41.月光虫の繭糸と高位スライム

「月光虫は、洞窟に棲む虫だ。夜行性で、昼の間は繭の中に引きこもって動かない」


 シオンさんはそう言いながら、前方の森へ視線を向けた。


「夜になると、その繭から出て飛び立つんですね」

「ああ。月の光に引き寄せられてな。洞窟の外を飛び回る」


 なるほど、と頷く。


「じゃあ、私たちが探しているのは……」

「飛び立った後に残る繭だ。中身が空になった繭なら、刺激も少なくて安全に採取できる」


 理にかなった説明に、思わず感心してしまう。


 私はシオンさんの背にしっかりと掴まり、森の奥へと目を凝らした。木々が密集し、昼間でも薄暗い。地面には苔が広がり、湿った土の匂いが漂っている。


 シオンさんは黒ヒョウの姿のまま、枝を避けるように身を低くして駆けていく。その動きは滑らかで、揺れは最小限だった。


「もうすぐだ。この先に、月光虫が棲みついている洞窟がある」


 風を切る音の向こう、森の奥にぽっかりと口を開けた岩陰が見えてきた。ひんやりとした空気が流れ出し、そこだけ周囲と気配が違う。


 間違いない。あそこだ。月光虫が潜む洞窟へ、私たちは迷いなく向かっていった。


「ここが月光虫がいる洞窟……。いかにも、何か良そうな気配がしますね」

「とりあえず、中に入って確認してみるか?」

「はい」

「だったら、明かりをつけよう」


 シオンさんが魔法で明かりを出すと、私たちは洞窟の中に足を踏み入れた。しばらく進んでいると、明かりに照らされた洞窟内に白い玉みたいなものが無数に張り付いていた。


「あっ、これが月光虫の繭ですね!」


 洞窟の壁際に付着している、淡く白く光る塊を指さして声を上げる。


「そうみたいだな。地面にも、かなり落ちているようだが……」


 足元を見ると、踏み固められた土の上に、乾いた繭がいくつも転がっている。


「ちょっと、鑑定してみましょうか」


 私はそのうちの一つを拾い上げ、そっと鑑定をかけた。


 月光虫の繭。間違いない。でも……。


「……やっぱり、品質が落ちていますね」


 指先で触れると、表面が少し脆い。


「素材としては十分使えます。でも、せっかくここまで来たんですから……」

「新鮮なものがいい、か」


 シオンさんは私の言葉の続きを、当然のように受け取った。


「はい。出来立ての繭が欲しいです」

「だったら、夜まで待とう。月光虫が飛び立った直後なら、最高の状態の繭が手に入るはずだ」


 私は大きく頷いた。


「じゃあ、洞窟の外で待ちましょう」


 クラフターとして、素材に妥協はしたくない。手間を惜しまず、良い素材を選ぶからこそ、ものづくりは楽しくなるのだ。


 私たちは一度洞窟を出て、森の中で夜が来るのを待った。


 ◇


 そして、夜。


 ふと洞窟の方へ目を向けると、闇の中で、ほのかな光がふわりと浮かび上がった。


「あっ! シオンさん、見てください!」


 洞窟の奥から、一つ、また一つと光が溢れ出す。それはやがて数を増やし、無数の淡い光となって夜空へ舞い上がっていった。


 月光虫だ。静かな闇の中を漂う、柔らかな光。まるで星が地上から空へ昇っていくみたいだった。


「わぁ……綺麗ですね」

「そうだな。なかなか見られるものじゃない」


 私は黒ヒョウの姿をしたシオンさんにもたれかかり、その幻想的な光景を見つめ続けた。


「……ずっと、見ていたいですね」


 しばらくの間、言葉もなく、ただ光の流れを追いかける。


 ――と。ふっと、洞窟から飛び出す光が途切れた。


「……あ」


 再び静寂が戻る。それはつまり。月光虫が、すべて飛び立った合図だった。


「よし、行きましょう」

「そうだな」


 私たちは立ち上がり、洞窟の中への入っていった。すると、壁には沢山の破れた繭がくっついた状態で残っていた。


 それを念動力で全て回収すると、私たちは洞窟を後にした。


 これで素材は二つ目。残りは一つ。高位スライムの素材だ。


 ◇


 一メートルを優に超えるスライムが、地面を抉りながら突進してきた。


 だが、その瞬間。地面から伸び上がった魔法の蔦が、うねりながらスライムの体を絡め取る。粘液の巨体は勢いを失い、その場で大きく揺れた。


「ヒナ、今だ」

「はい!」


 合図と同時に、私は地を蹴った。


 距離を一気に詰め、剣を大きく振り抜く。刃がスライムの体に食い込み、ずぶりと深く切り裂いた。ぶよぶよとした体が歪み、原型を保てず崩れ落ちていく。


「今です! 素材還元!」


 間髪入れず、魔法を発動。スライムの残骸が淡く光り、形を失いながら光の粒子へと分解されていく。やがて、その光が一点へ収束し――。


 地面に残ったのは、素材として精製されたスライムの一部だった。


「ふぅ……やりましたね。これで五体目です」

「うむ。動きも判断も、だいぶ良くなったな」


 そう言って、シオンさんは静かに頷く。


「シオンさんが拘束してくれたおかげです。おかげで、落ち着いて攻撃できました」

「連携が取れている証拠だ。感謝する必要はない」


 私は素材を拾い上げ、ほっと一息ついた。スライムの素材はシオンさんの協力を得て、順調に集まっていった。


「それにしても……高位のスライムだけあって、弾力性が違いますね。これはクラフトが楽しみです!」

「良い素材を見ると、目が輝いているな」

「クラフトをしている時間も好きですが、良い素材に出会った瞬間も負けず劣らず良い時間です」


 素材をアイテムボックスに入れると、すぐさま探索の範囲を広めた。


「うーん……あっ! あっちにいそうですね!」

「ヒナの探索魔法は精度がいいな。すぐに見つかるし、百発百中だ」

「そうですか? 普通だと思いますけど……」

「……普通、か」


 何か言いたげな視線を向けてくる。えっ? これくらい、普通ですよね?

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コミュ障クラフターの私、引き継いだ能力が異世界では規格外すぎて無自覚に無双してしまう件~地味に暮らしたいだけなのに、なぜか注目されて怖いんですが~ 鳥助 @torisuke0829

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