8.異世界でやりたいこと

「ギルド怖い、ギルド怖い、ギルド怖い……」

「おーい、ヒナ。いい加減、蓋を閉じた風呂の中から帰ってこい」

「私はもうここに住みます。ここから動きません。ここで根を張るキノコになります」

「おい、根を張るな。カビが生える前に出ろ」

「いやです……。もうあんな恐ろしい場所、二度と行きたくありません……!」


 ぷるぷる震えながら、私は蓋の下で体育座りをしていた。あの商業ギルドという場所は、危険地帯だったのだ。


「だって、だって……最初は優しそうなお姉さんだったんですよ!? 柔らかい声で『登録ですね~』って! それが、私の紹介状を見た瞬間に! 目がギラァァッ! って!! 笑顔がキラキラどころか、サーチライトですよ!? 光属性魔法かと思いましたよ!?」

「まぁ、あれは確かに……強烈だったな」

「しかも、『クラフトマスター様』って呼ばれて! 『専属担当を付けます! 専用の作業場を用意します! 素材は優先します!』って、もう、営業スマイルの暴力ですよ!? 圧が……圧が強すぎるんですぅぅぅ!!」


 私はお湯が入っていないお風呂の中でプルプル震える。するとシオンさんから深いため息が聞こえてきた。


「過剰な営業トラウマになっているな」

「トラウマです……。完全にお客様扱いされるって、こんなに怖いんですね……。私、もう庶民でいいです。庶民がいいです。普通がいいですぅ……」


 ギルドでのギラギラ笑顔攻撃は、脳裏に焼き付いて離れない。誰かが笑顔で近づいてくるだけで、背筋がぞわっとする自信がある。


「そんなに落ち込むな。話なら断っただろう。普通が良いって」

「……はい。シオンさんのおかげでなんとかなりました。お陰でマイナスだった寿命が戻ってきました」

「それは一度死んでないか?」


 そう、私は一度死んだ。そして、シオンさんに生き返らせてもらった。本当にありがたい、ありがたいシオン神。


「だが、本当に断っても良かったのか? 結構優遇して貰えたんだぞ? その方が沢山のクラフトが出来るんじゃないか?」


 商業ギルドから提案された条件は破格なものだった。それを利用すれば、クラフトに集中出来る環境が整うだろう。だけど、私がやりたいクラフトじゃない。


「確かに、ギルドの人たちが言ってくれた環境はすごく魅力的でした。広い作業場に、最高品質の素材。研究設備も完備で、好きなだけ物を作っていい。クラフト好きには夢みたいな話です」

「だが、夢のような話を蹴ったんだな」

「はい。だって……私が好きなのは、結果じゃなくて過程なんです」


 クラフトの事を思い、私はゆっくりと言葉を紡ぐ。


「素材を集めに行く時、どんな場所に生えてるか調べて、あっちの森かなって当たりをつけて……実際に見つけたときの嬉しさ。それを手に取って、重さや匂いを確かめて、『ああ、これはいい素材だ』って感じる瞬間。そういう小さな積み重ねが、私にとっては一番楽しいんです」


 見つけた時の嬉しさはそこでしか味わえない最高の媚薬だ。


「そして、その素材と相談するんです。どうやったら一番輝けるか。どんなアイテムになりたいのか。その答えを形にするのが、私のクラフトなんです。効率とか、利益とか、すごいアイテムを量産することじゃなくて……自分の手で作り上げる、あの瞬間が好きなんです」


 出来上がった時の達成感は他では絶対に味わえない。


「そして……それを誰かが手に取って、嬉しそうに笑ってくれたら、それだけで十分です。便利だねとか、助かったとか、可愛いとか。そんな言葉をもらえるなら、私はそれだけで満たされるんです」


 コミュ障だからまともに聞いたことはないけれど、それでも聞こえてきた時は舞い上がるほどに嬉しかった。


「……なるほどな。金や名誉より、作る喜びそのものを選んだわけだ」

「うぅ……変、ですか?」

「いや、悪くない。ヒナらしい考え方だ」


 優しい声が聞こえてきて、それだけで不安が消えていくようだ。だから、もう少し話したくなる。


「……やっぱり、私、クラフトが好きです。自分の手で作って、少しずつ形にしていくのが好きなんです」

「気持ちがしっかりとあるのは良いことだ。だが、クラフトをするためにも、ここにはいられないぞ。早く出てきなさい」

「うぅ、シオンさんの圧も強い……」


 だけど、体は自然と動き出し、ようやく蓋を開けて風呂から上がることが出来た。


「出てきて偉いぞ」


 すると、すぐに褒めてくれる。シオンさんが優しいせいで、思わず頼ってしまうほどに心を許している自分がいる。人とはあまり関わってこなかったから、その優しさが心地いい。


「それだけ、自分のやりたいことが分かっているなら、心配ないな。明日から、存分に楽しむといい。だが、その前に……」

「その前に?」


 何かやる事あったっけ? 不思議そうな顔をしていると、それを見ていた黒猫のシオンさんが笑いながら口を開く。


「買ってきた物を整理しないとな」

「あ……はい! それに、今日の夕食も作らないとですね」

「なんだ、また作ってくれるのか?」

「もちろんです! 料理もクラフト、大好きな作業です」

「なら、ヒナにお願いするとしよう」


 やることをやった後は、大好きな料理作り。ようやく復活した私は自分の事をやり始めた。

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