後編④

 とうに縁が切れてしまった実家は大人数で、幼い私は病気になると隔離され、一日中ほったらかし状態で独りで寝かされていた。


 昨日今日と十朱さん親子に看護されて、私は実はとても甘えん坊で……自分がしてもらいたかった事を幼い“ゆっくん”にしてあげていたのだという事に気が付いた。


 実際、今、十朱さんにドライヤーを当ててもらっている私はゴロゴロと喉を鳴らす子猫のようだ。


「昨日、お食事はできた?」


「はい、コウキくんが『すりおろしリンゴの葛煮』を作ってくれて……」


「『すりおろしリンゴの葛煮』か……前に『コウキは最初、私に懐かなかった』って言ったでしょ?」


「はい」


「私も滅多に病気はしない方なんだけど、あなたと同じ様に風邪で寝込んでしまった時に……『せっかくコウキを引き取ったのに、こんな事で寝込んでしまって、情けないし悔しい』ってお布団の中で泣いていたら……コウキが私の為に初めて作ってくれたのが『すりおろしリンゴの葛煮』だったの! 『とあちゃん! 泣かないで!』って。

 私、それが嬉しくて嬉しくてたまらなかったのだけれど……

 私が引き取る前にあの子の面倒を見ていたのが、私より歳下のの女の子だったって聞いていたから……その子に対して、コウキをこんな優しい子に育ててくれた事に感謝すると同時に嫉妬もしてしまったの」


 私はまるで自分の事を言われているみたいで、ゆっくんのお母様に対して、とても申し訳ない気持ちになり、あの時、ゆっくんを手放したことは間違いではなかったんだと自分に言い聞かせる事ができた。


「コウキくんはきっと、自分を守ってくれるは……十朱さんしかいないと思ったからこそ、幼い手で『すりおろしリンゴの葛煮』を作ってくれたのだと思います。図らずも私も昨日、いただけましたけれど、優しく体に染み入る味でしたから。

 だからその方に嫉妬をお感じになる必要など、ございません」


 そう申し上げると十朱さんはドライヤーを止めて、私を背中から抱きしめてくれた。


「とても素敵な言葉を下さってありがとう! でも今の私は嫉妬なんかしてないのよ。今の私の願いはね。そう遠くない未来に……コウキが連れて来るカレのお嫁さんを自分の娘にする事なの」


 私は背中に、あの『すりおろしリンゴの葛煮』と同じ温かさを感じた。


 この様に優しい親子の愛を受ける女性は……やはり、とても愛情深い素敵な人なのだろう。


 何か……一瞬の間を置いて、私は夢想する。


 もし、小夏ちゃんが、今のカレの事で……“人”の痛みを知る事になったら……本当に可愛らしく優しい女性になるに違いない。私の予感は大抵外れてしまうのだけど、今回は予感通りであって欲しい。


「十朱さんは……心当たりがあるのですか?」


「ええ、でも当人達には言わないわよ。お花は大事に育てないとね」

 とウィンクなさった。



 十朱さん、私にまで“お母さんの温かさ”をお分けいただきありがとうございます。


 小夏ちゃん! 例え今カレと上手くいかなくなっても、きっとあなたは幸せになれるよ。


 そして、コウキくん!


 あなたはくじけてしまった私の体を、そして心を労わってくれました。


 そして私に夢を見せてくれた。


 私の愛するゆっくんが、あなたみたいな素敵な男の子になっているに違いないって!!


 だから心から心から

 あなたに

 感謝いたします。





                      終わり



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3016 縞間かおる @kurosirokaede

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