近くの定食屋で飯を食っていく

「これでよしと」


 俺はケータイで9ちゃんねるに書き込みを終えたので、ケータイをポケットにしまった。


 そして俺は腹ごしらえをするために箱ヘルの真向かいにある定食屋に入っていった。


―― ガラガラッ


「いらっしゃい。おや、見ない顔だね。観光客かい?」

「まぁそんな感じだ。中途半端な時間帯だけど今から大丈夫か?」

「もちろん。今はお客誰もいないから好きな所に座ってくれて良いよ」

「わかった」


 飲食店の中に入るとすぐに店の従業員が元気よく対応をしてくれた。見た目30代半ば~40代前半くらいの女性だ。


 俺はさっさと店の中央にある席に座った。中途半端な時間だから客は俺の他に誰もいない。店の従業員も夕飯時の仕込みとかあるだろうしさっさと食べて帰るとしよう。


「オススメとか何かあるか?」

「オススメは生姜焼き定食だ。安くてボリュームあるから兄さんみたいな若い子にはオススメだよ」

「はは。若いって俺はもう30過ぎのオッサンだぞ? まぁでもわかった。それじゃあオススメの生姜焼き定食を頼む」

「あいよ。今から超特急で作るからちょっと待っててなー」

「わかった」


 女性の店員はそう言ってすぐさま厨房に入って料理を作り始めていった。そしてすぐに俺の席に料理がズラっと並ばれた。


「はいよ。生姜焼き定食。サービスで大盛にしといたよ。沢山食っていってくれ」

「おぉ、ありがとう。疲れてたから大盛にしてくれるのは嬉しいぜ。それじゃあ早速……ん!? なんだこれ!? めっちゃうめぇぞ!!」

「はは、そりゃあ良かった」


―― バクバクッ!


 生姜焼きを口に入れてみると滅茶苦茶美味かった。こんなにも美味い生姜焼きを食うのは初めてかもしれない。


「なんだよこれ……肉も飯も味噌汁も全部美味いな! マジで箸が止まらないぞ! これってもしかして高級な食材でも使ってるのか?」

「あはは、そんなの使ってないよ。町のスーパーで買った食材とか近くの農家さんから買った食材しか使ってないよ。だからお兄さんが美味しいと思ってくれてる理由はもしかしたらアレだね。きっと包丁のおかげかもね」

「包丁?」

「そう。包丁。この町は昔から金物に凄い力を入れててね。だからこの町で作られてる包丁は切れ味抜群なんだよ。どんな硬い食材でもスパっと一瞬で切れるから、食材を無駄に傷つけたり潰したりする事もないから、結果として美味しく料理が出来るんだよ」

「なるほど。そういえば駅から降りた時にそんな垂れ幕を見たっけか。確か江戸時代からこの町では金物工芸が盛んだったんだよな?」

「うん。そうだよ。江戸時代には刀や甲冑や鎖帷子を作る職人さんでこの町は溢れかえってたらしいよ。まぁ今は自動機械の波に呑まれて職人さんもだいぶ減っちゃったけどね。今はもう手作業で包丁を作るよりも機械で量産した方が儲かる時代だしね」

「ふぅん。まぁ今は大量生産の時代だから仕方ない話だよな。でも手作業で数量が限られてるとしても、これだけ切れ味抜群の包丁が売られてるんだったら、もうちょっとこの町は栄えていても良いのにな。切れ味抜群の包丁なんて需要だってあるだろうし。それなのに何でこの町はこんなにも過疎ってるんだ?」

「そりゃあ単純に交通の便が悪すぎるからだよ。他の田舎の市町村はどんどんと合併やら再開発やらしていって駅やバスが沢山通るようになっていってるのに、この町だけそんな近代化から取り残されちまってるんだよ。はぁ、全く。他の市町村みたいに合併やら再開発をして、このS町も賑やかになって貰いたいもんだよ」

「あー、なるほど。そう言われたら確かにな。電車が一時間に一本しかない時点で観光客は来ようとするのは難しいもんな。俺もここまで来るのかなり大変だったし」

「でしょ? でもそんな来るの大変なこのS町にお兄さんはどうして来たんだい? お兄さんも包丁とか金物工芸を買いに来たのかい?」

「いや、包丁とかそういうのは興味がないから違うよ。俺はこの町にある桜木山に用事があって来たんだ。そんでさっきまで桜木山に行ってたんだ」

「へぇ、そうなんだ? お兄さんは桜木山に行ってたんだね? でもどうして桜木山に行ったんだい? あの山は何の特徴もない小さな山だよ? 登山するにしてもあんな山を登るなんて全然楽しくないでしょ? それなのにお兄さんはどうして桜木山を登ろうって思ったのかな? その理由をちょっと私にも教えてくれないかな??」

「……え?」


 桜木山に行ってた事を伝えると、店員は早口になりながらそんな事を尋ね返してきた。何だかさっきリリに聞かれた事をまんまそっくりと聞き返されてる気がするんだけど……一体何なんだよ?


「えっと、そんな大した理由でもねぇよ。俺はこの町にいると言われてる祈祷師に会いに来たんだよ」

「……祈祷師?」

「そうそう。なんかこの町の祈祷師は本物だって聞いたから、試しに依頼してみようと思って、それでこの町にやって来たんだ」

「……祈祷師に依頼。ふぅん。そういう事ならまぁいいか……」

「? いいかって? 一体何なんだよ? 何か俺変な事を言ったか??」

「ん? あぁいや、別にお兄さんが変な事を言った訳じゃないよ。ただ実は数年前に観光客でね……桜木山の木を無断で伐採した不届き者がいたんだよ……」

「桜木山の木を無断伐採? へぇ、そりゃあ最低な観光客がいたもんだな。その犯人はしっかりと警察に捕まったのか?」

「ううん。多分捕まってないんじゃないかな。まぁそこら辺は私は知らないよ。私は警察じゃないしね。でも無断伐採されたっていうのは事実だからね。だから桜木山に行った観光客がいるって聞いたらちょっとだけピリってしちゃったって訳よ。別にお兄さんの事をそんな酷い輩だとは思った訳じゃないからね。でも不快な思いにさせちゃったのならごめんよ」

「別にそういう理由なら良いよ。桜木山で無断伐採をしてたヤツがいるっていうんなら、同じく桜木山に入った俺も訝しんだ目で見られるってのは仕方ねぇ事だしな」

「うん。そう言ってくれると助かるよ。お兄さんは優しい観光客だね。皆こんな優しい感じのお客さんだったら地元民の私達も嬉しいだけどねぇ」

「はは、そりゃあ嬉しい言葉だな。あ、そうだ。それじゃあ俺も質問させて欲しいんだけどよ、あの山にいる祈祷師って本物なのか? そこら辺の事を何か知ってたりするか?」

「……え? 何も知らないでこの町の祈祷師に会いに来たのかい? 祈祷能力が本物だと思ってこの町に来た訳じゃないのかい?」

「いや、本物だと確証してこの町に来た訳じゃねぇんだ。教えてくれたヤツもこの町に祈祷師がいるって話をチラっとしてくれただけで、証拠とか確証めいたモノは何も教えてくれなかったんだ。そんでまぁ暇だったからここまで来て祈祷師に会いに来たんだ。という事でさ、あの祈禱師って本物なのか? もし何か情報を知ってるようなら是非とも教えてくれよ」

「……いや、申し訳ないけど私も知らないよ。私は一度も祈祷を依頼した事なんて無いしね。この町のじい様、ばあ様連中は健康とか長生きの祈祷を時々受けに行ってるようだけど、それよりも下の世代は興味ないって感じで一度も受けた事ない人ばっかりだよ。それに科学技術が発展している現代において“祈祷”が本物だと言える証拠なんて何もないからね。だから周りの人達も“あの祈祷師はニセモノ”だって言ってるよ。じい様、ばあ様しか喜んでないってさ」

「そっか。まぁやっぱりそうだよな」


 店員の話を聞いて俺は肩を落としていった。先ほどリリから聞いた話もあるし、やっぱりあの呪術師はニセモノのようだ。まぁ一万円だけ損したと思えばダメージは少ないからいいか。


「まぁでも兄さんはそんな確証もないのに祈祷師に会いに来るなんて、中々に面白い兄さんだね」

「ん。まぁ仕事も無くて暇だったしな。だから旅行がてら祈祷師を見に来たって感じだよ」

「なるほどね。まぁでも県外に帰った後にも、この町に祈祷師がいるなんて噂を広めたりはしないでくれよ?」

「ん? どうしてだ?」

「そりゃあただでさえ過疎ってる町なのに、ニセモノの祈祷師がいて詐欺まがいな事をしてるなんて噂が立ったら客が全く来なくなっちまうからさ。だから頼むよ、兄さん。そういう噂は外部には流さないでくれよ?」

「確かにそうだな。わかった。まぁそれじゃああんまり公言しないように心がけるよ」

「うん、そうしてくれると助かるよ。……あ、そうだ。それとね、お客さん」

「ん? 今度はどうした?」

「さっき言ったけど、この町は江戸時代から金物が名産だったの。だから江戸時代にはお侍様が使う刀とか鎖帷子とかを作る職人さんが沢山いたんだ」

「あぁ、さっきも聞いたけど? それがどうした?」

「話はここからだよ。それでその当時はこの辺りでは争い事も非常に多かったそうよ。だからもしかしたら今もまだ刀を持った落ち武者の霊とかがそこら辺にいるかもしれないよ」

「そうなのか? 落ち武者ね……」

「そうなの。だからね、お客さんね……だからあんまりこの町で変な事をしちゃ駄目よ? もしも変な事をしたら……ふふ、落ち武者の霊が怒っちゃうかもしれないからね? だからこの町で変な事をしたら駄目だよ?」

「え? 変な事って……一体どんな事だよ?」

「そんなの決まってるでしょ? ポイ捨てとか歩きタバコとかそういうのだよ。観光客でそういう事をするマナーの悪いヤツが時々いるんだよ。だから兄さんはそういうのはしないでくれよ?」

「あぁ、なんだ。そういう事か。もちろんわかってるよ。そういうマナーの悪い行動はしないから安心してくれよ」

「ん。それなら良いよ。それじゃあこれからも旅を頑張っていってね。お客さん」

「あぁ、ありがとう」


 という事でそれから飯を食い終えた俺はさっさと定食屋から出ていった。でも何だか最後はちょっとだけ変な空気を感じたな。まぁ飯は美味かったから別に良いけど。


 とりあえず今日はこの町の宿屋に泊って、そんで明日は在来線と新幹線を乗り継いで東京に戻る事にしよう。

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