第34話

 翌朝――。

 夜の冷気を孕んだ空気がまだ小屋の隙間に残る中、目を覚ました三人の冒険者の身体は、驚くほど軽かった。


 寝起き特有の鈍さも、関節に居座るはずの痛みもなく、まるで一晩のうちに別の身体と取り替えられたかのような感覚すらある。


 ランドは腕を大きく回し、肩を鳴らす。クルーザは首を左右に傾け、プラドは無言のまま腰を落として立ち上がった。それぞれが互いの様子を窺い、やがて顔を見合わせて、思わず小さく笑った。


「……おいおい。昨日までのあの痛みや疲れは、どこへ消えたんだ?」


 ランドが半ば呆れたように呟きながら、もう一度肩を回す。


 あの素朴で、どこか懐かしい味わいのジャガイモ。喉を滑り落ち、身体の隅々まで沁み渡っていく清水。豪勢とは程遠い食事が、ランドたちの消耗した身体を内側から立て直し、眠っていた回復力を呼び覚ましていたのだろう。


 なにはともあれ、身支度を整え終えた三人は、革紐を締め直し、武具の位置を確かめながら、拠点の前に並んだ。

 去り際に漂うのは、戦いの緊張ではなく、どこか肩の力が抜けた、旅慣れた冒険者特有の空気だった。


「アルトさん、世話になりました」


 ランドがそう言って、クルーザやプラドも軽く頭を下げる。


「帰り道でも、また寄らせてもらうぜ。次はもう少し、余裕のある顔を見せられたと思うよ」


「ああ、無事を祈っておくよ。あそこに出現する魔獣は、かなり凶暴だから気をつけろよ」


「あのゴーレムには遅れを取ったが、これでもそこそこの冒険者だからな。まあ大丈夫さ。それじゃ!」


 冗談めかした言葉を残し、三人は近い森へと足を向ける。

 灰色の雲の隙間から差し込む陽光に背を押されるように、冒険者らしい背中は次第に地平線の彼方とへ消えていった。


 ――その後のことだ。


 畑では、朝の光が土をゆっくりと温め始めていた。夜露を含んだ土はしっとりと重く、踏みしめるたびにかすかな音を立てる。


 ステラは小さな桶を両腕で抱え、畝と畝の間を慎重に歩きながら、水を撒いていった。その動作はぎこちないながらも、すでに彼女の日常の一部になりつつあった。


 水を撒き終え、拠点小屋に戻る中――その足が、ふいに止まる。


 地面に、何かが落ちていた。

 土の色に紛れながらも、わずかに光を返す、小さな金属片。


「……?」


 屈み込んで拾い上げると、それは、見覚えのあるものだった。

 昨日、クルーザが大切そうに胸元から取り出し、妹の話とともに語っていた――あのペンダント。


「……これ、だいじ、って……」


 吐息のような呟きが、思わず零れる。

 手の中の重みは、金属のそれ以上の意味を持って、はっきりと伝わってきた。


 それはただの飾りではない。

 帰る場所と、待つ人とを繋ぐ、小さくて確かな約束だ。


 なぜこんなところに落ちているのかと考えつつも、きっと落としたのだろうと、すぐに答えにたどり着く。


「きっと、クルーザさん……こまっているよね」


 そう呟いた瞬間、胸の奥に、はっきりとした焦りが灯った。

 拾って保管しておく、という選択肢は、最初から存在しなかった。


「……とどけなきゃ!」


 小さい声ながらも、その中には迷いのない決意が宿っていた。

 誰に向けた言葉でもない。それは、ステラ自身に課した約束のようだった。


 急がないと。

 冒険者たちはもう遠くへ行ってしまっているはずだ。


 そう思うと、アルトやセリカに声をかけるという発想自体が、頭からすっぽり抜け落ちてしまった。

 地面を蹴り、ステラは飛び出す。


 その背中を、静かに見つめている影があった。


 馬のプレオだった。

 小さな背が、誰にも告げずに道へ向かうのを見て、低く鼻を鳴らす。


幼子ステラが一人で‥‥)


 セリカリーナを呼ぼうとしたが、幼子を連れ戻すぐらいで手を煩わせてはいけないと思い、プレオは迷うことなく歩き出す。

蹄の響かせないほどにゆっくりと、ステラの後を追いかけたのであった。

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追放貴族と没落令嬢と勇者の娘、今日も気ままに開拓日和。 和本明子 @wamoto

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