に晦の右⼿を取ると、その掌に円を描く。


「んー・・・うん。「栓」が抜けたね。」

「「栓」?」


「「⼒」は地球か空球で⽣まれた⽣命体に宿るエネルギーのことでね、⾁体を強化したり、⾶び道具みたいに放出したりもできる。あと「異能」を使う時に消費したりもするね。 ただ、地球で⽣まれた⼈には「栓」がしてあってね。それを外さないと「⼒」が使えないんだ。」

そこまで話したところでシンは晦の顔を覗き込んでくる。


「・・・?」

「「⼒」には種類があるんだ、基本的には「魔⼒まりょく」「妖⼒ようりょく」「聖⼒せいりき」「霊⼒れいりょく」「呪⼒じゅりょく」の五つ。でもって⼈間が持ってる 「⼒」 は⼤体が「魔⼒」なんだけど・・・晦くんのは「妖⼒」だね。珍しい。」

顔が布に隠れているため表情は読み取れないが、声の調⼦からシンが⾯⽩がっていることがわかる。


「⼀応これも話しておこうかな。「⼒」はそれぞれの種類ごとに対応した「術」が使えるんだ。「魔⼒」を持っている⼈は「魔術」、「妖⼒」を持っている⼈は「妖術」って感じでね。」

そう⾔うとシンは右の掌を上向きにするとそれを胸の⾼さまで持ち上げる。


次の瞬間、シンの掌上に拳程の⼤きさの炎が出現する。

唐突に⽬の前で起きた事象に狼狽した様⼦を⾒せながら晦は⼀歩後ずさる。

そんな晦を⾒たシンはくつくつと笑いながら話し始める。


「これは「妖術」の炎。 今は出⼒とかを最低レベルに抑えてるからこのぐらいのサイズだけど、本気を出せばもうちょっとデカめの炎を出せるよ。」

説明を終えたシンの掌上から炎がゆっくりと消えていく。


「・・・まあ「術」は⾊々できるから便利ではあるんだけど、コスパがゴミだからあんまり使わないんだけどね。」

そこまで⾔い終わったシンは⼀度⼿を叩く。


「さて、「⼒」に関する説明はこれでおしまい。次は晦くんに「⼒」を知覚してもらおうかな。」

「知覚?」


「うん。晦くんは「⼒」を使えるようになったけど、まだ⾃分の中に流れてる「⼒」を知覚できてないんだ。って⾔っても四、 五分もすればなんとなく知覚できるようになるんだけどね。ただ、 正直五分も待つの⾯倒だから⼿っ取り早く知覚してもらうよ。そのために――――」


そこで⾔葉を切ったシンは右⼿を⾃⾝の肩の位置まで持ち上げ、掌を晦の⽅に向ける。

「ここを全⼒で殴ってほしい。」

ヒラヒラと右⼿を振りながらそう⾔うシン。


「・・・わかりました。」


少し間を置いてからきた晦の返答に、彼は満⾜そうに頷いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

異都 Akai @Akai_ito

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ