『午後三時十五分』

をはち

第1章: 最後の住人

旭ヶ丘ハイツは、二十年前の巨大地震で死の淵に落ちた。


霊道が交差する忌まわしい土地の上に建てられたこの団地は、元から悪いモノを引き寄せやすい場所だった。


コンクリートの骨組みがねじれ、壁は亀裂の網を張り、雑草がその隙間から這い上がり、我が物顔に広がっていた。


窓は砕け散り、風が空洞を吹き抜けるたび、埃と腐敗の臭いが渦を巻く。


住民は全員、避難命令に従い逃げ出したはずだった。


団地は封鎖され、立ち入り禁止の札が風に揺れるだけ。


だが、5階の501号室だけが、異様な息づかいを保っていた。


薄汚れたカーテンが微かに揺れ、夜になると淡い灯りが漏れ出す。


外から覗く者たちは、息を潜めて見つめる。


そこに、老人――米倉健三、七十八歳――がいる。


毎朝、決まった時刻に、彼はベランダへ出る。


皺だらけの手で洗濯物を干す。


白いシャツ、くたびれたズボン、時折一枚の古びたタオル。


動作は機械的で、まるで時間が止まったかのように正確だ。


風が吹いても、雨が叩きつけても、彼は変わらない。


団地の外、崩落したフェンス越しに眺める者たちは、彼を「最後の住人」と囁く。


なぜ彼だけが残ったのか。誰も近づかない。


噂は闇の中で肥え太る――あの団地は呪われている。


地震の夜、逃げ遅れた者たちの魂が、コンクリートの奥に閉じ込められた。


霊道の交点で、悪いモノが囁き、留まり、餌を求める。


夜半に聞こえるという、かすかな泣き声。壁を這う影。


501号室の灯りは、決して消えない。


まるで、誰かを――何かを――待っているかのように。


老人は知っているのか。ベランダから見下ろす彼の目は、虚空を貫く。干した洗濯物が、風に踊る。


だが、その下で、団地の闇が息を潜めている。


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