第20話 深きものどもの襲撃と戦乙女の降臨

・白鳥ボートと深きものの影


警備室での調査を終えた超常研究会の一行は、

エルダ・アリスの指示で遊園地の中心部へと急いでいた。


「この先よ。かつて池があった場所。

 次元の歪みが最も強い」

エルダは周囲を鋭く観察しながら先導する。


広がる空間の中央には、干上がった地面ではなく、

濃い緑色の不気味な水を湛える湖があった。


「ひぃっ……先生! 水の色がホラー映画級っすよ!

 完全に“呪いの沼”ですって!」神原が悲鳴を上げる。


「ドリームランドが閉鎖されて十年……

 この水はどこから来た?」


理人の手の甲に刻まれたエルダーサインが、

微かに熱を帯びた。だが、

旧神ヒロインたちの思考は別方向に飛んでいた。


「先生! 見てください!」ノア=エルが指差す。

湖岸には、古びた白鳥ボートが打ち上げられている。



「まだ使えるみたいです!

 愛のボートですよ! 二人で乗りましょう!」


ノア=エルの瞳が輝く。

「水の上で愛の契約を交わせば、効果が三倍に!」


「いや絶対乗らん! あんな色の水に!」理人が全力で拒否。


神原がすかさず割り込む。

「ノア=エルさん!

 先生の代わりに僕が『愛の予行演習』を――」


「ダメだ神原! お前のSAN値と性欲、

 同時に崩壊するぞ!」理人が首根っこを掴んで止める。


「むぅ、神原くんは先生のライバルですね!

 でも愛の暴走が止まらないなら――

 宇宙の果てにボートで飛ばしてあげます!」


ノア=エルが光を放とうとした、その瞬間――


ザバァッ!


湖面が割れ、異様な影が次々と躍り出た。


「先生、戦闘態勢!」

九条響がバール(のようなもの)を構える。


アイオネの銀髪が逆立ち、瞳が光を放つ。

「秩序違反を確認。教師殿、彼らは『深きものども』――

旧支配者クトゥルフの眷属です」


理人の視界に警告UIが表示された。



>>>【ALERT: 敵性生命体確認】

   深きものども/危険度:高(集団戦)/

   SAN値減少注意。



「来やがったか……! 数が多い、全員戦闘開始!」


神原が膝から崩れ落ちる。

「うわぁぁ! 魚人集合体ぃ! 僕のSAN値、粉々っす!」




・九条とアイオネ、秩序の共鳴戦闘


敵は十数体。緑の滑肌にカエルのような顔、

水かきの手足――「深きもの」が奇声を上げて襲いかかる。


「ノア=エル、エネルギー温存!

 アイオネは九条の支援、エルダは後方分析!」理人が指示を飛ばす。


「愛のパワー制限解除したいのに~!」

ノア=エルは不満を漏らすが、理人の言葉に従って力を抑えた。


「九条響さん。時間の位相を操作する。

 『美術的破壊の瞬間』を確保して」


「了解しました、アイオネさん」


九条のバールが届く直前、

深きものどもの体液が理人の頬を掠めた。


熱いアルコールのようなその飛沫が、

地面に落ちた瞬間アスファルトが溶け出した。


バールが青白く輝き、九条が疾走する。

「はああっ!」


一閃――深きものの一体が美しく縦に割れ、

無音のまま崩壊した。


「すごっ! あいつ、芸術的に斬ってるぞ!」理人が叫ぶ。


九条は流れるような動作で次々と敵を葬る。

「秩序の強制デリート」アイオネが指先を掲げる。


時空が歪み、敵数体が静止。

そのまま砂のように崩れ落ちた。


「無秩序は、時間で縛るのが一番」


冷たい声に、理人のUIが反応する。



>>>【九条響:評価SSA/美術的破壊】


>>>【アイオネ:評価SSS+/時間停止による存在消去】



「……やべぇ、二人とも完璧だ!」理人が叫ぶ。


「九条! 最高の剣技だった!」

「ありがとうございます、教師殿。

 私のバールは愛の指導の成果です」


「アイオネもすごい! 君の秩序魔法は世界の守護神だ!」

「当然よ。教師殿の理性が私の出力を安定させるの」


その会話を聞いて、神原が震えながら手を上げた。


「先生ぇ……僕の理性はもう安定しません……」


赤城圭吾が冷静に告げる。

「真上先生。深きものどもの体液は、

 精神汚染を引き起こします。神原くんの防衛を優先しましょう」


「へい……もう守ってください……」




・クタニド帝の降臨と戦乙女の覚醒


湖面に映る空が、まるで生き物のように脈動した。


戦闘が収束した瞬間、空気が重く歪んだ。

「なんだ、この圧……!」理人が息を呑む。


空間を満たすのは、善悪を超越した『神格』の気配。


「うわぁぁ……理性のドアが壊れるぅ!」神原が白目をむく。


ノア=エルが顔を強張らせた。

「この波動……古き神のもの」


「秩序をも超える力。最悪の衝突ね」

アイオネが理人の前に出る。


UIが再び光る。



>>>【ALERT: 神格反応確認】


>>>対象:クタニド帝


>>>危険度:S+/古の旧神・友好属性。



次の瞬間、空が黄金に染まり、

湖の中心に光の渦が生まれた。


そこから現れたのは――

黄金の髪を持つ、神のような男。


クタニド帝。その威厳だけで世界が震えた。

しかし、理人の隣にも負けぬ存在が……。


光が止まり、風すら息を潜めた。

その中心で、エルダ・アリスだけがゆっくりと立ち上がる。


エルダ・アリス。白シャツが光に包まれ、

黄金の鎧を纏う戦乙女へと変貌した。


「クタニド帝……旧神郷より何の御用ですか」

彼女の声は空間を震わせる。


理人の脳に直接、彼女の声が届いた。

(教師殿。ここは私に任せて、

 旧神同士の戦いは人類には観測不能です)


理人は即断した。

「全員撤退! エルダの戦闘に干渉するな!」


「ええ~! 愛の力で先生を守りたいのに!」

「今の愛はデバフだ! 我慢しろノア=エル!」


「合理的判断ね。 撤退が最適解」アイオネも頷く。


神原は地面に頭をこすりつけて祈った。

「ああ、戦乙女様……僕を生かして……!」


「(戦乙女だろうが、旧神だろうが、 俺の超常研究会のメンバーだ!)

 エルダ! 必ず無事で帰ってこい! ……そして、俺の指導を受け続けろ!」


理人は叫ぶ。

エルダは振り返り、静かに笑った。



理人たちが離れた後――


クタニド帝が微笑む。

「なるほど。旧神殺しの戦乙女が、人間の教師に心を寄せるとは」


黄金の指が空をなぞる。

ズオン、と光が弾け、空間が七色に分離した。


「貴女が『剣を捨てた』というのは真実か?

 その愛が、貴女の力を鈍らせていないか、試す必要がある。」


「久方ぶりに、力を試させてもらおうか」


「望むところよ、猊下」


光が弾け、二柱の神が夢の廃墟でぶつかる。

世界が、音を失った。



【第21話へ続く】

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