38.作るべきもの
「ふぅ……やれやれ。なんとか終わったな」
屋敷へ戻った私たちは、揃ってソファーに腰を下ろしていた。体を包み込む柔らかさに、張りつめていた緊張が一気にほどけていく。
グラントータスの群れは無事に討伐され、王都周辺に迫っていた脅威も完全に取り除かれた。被害が広がる前に対処できたのは、正直かなり幸運だったと思う。
討伐後はそのまま冒険者ギルドへ向かい、討伐報告とグラントータスの処理の話、報酬の受け取りなど、必要な手続きを一通り済ませてきた。証拠の確認や関係者への聞き取りもあり、思っていた以上に時間がかかったけれど、それも無事に完了している。
そうして、ようやくすべてが片付いたところで、私たちはこうして屋敷に戻ってきたのだ。
今はただ、静かな屋敷の中で一息つける、この時間が心地いい。だけど、私は新たなやる気に満ち溢れていた。
「本体はまだ忙しいが、こっちはのんびり出来そうだ。今日ぐらいは外で食事をするか?」
「いえ、食事は私が作ります。それよりも、大事な話しがあります」
「大事な話し?」
黒猫姿のシオンさんは、ソファーの背もたれにちょこんと乗ったまま、きょとんとした表情で尻尾を揺らした。
「はい。とても大事です」
「ほう。王都の防衛に関することか? それとも、今回の討伐で何か見落としが――」
「いえ。もっと身近で、もっと切実な問題です」
私は一度、深呼吸をしてから切り出した。
「冒険者の服が、戦闘のたびに破けることです」
「……ん?」
シオンさんが、完全に意味が分からないと言いたげな顔をする。
「いや、それは……戦えば破けるだろう?」
「そういう反応をされると思いました」
「??? 事実だろう。剣を振るい、魔物とぶつかり合えば、布が裂けるのは当然だ。防具を着る理由も――」
「違うんです!」
思わず、声が大きくなった。私は姿勢を正し、ぐっと拳を握る。
「確かに戦闘で傷むのは仕方ありません。でも、今の服は傷むを通り越して、簡単に壊れすぎなんです」
シオンさんは目を瞬かせたまま、黙って聞いている。
「ほとんどの冒険者が、継ぎはぎだらけの服を着ていました。直しても直しても、次の戦いですぐ破けるからです」
私は冒険者の姿を思い出す。切り裂かれた布、ほつれた糸、困り果てた表情。
「服って、ただの布じゃありません。寒さを防いで、肌を守って、動きやすさを支える。日常を支える、大切な道具です」
少し言葉を区切り、続ける。
「それが、戦うたびにボロボロになる。お気に入りの服でも、仕事着でも、毎回修理か買い替え。お金も手間もかかるし、精神的にも辛いんです」
シオンさんは「ふむ……」と小さく唸ったが、まだ完全には腑に落ちていない様子だった。
「だが、冒険者という職業柄、ある程度は覚悟の上ではないのか?」
その言葉に、私は首を横に振る。
「覚悟と諦めは違います」
きっぱりと言い切る。
「仕方ないで済ませてきただけで、どうにかできないかを考えられてこなかった問題なんです」
私はテーブルの上に、ぎゅっと両手を置いた。
「原因ははっきりしています。糸が弱く、撚りが甘い。布の織り目が粗く、衝撃を分散できない。だから、斬撃や衝突があると、縫い目から一気に裂けるんです」
シオンさんの耳が、ぴくりと動いた。
「つまり、素材と構造の問題か」
「はい!」
私は勢いよく頷く。
「もし、もっと強い糸があったら。もっと密で、力を逃がせる織り方が出来たら。服は、戦闘のたびに破けなくなります」
頭の中に描いた理想を、そのまま言葉にする。
「重い鎧ほど動きを妨げず、普通の服よりずっと丈夫。防具と服の中間みたいな存在です」
私は、拾った布切れを思い出しながら、静かに息を吐いた。
「日常で使える服が、戦いでも耐えられる。それだけで、冒険者の負担は大きく減ります。修理の手間も、お金も、気持ちの消耗も」
そして、シオンさんをまっすぐ見つめる。
「だから私は破けない布を作りたいと思います」
一瞬、沈黙が落ちた。
黒猫の姿のまま、シオンさんはじっと私を見つめている。やがて、小さく息を吐いた。
「……なるほど」
その声には、先ほどまでの軽さはなかった。
「国家魔術師としては見落としていたな。戦場の大局ばかり見て、足元の日常には目が向いていなかった」
尻尾が、ゆっくりと揺れる。
「面白い発想だ、ヒナ。それは必要な発想だ」
私は、思わず胸の奥が温かくなるのを感じた。
「やってみなさい。ヒナの発想に手を貸そう」
「本当ですか!?」
「ああ。王都を守るのは、魔物を倒すことだけではないからな」
そう言って、シオンさんは少しだけ、誇らしそうに笑った。
私はぎゅっと拳を握る。
破けない布。それは、きっと冒険者たちの日常を、少しだけ強くしてくれる。
やる気は、もう十分すぎるほどだった。
◇ ◇ ◇
いつもお読みくださりありがとうございます。
話のストックが出来たので、明日より毎日投稿に切り替えます。
よろしくお願いします!
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