第21話 黄金の夜想曲とマジックミラーの館

・旧神同士の激突:黄金の夜想曲(ノクターン)


七色の光が渦巻く隔離空間――

遊園地の池の上で、二柱の旧神が対峙していた。


「久しいな、ヌトセ=カームブル。

 人間と過ごすうちに、どれほど鈍ったか――

 試させてもらおう」


クタニド帝の声には、威圧と戯れが同居していた。


エルダは黄金の槍を構える。

鎧の輝きが星辰の秩序を反射する。


「構わぬ。だが、私の『観測対象』――

 教師殿を脅かすのなら、神であろうと容赦はしない」


人間と過ごした日々が、

彼女の神性をわずかに揺らがせていた。


「ほう。観測とは、愛の逃避か?

 それとも新たな秩序の形か?」


「どちらでもない。ただ――守りたいと思った」


その答えに、クタニドの目がわずかに細まる。

「……ならば見せてもらおう、愛が秩序を超える瞬間を」


黄金の奔流が放たれた。空間が悲鳴を上げる。

エルダは神剣ラグナ・スィーを抜いた。

「――はあっ!!」


剣閃が走る。世界が裂けるような音。

光が真っ二つに割れ、七色の空が白に染まった。


「避けもせぬか。相変わらず鋭いな」

「あなたも老いないな、クタニド。昔より厄介だ」


エルダの背から、

雷鳴と共にブリュム・ゲイが発射された。

「受けてみろ、旧神の誇りを!」


「ほう!」クタニドは笑い、寸前で回避。

槍が空間を貫き、時間が逆流したように崩壊する。


二柱の力がぶつかり合う。

時空がうねり、エネルギーの奔流が夜想曲のように響き渡った。


「やはり、お前は衰えてなどいないな……

 ヌトセ=カームブル」


「当然だ。教師殿の観測下にある限り、私は現役だ」


二人の笑みには、敵意と友情が混ざっていた。




・鏡の迷宮と理人の半透明UI


その戦闘を背に、

超常研究会の一行は廃墟を駆け抜けていた。


神々の激突の影響で足元の地面が、

飴細工のように粘着質に変化し、すぐに硬化する。


「すげぇ……音だけでSAN値削れてる!」理人が呻く。


耳の奥で『存在しない楽器』が、

奏でる不協和音が響き、吐き気がこみ上げる。

「僕の脳内に、まだ黄金の光が焼き付いてます!」神原が泣きそうな顔をする。


「情報量過多ね。正面から見たら、

 脳が蒸発してたわ」アイオネが冷静に解析。


理性の限界を超えたせいか、理人の視界の端に、

『本来、見えているはずのない宇宙の裂け目』が一瞬映った。


「旧神の喧嘩って、

 理屈の次元じゃないんですね……」赤城がタブレットを睨む。


「この先に異常反応!」赤城が指を差す。


そこには、錆びた看板が立つ建物――

『マジックミラーの館』。


理人の視界に半透明のUIが浮かぶ。



>>>【ALERT:魔力反応MAX】


>>>対象:マジックミラーの館


>>>脅威度:高


>>>備考:精神干渉型トラップの可能性。



「……間違いない。罠だ」


ノア=エルが両手を広げ、目を輝かせる。


「わぁっ! ミラーハウス! 先生との愛の回廊ですね!」


「やめろ、フラグ立てるな! 愛のトラップ確定だ!」


「先生、私との愛は防御無効貫通ですよ♡」


「そういうスキルいらん!」


理人は頭をかかえる。アイオネがため息をつく。


「『分かりやすすぎる罠』ほど危険。 鏡は精神干渉の象徴よ」


九条がバールを持ち上げる。

「なら破壊すべきですね」

「待て、九条! 芸術破壊はまだ早い!」


赤城が低く呟く。

「精神的脆弱者を誘うタイプの罠……

 つまり、ノア=エルと神原が危険です」


「なんで僕!?」

「統計的に見て、最もSAN値が低い」


「先生! 一緒に入りましょう!

 『教師の威厳』は最強の精神防御です!」ノア=エルが理人を引っ張る。


「うぉ、わかった! 俺が先頭だ。赤城、解析続行。

 九条、後衛。神原はSAN値回復に専念!」


「了解!」


アイオネが進み出る。

「私も行くわ。秩序の観測は、精神攻撃に強い」

理人は頷いた。「頼もしいな。行くぞ!」




・過去のトラウマとの邂逅:次元の狭間に落ちるヒロインたち


館の中は、無数の鏡が並ぶ光の回廊だった。


「見てください先生! 鏡の中の私たち、

 みんな抱き合ってます!」


「当たり前! 鏡だ!」


「ほら見てください、先生が100人! どの先生も照れてる!」

「頼むから落ち着けノア=エル!」


アイオネが冷静に観察していた。

「愛の波動で反射法則が歪んでる……理論を超えてるわね」


「超えてるってレベルじゃねぇ!」理人が突っ込む。


「先生……僕、

 今なら生きててよかったって言えます!」神原が泣き笑い。


「それを言うな! SAN値が余計下がる!」


そんな軽口の最中――



>>>【ALERT:魔力反応MAX】

   文字列が一瞬、裏返って読めなくなる。



理人は眉をひそめた。「……UIが歪んでる?」


ズゥンッ!


……音が消えた。鏡の破片が宙で止まり、

世界が反転する。空間が揺れた。歪んだ鏡が破裂し、虹色のノイズが爆ぜる。


「なっ――!?」


ノア=エルとアイオネが光に飲み込まれた。


「先生っ!」


「ノア=エル! アイオネ!」


二人の姿が消える。


「しまった! 鏡が割れた瞬間、

 彼女たちの概念的な中核(コア)だけが、

 空間の歪みに引きずり込まれた。


 ノア=エルさんの『愛』と、アイオネさんの『秩序』が、

 この罠と最も相性が悪かったんだ!

 ……くそっ、次元のトラップか!」赤城が叫ぶ。


「精神を過去に送り返す高位魔法です!

各自、心の防御を!」




周囲の景色が変わり始めた。


理人の前には、幼い頃の自宅リビング。


神原の周囲は、高校の教室。


九条は孤独な美術室。


赤城は冷たい実験室の中にいた。



「まさか……俺たちの『トラウマ』を具現化する罠か!」理人が呟く。


鏡の館は、彼らの心を映す地獄へと変貌していく。

そして、遠くで誰かの笑い声が響いた。



【第22話へ続く】

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