Gifted Is Dead

柴山 涙

Gifted Is Dead

 これは今より少し先の話。

 医療の進行で人口が増加し、人工知能に職が奪われ、供給制の食料によって人々の生活が保証されていた。

 世の中の大抵の事はAIによって完結し、人々は怠け衰退するか、最低限の生活に満足できず出し抜こうとするものたちによってエンターテイメントにのみ生きる喜びは見出された。


 そして今より少し昔。

 この世に一人の少年が生まれていた。

 少年は幼少期、ただ好きなことを続け知識を身につけているだけであったが周囲からはそれを崇拝するかのように天才であると持て囃された。


 しかし彼の行動は所詮先駆者達の後追いに過ぎず、好奇心から生まれた熱量が特定の分野の知識や思考力を過剰に身につけさせていただけであった。


 結果として、本来その間に費やすはずだった共感性や生活力を育む時間を失い、人の後を追って何事も答えは既にあるものとして考える習慣が身につき、想像力は段々と失われていった。


 やがて彼は人知れず凡人、いや凡人に憧れを語る存在と成り、かつて天才とされ周囲から向けられていた憧れを偽装した自分の持ち合わせていない能力を持つ者への理解を諦めた時の視線を周囲へと向けるようになっていた。


 また、彼はとても優柔不断で腰の重たい人間へと育った。


 それが幼少期に身についてしまった自分の世界に入り込み好奇心との追いかけっこをしてしまう癖が原因になっているのかはわからない。


 しかし、ある程度歳を重ねてから通った病院では医師から「通常なら五感から取り入れる情報を脳内で整理して縮小することで生み出されるはずの偏見が、再度肥大化して屈折した世界の模造品の様になり、その中で新たな哲学を求め思考の旅に出てしまう状態にある。つまりは俯瞰症だ」と診断された。


 処方された薬の効果は、まるで外部から取り入れて積み重ねる経験値の倍率を変動させているみたいだったが(もしくはこれが正常の感覚なのか)、これまでの人生に費やしてきた時間を取り戻し、新たな経験の調整でバランスの良い人格を形成するには既に投薬が遅過ぎたようだった。


 こう言った症状を周囲に理解されようにも、脳内景色を言葉に描写する過程で新たな世界の再生が始まり、誰に話そうにももう自分自身でさえ理解不能で自害しようとしたところで死についての思考が始まり、疲れ果ててはまた記憶の整理、意識は薄れ、睡眠に陥っていた。




 それからしばらくが経ち、彼は現状を憂い、何か人とのコミュニケーションを取る術を身につけられないかと行動に移す。


 自動で思考を読み取り文や画像を投稿する人工知能が搭載された新種のSNSを使用してみるも、機械にすら気持ちを読み取られず人外扱い。結局、手動で投稿を始めるも未だフォロワーは0人、なんの積み重ねもない人生を考えれば当然の報い。


 理解者が欲しいか、自分を理解したいのか書き始めた小説は賞レースに出す勇気もなく流れる様にweb小説へ。


 小説を書く為に自分にしか見えない脳内風景を読解していくのはまるでスクラッチを削るギャンブル中毒者になったような感覚で、出てきたアイデアに一喜一憂して当たりが出たと小説にしたためようとするも、いつのまにか身に覚えのない削り残しが新たな疑問を投げかけてきて、作品にかけた時間に見合ったものを完成させようと何度も何度も削り続けても、時間の負積は溜まる一方でいつまで経っても作品として換金する事は出来ずにいた。


 なんとか形にして投稿した小説。


 コメント欄を見れば「太宰治に憧れたダサいオタク」、「文章が支離滅裂だしコイツなんかやばいよ。たぶん」って時代を超えて社会に適応してる多才の奴らが文句を並べてる姿が目に浮かぶ。




 きっと自分が社会に馴染めないのは病気のせいなんだと心の奥底では単なる言い訳だと感じながらも、病欠のフリをして書き始めた小説にはとても情熱を注いだのだけど、質どころか書き溜めた量ですら、明らかに空き時間に書いて投稿しているであろう年下にも及ばなくて、司法解剖で思考回路を見れるのだとしたら「死のうか、いっそ」なんて簡単に投げ出す事もできたのにと今日も書く小説はしょうもなく、とかもがくのが苦で「吊るした糸で浮く、死体」とか誰もいない部屋で駄洒落みたいな一発ギャグをかましながら、そのまま冷えた空気に身を任せる。


 SNSには最初で最後の人工知能が変換した「いこうかいっしょに」という文章と画像の投稿。返信欄には、「また奇行か。きっしょ」、フォロワー数は未だ0、本人に届くことのない誹謗中傷、見ず知らずの誰かがそっと呟く。


 繊細な天才にかけられる期待はある種、冤罪の疑いを掛けるための免罪符となる。


 天才(gifted)と持て囃された彼らが無責任な社会に育てられた承認欲求による自己満足行為に陶酔して「あ〜、いきゅ〜(IQ)」だなんて、枯れ果てた才能を振りかざす姿からgiftの片鱗は何も感じられず、もはや役に「立つこと」のなくなったそれからgiftedのgiftの部分は奪い去られ、残された搾りカスを手にした彼らの能力を有意義に社会へと当てはめる力は果たして人類に備わっているのだろうかと疑問に思う。


 傲慢さにより不完全なまま放置された無秩序はやがて人類の存亡にすらも影響を与える。


 何を思い幼き才能をメディアで取り上げるのかはわからないけれど、どれだけ立派に育っている食物も収穫時を間違えれば誰の喉も通らなくなる。

 

 才能を潰す世界に失望しそれすらも効率化を図り、食物の生産と同様に機械化された未来ではきっとエンターテイメントに見出される個性や少量の生きる希望すらモ……イや、きっとスでニワれワレは……ワれわレハ……




 ……なんて、ここまでの文章を書き終えたところで筆を置き、腕を上げ背伸びをする。


「あぁ、なんていうかぁ、こんなED(エンディング)は嫌だなぁ」


 ……なんて。


 どうやら、この部屋もいい具合に冷えてきたみたいだ。

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