40.鉄樹綿
「わぁ! は、速い! シオンさん、速いですぅ!」
黒ヒョウの姿になったシオンさんの背にしがみつき、森の中を突き抜けるように進む。視界の端を、木々が矢のような勢いで流れていき、次々と迫ってくるのが怖すぎる。
「大丈夫だ。木に当たらないよう、これでも速度は抑えている」
「そ、そうなんですか!? で、でも……怖いぃっ!」
風を切る音が耳元で唸り、身体がふわふわと浮く感覚がする。まるでスポーツカーの助手席に放り込まれて、森の中を爆走している気分だ。
当たらないと言われている。理屈では分かっている。でも、視界いっぱいに迫ってくる木々は、どう見ても「当たりそう」にしか見えない。
私は必死にシオンさんの毛皮を掴み、目をぎゅっと閉じた。
私たちは今、鉄樹綿が採れる山を目指して進んでいる。鉄樹綿は、標高のある場所に生える「鉄樹」という木に実る素材だ。
事前に調べたところによると、鉄樹は一本だけで生えることは少なく、同じ種類の木が一帯にまとまって群生する性質があるらしい。つまり鉄樹綿を探すなら、その群生地帯を見つけるのが近道というわけだ。
だから私たちの目的地は、山の中腹。鉄樹たちが集まる場所へ、まっすぐ向かっている。
「……あっ、なんだか素材の気配がします」
「素材の気配って……一体、どんな感覚なんだ?」
「常に意識していないと、素材ってすぐ見逃しちゃいますからね」
「ヒナ、それもう半分、人外になってないか?」
軽口を交わしながら山道を登っていくと、次第にその感覚が強くなっていった。
これは、間違いない。しかも、一つや二つじゃない。大量の素材が近くにある。
胸の奥がじわじわと弾む、視線が周囲を忙しなく巡る。
そして――。
「あれ?」
ふと、目の前の木々の様子が、どこかおかしいことに気づいた。幹の太さや高さは、見慣れた山木と変わらない。けれど、枝先が……違う。
私は思わず、視線を上へ向けた。
そこにあったのは、杉に似た形をした木。だが、本来なら葉が生えているはずの場所に、ふわりとした白い綿のようなものが房になって付いている。
「あれが鉄樹みだいだな」
風に揺れるたび、綿の房が柔らかく波打つ。見た目は軽そうなのに、近づくと不思議な存在感がある。
周囲を見渡せば、同じ木が点々と。いや、一帯に広がっていた。ここが、鉄樹の群生地帯だ。
「この辺り一面、鉄樹ですね」
素材の気配が、強いはずだ。私は、胸の高鳴りを抑えきれず、自然に笑みを浮かべていた。
シオンの背から下りて、木の下から房を覗き見る。もっと、近くで見たくて、念動力で房をもぎ取って下した。
「これが、鉄樹綿……」
掌の上に乗せると、見た目は確かにふわりとした白い綿だ。けれど、指先でそっとつまんだ瞬間、違和感が走った。
「……軽いのに、しっかりしてる」
指で引き伸ばすと、綿は簡単には千切れない。繊維一本一本が、妙に芯を持っていて、撚るときしっと小さな音を立てた。
まるで金属繊維。
綿なのに、柔らかさの奥に確かな硬さがある。触っているだけで、普通の布とはまるで違う素材だと分かる。
「表面は柔らかいけど、内部の繊維は鉄に近い性質……。これ、加工の仕方次第で、相当強い布になりますね」
光に透かしてみると、白い繊維の中に、ほのかに鈍い光が混じっているのが見えた。鉄のようでいて、冷たさはない。不思議な素材だ。
「鉄樹綿が見つかってよかった。となると、次は採取だな。だが……高い位置に付いている。かなり手間がかかりそうだ」
「大丈夫ですよ。見ていてください」
「……何をする気だ?」
シオンさんは、警戒するように眉をひそめた。私は答えず、静かに息を整える。
念動力、展開。
意識を広げると、視界の先、山肌一帯に生える鉄樹の輪郭が、はっきりと浮かび上がった。枝、房、繊維の絡み具合。鉄樹綿一つ一つを、正確に補足する。
次の瞬間。
見えない刃が走ったかのように、房の付け根だけが、寸分違わず切り離された。
無数の鉄樹綿が、音もなく宙へ浮かび上がり、白い流れとなって私の前へと収束していく。一つも落ちない。一つも潰れない。
「なっ……な、なにを……!?」
「これで、採取は完了ですね」
私の前には、山一帯から集められた鉄樹綿が、ふわりと山のように浮かんでいた。
「……少しは限度というものを考えろ!」
「品質を落とさず、最短で採取する方法を選んだだけですよ?」
私はそう言って、小さく首を傾げる。背後で、シオンさんが深く頭を抱えたのが分かった。
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