第2話 開店作業
俺が初めて覚えている光景は、3歳の誕生日に買ってもらった子供向けの木剣で、父の大切にしていたコップを割ってしまったときのことだ。
後から聞いてみると、わくわくした様子の俺を見ていた父は、初めての剣を持つ息子に注意を促すのを忘れていたらしい。気前よく剣を振り回す息子を微笑ましい目つきで見守っていたところ、慣れない木剣に重心を崩した俺が、父が手にしていたコップ目掛けて体当たりをかました、というのがオチだった。
微笑ましい顔から一変、コーヒーに塗れ、みるみる赤くなっていく父の様子を片時も忘れたことは無かった。
そんなこともあったなと思い返しながら、今日も酒屋の手伝いへと駆り出されている。
酒場では準備しておかねばならないことが多い。前日に減った分の調味料の補充や、提供する料理の下ごしらえなどもやっておかねばならない。やることは山ほどあるのだ。
父が営業するこの酒場は、いざ営業開始ともなると冒険者たちでいっぱいになり、席を確保するのもやっとなぐらいになる。父自慢の、冒険者御用達の人気店だ。
それから何十分かが経ち、開店作業が終わりに差し掛かっていた頃、父らしき人物のギルが酒場へと顔を出した。
「おう、終わったか」
「あともうちょっとだけ! 少し待ってて」
俺の出自は、よくわからない。
先ほどギルの事を、父らしい、と表現したのには理由がある。
ギルは俺の事を育ててくれたが、会話の節々から、本当の親子ではないのだということを感じる瞬間がある。特段そのことについて尋ねたりはしないものの、父は俺に対して明確な一線を引いているような態度をとる事があった。そして、それは本当の親子ではない、何か別の関係であることを俺に察させるには充分な証拠だった。
一度だけ正直に、俺は本当の息子なのかと聞いてみた事がある。しかし、その時も適当にはぐらかされるのみで、明確な回答は無かった。
それに、自分自身特段気になっている訳でもない。日々の営業と鍛錬は常に忙しく、それによって今の生活はいっぱいだ。
そうこうしているうちに開店作業も終わりを迎えた。『ギルの酒場』の開店ももうすぐだ。
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