【短編】魔女のパンケーキ:ハロウィン・ナイト
Nova
第1話「ハロウィン・パーティ開催決定」
ハロウィーンの日の朝、魔女のシレネは頬杖を突きながら退屈そうにため息をつきました。秋も深まったその日の朝はいつもよりだいぶとよく冷えるので、シレネと鴉のビーンズはめらめらと燃えている暖炉の火の前から動くことができないでいます。
シレネたちの家は深い深い森の中、フェアリーズサークルのような少し開けた場所の近くに建っています。しっかりした造りの家ですが、冬が近づくとやっぱり寒い。少しずつ空気も乾燥してきて、つやつやの緑色だった木々の葉っぱもだんだんとしなびていくようです。
「あぁ嫌だ。退屈だわ。寒すぎて何にもやる気が起きないんだもの。」魔女のシレネが言いました。
シレネは十代後半くらいの少女の姿をしていて、黒いワンピースドレスを着ています。引きずりそうなほど長いブロンドのツインテールを片方の手で掴んでもてあそびながら、相棒である三つ目の鴉のビーンズと、申し訳程度の朝ごはんを食べていました。
「ちょっとシレネ、お行儀が悪いって先輩たちに怒られちゃうよ。」鴉のビーンズが穀物を突っつきながら言いました。
「見てないんだからいいじゃない。それに、ビーンズだって実際そこまで気にしてないでしょ。」シレネがヨーグルトをぐるぐるとかき混ぜながら言いました。
お行儀が悪いのはわかっていますが、それよりも愚痴を言いたい気持ちが勝ってしまったシレネです。作法に厳しい先輩魔女を思い返しながら、監視されてるわけでもないんだし、と唇を尖らせて不服そうにしています。
「まぁね。そういうのを気にするのは人間と魔女とエルフぐらいさ。君たちが変わってるだけでたいていの生き物は作法だなんて気にしない。」ビーンズが鴉目線で答えます。
「そりゃそうでしょうよ、あなたたちからしたら私たちの方が変わっているのね。……はぁ、それにしたって退屈だわ。いつもいつも代わり映えのしない毎日だなんてやることがなくて困っちゃう。」シレネは一瞬驚いたような顔をしましたが、また元のしかめっ面に戻ってしまいました。
「そんなことないさ。だって今日はハロウィーンだろ?思い切って街まで遠出して遊びに行ったらいいじゃないか。」朝食の穀物を食べきったビーンズが、毛繕いをしながら提案します。
「ハロウィーンねぇ。街は遠くて億劫だわ。それに、ハロウィーンの時期は同族でごった返すから嫌なのよね。」
「そんなこと言ったって、魔女や骸骨なら問答無用でスターだよ?シレネは正真正銘の魔女だから、人間たちみたいに中途半端な仮装だって必要ない。この時期限定の美味しいスウィーツだってより取り見取りじゃないか。浮かれてる人間たちに混ざって楽しむことの、何がそんなに嫌なんだい?」ビーンズは3つの目玉をまん丸にして聞き返しました。
ビーンズの言うことはもっともなのですが、昔と違って最近は魔女の存在が架空のものになっています。ちやほやされていた昔と違って、やたらと設定の凝った一般人でしかありません。シレネはそれが嫌なのでした。それに最近の魔女には恐ろしいイメージがつきもので、本物なんだと知られようものなら問答無用で追い出されてしまうでしょう。
「この森の中で真新しいことが起こったらいいのに。」シレネはぼそっとつぶやきます。
「そうか!それなら真新しいことを起こせばいいじゃないか!」ビーンズが大きな声を出しました。
「どうしたの、急に。びっくりしたわ?」
「だから、シレネが森の真新しいことを引き起こすんだよ!前にやったみたいに、パンケーキ屋さんを開いてさ!」ビーンズは名案とばかりにカーと鳴きます。
「確かにそんなことあったわね。」シレネは1週間パンケーキ屋さんを開いたときのことを思い出していました。
シレネは魔女ですが、料理が特に得意な魔女です。中でもパンケーキが大得意で、おやつの好きなビーンズの大好物でもあるのですが、今日みたいに退屈していたシレネは、森の住人達と友達になるために自作のパンケーキをみんなに振舞い、仲を深めるに至ったのでした。
「また1週間お店を開くの?」
「いや、今回は1日でいいと思うよ。でもその代わり、とびっきりの1日になるんだ!」いまいちピンときといないシレネに対し、ビーンズが少しもったいぶって話します。
「前回は仲良くなるためのパンケーキ屋さんだったけどね、今回は違う。あれ以降、みんなよく遊びに来てくれるようになったし、シレネが呼んだら快く来てくれるだろ?」
「そうね。確かにだいぶ仲良くなったわね。」
「だからさ、今から招待状を出して、ハロウィーンパーティを開いたらいいと思うんだ!」ビーンズはえへんと胸を反ります。
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