第9話 同棲
その時、目の前に恋人の美月が居たのです。
「あっ、おはよう」
挨拶を返した直後に彼女が口を開くのを見た瞬間、嫌な予感に襲われます。
そして、案の定指摘されることになりました。
「制服乱れてるよ」
そう言われて初めて気づきました。
慌てて直そうとしましたが、上手くいかず悪戦苦闘しているうちにホームルームが始まってしまったため諦めることにしました。
その後の授業中、気になって仕方がなかったのです。
だって隣には大好きな人がいるんですよ? そりゃ集中できるわけないです。
というわけでボーッとしていると、いつの間にか放課後になってしまい先生に注意されてしまいました。
反省しつつ帰宅の準備を進めていると、声を掛けられました。
振り向くと、そこに居たのは恋人の美月でした。
「ねぇ一緒に帰ろうよ」
そう誘われたので二つ返事で承諾することにします。
二人で並んで歩くのは久しぶりなので楽しみながら会話をしていたのですが、不意に肩を叩かれたので振り向いてみると唇を奪われてしまいました。
(えええええええええ!?)
あまりの出来事に思考停止してしまいましたが、なんとか持ち直すことに成功するのでした。
「そういえば、莉桜花の母親から同棲のお話されたんだけど、どういう事?」
美月が困惑した様子で、そう尋ねてくる。
「美月が好きなら、同棲でもしたら?
お母さんがお金を出すから、同棲したいならどうかなってね」
母親から言われたことをそのまま伝えると、美月は悩んだ様子を見せた。
「それはちょっと急展開過ぎない?
まだ付き合って日が浅いし、同棲は早いと思うな」
真剣な表情で考え込んでいる彼女を見て、これは本気で悩んでいるなと察することができた。
(まあ、そういう反応になるよね)
私の場合は、既に気持ちの整理がついていたので冷静に判断できたけれど、美月にとってみれば突然降って湧いて出た話です。
戸惑ってしまうのも仕方がないと思うのです。
しばらく沈黙が続いた後、彼女は覚悟を決めたように話し始める。
「でも、同棲すること自体は嬉しいかな。 私も莉桜花の傍にずっと居たいし……」
嬉しいことを言ってくれるのです。
私も貴方と同じ気持ちです。
ただ、美月の方が少し積極的でした。
普段は私がリードしているのに、こういう時は逆転するんだから面白いのです。
そんなことを考えているうちに、彼女はさらに言葉を続けるのでした。
「ただ、一つだけ問題があって……」
「何? どんなこと?」
私が聞き返すと、彼女は恥ずかしそうにしながら口を開く。
「その……莉桜花と毎日一緒なのは嬉しいんだけど、それと同じくらい緊張しちゃうっていうか……」
なるほど。
つまり同棲することで意識しすぎておかしくなりそうだと?
それはある意味当然の反応です。
私だってあなたが隣で寝ているだけでドキドキしているのです。
でも、それを表に出さないように必死に堪えているのでした。
あなたにだけは弱みを見せたくないし、恥ずかしいところも見せたくないという一心で耐えているんだから。
だけど、あなたには全部お見通しなのでしょう。
だって、私のことを誰よりも理解してくれているのです。
だったら話は早いのです。
「わかったわ。 とりあえずは今まで通りに接することにして、徐々に距離を縮めていきましょう。
それなら安心できるでしょう?」
私の提案に彼女は迷うことなく頷いてくれた。
「うん、そうだね。 それでお願い」
こうして私たちの同棲生活が始まるのでした。
同棲生活初日、起床すると横で眠っている彼女の寝顔を眺めながら幸せを噛み締めていた。
このまま永遠に時間が止まってしまえばいいのに……そんな願望を抱きつつ、現実に引き戻された。
現在時刻は朝6時、そろそろ起きなければ遅刻してしまうかもしれない。
私は心を鬼にして彼女を起こすことにするのです。
「おはよう、起きてください」
優しく肩を揺すりながら声を掛けると、彼女はゆっくりと目を開いた。
焦点の定まらない視線が宙を彷徨い、やがて私と目が合う。
「ん……おはよう……」
寝惚けた様子で挨拶を返してきたので、微笑みを浮かべて言葉を返す。
「朝食の準備をしますので、身支度を整えてきてください」
そう伝えると、彼女は未だに夢の中にいるかのような口調で答えるのでした。
「うん……わかった……」
その後、洗面所へ向かった彼女を見送った後、私は台所に立って料理を作り始めるのです。
メニューは昨日の晩に作っておいた筑前煮と白米、それに味噌汁です。
全て作り終える頃には彼女も準備を済ませて戻ってきていました。
二人揃って食卓に着くと、
「いただきます」
と声を合わせて食べ始めます。
和やかな雰囲気の中食事を楽しんでいると、不意に彼女が話を切り出してきたのです。
「ねぇ、今日の帰り道なんだけど……」
「はい、何でしょう?」
私が問い返すと、彼女は少し言い淀んでから、意を決したように言葉を紡ぎました。
「一緒に買い物に行かない?」
その提案に一瞬驚いたものの、すぐに平静を装って答えます。
「もちろん構いませんよ。 どこへ行くのですか?」
そう訊ねると彼女は嬉しそうに微笑んで答えたのです。
「商店街に新しい洋服屋さんができたみたいだから行ってみたいの!」
その言葉を聞いて私は思わず笑みを零してしまいました。
彼女が、私のファッションセンスに興味を持っているのが分かって嬉しかったのです。
「わかりました。 では学校が終わったら一緒に参りましょう」
私が了承すると彼女はパァッと表情を明るくして喜びを露わにするのでした。
その姿を見て愛しさが募ります。
私は、今この瞬間が永遠に続けば良いのにと思いました。
食事を終えると歯磨きや洗顔といった身嗜みの確認をし、二人で学校に向かって出発することにしました。
道中は、くだらない冗談を言い合ったりして楽しい時間を過ごします。
校門の前に到着すると、そこには既に他の生徒達が集まっていたのです。
その中に友人の姿を見つけた彼女は、嬉しそうに駆け寄っていくのでした。
その光景を微笑ましく思いながら見守っていると、彼女が私の存在に気づいたようでこちらに向かってきます。
そして、そのまま私に抱きついてきたのです。
突然の行動に戸惑いながらもしっかりと抱き留める。
「おはよう。 今日も元気いっぱいですね」
私は頭を撫でつつ挨拶をするのです。
彼女も満面の笑顔を浮かべて応えるのでした。
「えへへ、ありがとう」
そして、しばらくの間抱擁を交わしていると、周囲の人々からの視線に気付き、慌てて体を離しました。
少し照れくさかったけれど、それ以上に幸福な気持ちで満たされていたのです。
「じゃあ、また後でね」
そう言うと彼女は手を振りながら去っていったので、私も手を振り返します。
(さて、私も教室へ向かいましょう)
そう思ったとき、背後から声をかけられて振り返った先には友人の姿がありました。
「おはよ。 今日もラブラブだねぇ」
揶揄われてしまいましたが、否定する気にはならないのです。
なぜなら、実際に仲睦まじい関係であることは紛れもない事実ですから。
それに、この幸せなひと時を共有できる相手がいるという事実が、より一層幸せを増幅させているのです。
だからこそ、これからもずっと一緒にいたいと考えるのでした。
休み時間になると、私は一人で廊下を歩いていた。
特に目的があるわけではないのだけれど、なんとなく散歩でもしようと思ったからだ。
適当に歩いていると、窓際の席で勉強をしている彼女の姿が見えた。
邪魔をしてはいけないと思い、その場を立ち去ろうとしたのだが、彼女は気配に気づいて顔を上げると目が合ったのです。
彼女は微笑みを浮かべながらこちらに近づいてくると、話しかけてきたのです。
「こんにちは。 何か用事でもありましたか?」
「いえ、ただ通りかかっただけです」
私が答えると、彼女は不思議そうな顔をした後に納得したような表情になり口を開く。
「そうですか。 それなら良かったです」
「どうしてそんなことを聞いたんですか?」
私が問い返すと、彼女は少し躊躇いがちに口を開いた。
「実は最近、変な噂を耳にしたんです。 私の恋愛対象が異性ではなく同性ではないかというものなんです」
「まさか、そんなバカげた話があるわけないですよ」
私は一笑に付してしまったが、彼女は真剣な面持ちで話を続けてきたのだ。
「でも、あながち間違いでもない気がするのです。 だって、あなたといると胸の高鳴りが抑えきれなくなるんですから……」
そこまで言われてしまっては認めざるを得ません。
そうです。
私もあなたに惹かれている部分はあるのですから否定することはできません。
でも、それはあくまで友人としてであり恋愛感情ではありません。
仮に恋愛関係になったとしても、その関係が長く続くことはないでしょう。
いずれ別れが来るはずですし、そうなった時に傷つくのは私だけではなく彼女も同じなのです。
だからこそ、私は自分の気持ちに蓋をすることに決めたのです。
例え、どれだけ辛くても耐え忍ぶしかないのです。
その方がきっとお互いの為になりますからね……
そんなことを考えていると、彼女が私の手を握ってきたのだ。
突然のことに驚いて顔を上げると、そこには真剣な眼差しでこちらを見つめる彼女の姿がありました。
そして、次の瞬間には唇を奪われてしまいました。
あまりの出来事に思考が追いつかず呆然としていると、彼女はゆっくりと唇を離して言ったのです。
「好きです。 愛しています」
その一言を聞いた瞬間、今まで抑えていた感情が溢れ出して止まらなくなってしまったのです。
気がつくと涙を流しながら彼女に縋り付いていた。
「私も、あなたが好き。 大好き」
そう告げると、彼女は私を抱きしめながら耳元で囁いてくれたのです。
「ありがとう。 私も同じ気持ちだよ」
その言葉を聞いて心が満たされていくような感覚を覚えたのです。
私達は暫くの間抱き合ったまま互いの温もりを感じていましたが、やがてどちらからともなく離れて微笑み合ったのでした。
そして、私達は手を繋いで教室に戻ることにしたのです。
これからもずっと一緒にいられるように願いを込めて……。
夕暮れ時、窓の外から夕日が差し込んでいるのが見えた。
あと少しで今日という一日が終わろうとしているのです。
放課後の教室で二人きりで過ごす時間はとても穏やかで心地よいものです。
そんな優雅な時を過ごしていると、ふと彼女のことが頭をよぎった。
私は席を立つと彼女の元に向かったのです。
彼女は本を読んでいたようでしたが、私の気配を感じたのか顔を上げると、ニコリと微笑んでくれました。
その笑顔にドキッとしたものの平静を装いながら話しかけます。
「どうかしたの?」
「うん。 今日も一日楽しかったなって思って……」
彼女は照れくさそうにそう言うと、頬を紅潮させて俯いてしまいました。
そんな姿すら愛おしく感じるのです。
「私も楽しいよ。 あなたといる時間は最高に幸せ」
私は心の底からそう思うのです。
彼女との日々はまさに薔薇色といっても過言ではないでしょう。
だからこそ、これからも変わらず一緒にいられたらいいのにと願わずにはいられないのでした。
「ねぇ、お願いがあるんだけど……」
彼女は上目遣いで見つめてきます。
その仕草があまりにも可愛くてクラッとしそうになるのを必死に堪えました。
「なあに? 何でも言ってみて」
私は微笑みかけながら訊ねます。
そうすると、彼女はモジモジしながらも口を開きました。
「帰宅したら沢山愛し合いたいな」
その言葉を聞いた瞬間、全身の血流が激しく脈打つのを感じました。
同時に体温が急上昇していき、頭がボーっとしてきます。
(やばい。 このままでは理性を保てなくなるかもしれない)
そう思った私は、深呼吸をして落ち着きを取り戻そうと試みます。
何とか正常な思考能力を取り戻すことができたので、平常心を装って返事をするのでした。
「もちろん大歓迎です」
それを聞いた彼女は、満面の笑みを浮かべながら抱きついてきました。
その衝撃によってバランスを崩してしまい二人とも倒れ込んでしまいます。
幸い怪我はありませんでしたが、彼女は私の上に覆い被さるような形になってしまったのです。
至近距離で見つめ合う形となり、互いの吐息がかかる距離まで接近していることに気付いた時、急激に羞恥心が込み上げてきたのでした。
それでもなお、目を逸らすことができずにいると、彼女は優しく唇を重ねてくるのでした。
柔らかな感触と甘い匂いに包まれて頭が蕩けそうになります。
それからしばらくの間、濃厚なキスを交わし続けた後、ようやく解放されることができたのです。
しかし、その時には既に体に力が入らなくなってしまっていました。
そんな私を労るようにして頭を撫でてくれる彼女の手つきはとても優しく、心地よいものでした。
そのおかげで安心感を覚え、眠気に襲われるのです。
(もう少しだけこのままでいたいなぁ)
そう思ったけれど、彼女との約束を守るためにも起き上がらなければなりません。
名残惜しい気持ちを抱きつつ、ゆっくりと体を起こすと彼女もそれに倣って立ち上がりました。
そして、手を繋いで教室を後にするのでした。
帰り道は、普段と変わらない会話を楽しむことができました。
しかし、私達の心の中では愛という感情が渦巻いていることをお互いに理解していました。
(早く帰って愛し合いたい。 それだけを考えていたのかもしれません)
その思いは募るばかりで、気がつけば家の扉の前まで来ていたのでした。
鍵を開けて中に入り、後ろ手にドアを閉めたところで待ちきれずに玄関で唇を重ねてしまいました。
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