第16話 旧神 殺し、エルダ・アリスと結成祝いの喧騒

・古き旧神との邂逅


受付嬢に案内された理人たちが足を踏み入れたのは、

深紅のカーペットが敷かれた薄暗い一室だった。


部屋の奥、光の中心に座していたのは――

息を呑むほど美しい女。


光が彼女を神話の絵画のように切り取り、

影がその輪郭を崇拝の形に変えていた。


占い師エルダ・アリス。


理人の知るノア=エルやアイオネの『美少女』、

というカテゴリーを軽々と凌駕していた。


金髪碧眼。高い背。成熟した戦乙女(ヴァルキリー)のような威厳と妖艶さ。

彼女の一挙手一投足が、空間の空気そのものを震わせていた。


理人の視界には、半透明の警告UIがちらついていた。




>>>【対象:占い師 エルダ・アリス】


>>>正体:太古の旧神 ヌトセ=カームブル


>>>SANITY LOSS(正気度喪失):並


>>>DANGER LVL(危険度):普通


>>>役目:『旧支配者 絶対殺すウーマン』




「ようこそ、真上理人。

 そして、愛と秩序の監査役たち」


エルダ・アリスは、理人の名を静かに呼んだ。

その声は深く澄み、聞く者の心の奥を覗き込むような響きを持っていた。


ノア=エルが警戒しつつ、理人の腕にしがみつく。


「あなたは誰ですか! 先生の愛を奪おうとする者は、

 この愛の女神ノア=エルが許しません!」


アイオネは冷静に分析を始める。

「……貴女の時間の流れ、ノア=エルとは異質ね。

 秩序の規範を超越した『古き時代』の神――なるほど、興味深いわ」


エルダはノア=エルの威嚇を無視し、

理人にだけ冷ややかな視線を向けた。


「私はこの世界を護るための秩序を優先する神。

 我らの間では――『グレート・オールド・ワン絶対殺すウーマン』と呼ばれている。理解しやすいだろう?」


あまりに物騒な自己紹介に、一同が凍りつく。


神原が震える声で理人に囁いた。

「せ、先生……そのあだ名、ギャグじゃないですよね!? 

 僕のSAN値、今『物騒な自己紹介』で削れてます!」


九条がバールを構えながら、赤城に尋ねた。

「赤城先生、彼女は『美術的破壊』の体現者ですか?」


「いや、九条くん。彼女は『破壊』ではなく、

 『排除』の象徴だ。我々の組織的には――だな」


エルダは彼らの会話を聞き流し、理人に向き直る。


「私は目的のためなら、人間とも共闘する。

 貴方の目的――ノア=エルの『愛の暴走』による世界崩壊を防ぎ、

 旧支配者の侵略からこの次元を護ること。それは、私と同じだ」



理人の前に、彼女は水晶のように透き通ったテーブルを出現させた。そこに浮かぶのは、星々を結んだ神秘の紋章――


「貴方の力、『教師の威厳』と『銀の鍵』、『星辰の剣』。

 だが、それだけでは足りない。来たるべき終焉に備え、力を蓄えよ」


エルダの指先から放たれた光が、

理人の手の甲に熱い鉄を押し当てたような激痛とともに焼き付いた――


『エルダーサイン』


理人は思わず呻き、その場に膝をつく。


「先生!? 大丈夫ですか! 愛の力が傷ついてる!」(ノア=エル)


「耐えなさい、教師殿。その痛みが秩序を保つ代償よ」(アイオネ)


「くそ……これが……エルダーサイン、か」

理人は手の甲の神秘の紋章を見つめた。



「そう。これは『秩序による愛の制御』を増幅する符。

 貴方の意志が強ければ、それ自体が旧支配者を退け、

 銀の鍵と星辰の剣に力を与える。」


エルダはさらに続ける。

「この符を完成させるには、

 旧支配者の残滓が漂う二つの地を訪れる必要がある。


 『滅びた古代都市の遺跡』――ハスターの配下が潜む場所。


 『閉鎖された遊園地の跡地』――

        クトゥルフの眷属が蠢く時空の歪みの中心」


理人は息を呑む。

「ハスターと……クトゥルフの眷属、か」


ノア=エルが目を輝かせた。

「遊園地!? 愛が最も高まる場所じゃないですか!

 先生! メリーゴーランドで愛の暴走を極めましょう!」


「やめろノア=エル。遊園地を『愛の儀式場』にするな」


アイオネは即座に反論する。

「遊園地は秩序の崩壊点。教師殿は私と『時間軸の監査』に行くべき。

 ……彼女のような『愛のバグ』は不適格よ」


神原が嬉々として割り込む。

「先生!バカンスですよ! 僕、遊園地ならSAN値全快できます!

 ラブコメ展開期待していいですか!?」


理人は、全員の顔を見渡しながら苦笑した。

――この混沌すら、もう日常の一部だ。


「わかった、エルダ・アリス。俺たちはその二つの場所を調査し、

 エルダーサインを完成させる。 世界の秩序は――俺たちが守る。」


エルダは満足げに頷いた。

「良い覚悟だ。私の協力は『旧支配者の排除』の範囲に限る。

 『愛の暴走』には関与しない。それが、我らの契約だ」


アイオネが冷ややかに視線を返す。

「秩序の名を借りた孤独……貴女もまた、

 ノア=エルとは別の形で『愛』を恐れているのね。」


ノア=エルがぷくっと頬を膨らませた。

「それ、嫉妬って言うんですよアイオネ!」


「違うわ。解析よ、ノア=エル。」


理人は慌てて割って入った。

「はいはい! 話が脱線する前にまとめようか!

 これで『超常研究会』の活動方針は決まった!

 ……よし、結成祝いだ。お祝いしよう!」


「お祝い!? 先生と愛の祝宴です!」(ノア=エル)


「きた! パーティータイムですよ先生!」(神原)


「……非合理的だが、士気向上の観点では賛同する」(アイオネ)


「結成祝いという名の、

 『集団精神衛生の美を鑑賞するセッション』ですね」(九条)


「これで全ての経費を『部費』として合法的に処理できます。部活動は最も非人道的な組織を隠す最良の合理的手法です。問題ないです」(赤城)



理人は深く息を吐き、笑みを浮かべた。


「よし!行くぞ、超常研究会! 食費は部費で出す!」


エルダ・アリスの館を後にし、

『愛と秩序とツッコミの混沌パーティ』は、賑やかに夜の街へと消えていった。


その喧騒こそが、世界を救う唯一の均衡――愛と秩序の調律だった。


そして、その夜の笑い声は、遠く星々の彼方まで届いたという。



【第17話に続く】

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