第35話 牢屋から出た兄貴



「ええー! マジっすか? ほんとにいいの? だって、兄貴なら、ジャバインつっこんどいて、自分はそのまま二、三十年でも自由を謳歌しちゃうヤツですよ?」

「それでも、ジャバインはA級戦士だが、カレンデュラはS級魔法使いだ。まじめに働けば、稼げる額が違う。早く借金を返してもらったほうが、ギルドも助かる」


 たしかに、ギルドの貯えがどのくらいか知らないけど、金貨百万枚はそうとうな額だ。たぶん、資金の半分くらいは使いこんじゃってるんだと思う。へたすると、八割がたか? そりゃ一日も早く返してもらいたいだろうね。


「わーい。僕、出ていいんですね? じゃあ、誰に身代わりになってもらおうかなぁ?」


 自分で身代わりっていってるよ。いちおう、人を犠牲にするんだって意識はあるんだな。


「兄貴は世間知らずだから、一人で行動させられない。あたしがついてないと。じいちゃんは出かけちゃって、いつ戻ってくるかわかんないし」

「悪いが赤の他人はやめてくれ。カレンデュラがその人を見すてて逃げられないていどの関係性はないと困るな」


 と、ホバークさんがいうので、候補はかぎられてくるなぁ。鉄格子の前にたむろする連中なら、兄貴に頼まれれば喜んで牢屋でもなんでも入るだろうけど、さすがにそれはホバークさんが許可してくれないだろう。赤の他人すぎる。


 ちょうど、そのときだ。


「ちょっとー! しっかりして。死なないでよ」

「まだ……死んでない……」


 担架で運びこまれてきたのは、ジャバインだ。ウワサをすれば、なんとやら。フルレもひっついてる。というか、ジャバイン、全身ケガだらけだ。青ざめて血の気がない。


「カレン! 金だ。稼いできたぞ。これを借金のたしにしてくれ」


 麻袋さしだしてくるんで、すかさず、あたしがとりあげる。兄貴に持たせたら、すぐ魔法書だの魔法具だのに変わっちまうからな。一瞬も金は持たせらんない。


「おお、金貨三十枚か。けっこう稼いでくれたね。あんがとよ。ジャバイン」

「おまえの金じゃないぞ。アニス」

「どっちだって同じだよ。兄貴の借金で消えるんだから」


 ジャバインは担架から起きあがって、ふたたび外へかけていこうとする。その首ねっこをつかんでひきとめた。


「待ったー! そのケガでどこ行く気だ?」

「もちろん、稼ぎに行く。もう一度、カレンと冒険するために」

「だったら、あんたはケガ治るまで牢屋に入っててくれ。そうだ。フルレ、あんたは看病についててくれるかい?」

「えっ? いいよ」と二つ返事のフルレに対して、ジャバインはなんやらかんやらゴネる。


「はっ? 牢屋? なんのためにだ? これしきのケガ、なんてことないぞ。おれは稼ぐ。稼ぐんだー!」

「はいはい。兄貴、自分で頼めよ」

「ジャバ。お願いだよ。僕のかわりに、しばらく牢屋に入っててくれる?」

「もちろんだとも」


 ふっ。兄貴はきっと無意識にチャームの魔法を使ってるね。バカな幼なじみのおかげで代役は立った。


「じゃ、ホバークさん。身代わりはジャバインってことで」

「了解した」

「ジャバ。あんたはついでに、おとなしくケガ治しとけよ」


 てなわけで、約十日ぶりに兄貴は地下牢から出された。まぶしそうに広場に出ていく美少女(みたいな美青年)のなんと可憐なことか。


「わあっ、いいお天気だね。僕、使ってみたい魔法があるんだ。早く冒険に行こうよ」

「あっ、そうそう。兄貴、これ、魔法具みたいなんだけど、かかってる魔法わかるか?」

「魔法具? どんな、どんな?」


 兄貴はアレだ。無邪気な天才。あるいは、無邪気な天災ともいう。魔法の研究が何より好きで、ほんとは賢者になりたかったらしい。回復魔法はいっさい使えないとわかったとき、自殺しかねないほど落ちこんでた。


 なので、昨日、タヌ王から手に入れたアミュレットを渡すと、さも嬉しそうにささげもった。頬ずりしてる。


「スゴイね! ものすごい魔法具だよ。うーん? 召喚かなぁ? 魔力増強? とにかく、そんな感じ。最上級の魔法具だってことはわかる。いわゆる『女神ゴッデス魔法具レリック』だ」

「ゴッデスレリック? スゲェ!」


 魔法をこめられた魔法具は世にあまたあれど、古代から伝わるゴッデスレリックはそのなかでも格が違う。現存するものはみんな各国の王族や貴族が所持してる。それ以外はまだ誰も入ったことない古代の遺跡に残ってるかもしんない。が、ほぼ盗掘されてるだろうって話だ。


「じゃあ、これ、どっかの王族のかなぁ?」

「かもしれないね」

「兄貴は使えないの?」


 兄貴はまんなかの巨大な宝石を恋人の手でもにぎるみたいに愛しそうになでたあと、とてつもなく悲しげになった。美少女の涙したたる。


「使えないみたい。片想い」

「そうなんだ」

「使える人がかぎられてるタイプのものだと思う。代々、所持してる一族とか、ある神に仕えてる巫女とか」

「ああ、そういうね」


 まあいいや。もとの持ちぬしにでも返せば、謝礼をもらえるだろう。金貨百枚はかたいぜ。


「じゃ、返して」

「ええ? 僕が持ってちゃダメ?」

「使えないんなら持ってる意味ないだろ?」


 むしりとると、指さきがチカリとした。


「イテッ。なんか、しびれた!」

「ほらほら。アミュレットだって、大魔法使いに持たれるほうが嬉しいんだよ」

「兄貴に金目のもんは持たせらんない!」


 ベルトのポーチに入れなおした。このときはね。まさか、のちのち、あんなことになるとは……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る