試し価格で呪術依頼を引き受けて貰う

「ふむ。その表情からして、やはり呪殺は止めるという事でよろしいでしょうか?」

「えっ? あ、いや、違う。止めるつもりはない。だがその……百万円はちょっと高すぎないか? さっき祈祷代は十万円だと言ってたのに、どうして呪術代は百万円もするんだよ?」

「祈祷と違い呪術は危険を伴う降霊術ですからね。ですから依頼人様にもそれなりの覚悟を持って欲しいという事で祈祷代よりも呪術代は高価に設定しているのです」

「ちょ、ちょっと待てよ。さっき祈祷も呪術も方法論は同じって言ったじゃないか。それなのに値段を十倍も変えるなんて流石にボッタクリにしか思えないぞ!」

「ですが百万円で証拠など出ずにアナタ様の憎んでる者を殺せるとしたら、それは十分安いのではないでしょうか?」

「うぐっ……それはまぁ……そうなんだけど……」


 呪術師の男に痛い所を付かれてしまった。そもそも殺したい相手を証拠が出ずに呪殺出来るとしたら、そんなのは百万円支払っても全然安いに決まってる。


 それなのに俺が依頼を渋っている理由はもちろん……この呪術師の男が本物だという確証が一切無いからだ。


「どうします? やはり呪殺は止めるという事でしたら、それはそれで構いませんよ。アナタ様の御心のままにどうぞ」

「いや、俺も本当なら即座に依頼したいと思っているんだけどさ……でもぶっちゃけアンタが本当にアイツの事を殺せるかどうかはまだわからないだろ?」

「つまりアナタ様は私の事を偽物だと疑っておられると?」

「い、いや、別にそういう訳ではないけど、でも今日初めて会った相手に百万円をポンっと出せる程の酔狂な人間でもねぇんだよ。それに俺は今まで何度も色々な土地に行って呪術師に会いに行ったんだ。その度に偽物の呪術師ばっかりだったんだよ。だから俺が疑うのも多少は理解できるだろ? だからそんな俺に免じてさ……お試し価格でもう少しだけ安くして貰う事は出来ないか?」


 俺はそんなお願いをしていった。流石に百万円なんてポンっと出せる金額ではない。だから値引き交渉をしてみた。これで駄目だと言われたら諦めて帰るつもりだ。


「お試し価格ですか……ふむ。まぁ良いでしょう。アナタ様は色々な呪術師を探してご苦労なさっているとの事ですし、それにせっかく遠路はるばるこのような田舎町までお越しになってくださったのですから……えぇ、わかりました。それでは今回だけは特別に一万円で依頼をお引き受けしましょう」

「……えっ? そ、そんな安く引き受けてくれるのか?」

「えぇ。今までアナタ様は苦労して呪術師を探していたようですし、こんな過疎町にまで来てくださったのですから今回は特別に一万円で依頼を引き受けます。もちろん今回だけですからね」

「ありがとう。恩に着る。それじゃあほらよ。一万円だ」


 俺はすぐに財布から一万円を取り出して呪術師に手渡した。


 一万円なら大した出費じゃないし、この呪術師がニセモノだったとしても、大した痛手にもならねぇ。これならどっちに転んでも別に構わないな。


「確かに頂戴いたしました。それでは依頼内容を確認させて頂きます。元上司様への呪殺でよろしかったでしょうか?」

「それで問題ない」

「わかりました。呪殺方法はどうしましょうか? 何か具体的な指定がありましたら聞きますよ?」

「指定は何もない。俺が犯人だってバレなければどんな殺し方でも構わない」

「わかりました。これにて依頼を承りました。今から元上司様に悪霊を飛ばしますので、アナタ様は今から目を閉じて頂き、その元上司様の顔と本名を頭に思い浮かべていってください」

「わかった。それじゃあ……」


 俺は目を閉じていき、あのクソ上司の顔を名前を思い浮かべていった。マジで忌々しい顔だな……。


 そしてそんな事を考えていきながら数分が経過した。呪術師が俺に声をかけてきた。


「……はい。無事に終わりましたよ。御相手様に悪霊を飛ばしました。これにて呪いは完了です」

「え? もう終わったのか? なんだか凄く拍子抜けだな。呪術というからにはもっと仰々しい感じなのかと思ったんだが」

「ふふ。それは小説や漫画の見過ぎですね。実際の呪術なんてこんなものですよ。呪われた御相手様は数日もあればコロっと亡くなると思います。その確認に関してはご自身でよろしくお願いします」

「わかった。それじゃあアイツが呪殺されると信じて今日は帰る事にするわ」

「わかりました。それと最初に申し上げたように、私は祈祷師です。ですから私がこのような呪術の仕事をしてるのは表立って公言はしてませんので他言無用でお願いいたします。先ほど仰っていた“ネット”と呼ばれるものでも私の事を広めるのは止めてくださいね」

「あぁ、もちろんわかってるよ。それじゃあお暇させて貰う」

「わかりました。本日は遠路はるばるここまでありがとうございました」

「こちらこそありがとう。それじゃあな」


 そう言って俺は呪術師と別れて桜木山を下山していった。まぁいつも通りのガセネタな気がするけど、支払ったのはたったの一万円だしそんな気にしないでいいか。

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