3.クラフトの予感!
シオンさんの屋敷はとても広かった。部屋は沢山あるし、庭もある。私が増えても全く問題がなかった。その中から気に入った部屋を選び、屋敷の探索は終わる。
「気に入った部屋が見つかって良かったよ」
「家具を入れてくれてありがとうございます」
「構わない。時期が来たら、自分で作った物と入れ替えればいい」
部屋が決まると、黒猫のシオンさんが魔法を使って必要な家具を搬入してくれた。ベッド、机、椅子、クローゼット、棚、などなど。魔法で一発だなんてカッコいい。
「それにしても、こんなに大きな屋敷なのに、シオンさん一人で住んでいるんですね」
「まぁ、国家魔術師に相応しい屋敷を押し付けられてな、仕方なく住んでいる。本当はこじんまりとした家が良かったんだけどな」
「他に人はいないんですか?」
「いないな。屋敷の掃除は魔法で一発だし、食事は適当でいいし。問題ない」
「……いえ、問題あります」
「むっ?」
今のシオンさんの言葉に聞き捨てならない言葉があった。
「食事は大切です!」
私は思わず力強く言っていた。シオンさんが少し驚いたように目を瞬かせる。
「お、おう……そうか?」
「はい! 食事って、体を作る大事なエネルギー源ですし、それに……!」
そこまで言って、私の中で一気にスイッチが入った。
「美味しいごはんを食べると、それだけで幸せになります! 朝に温かいスープがあれば、今日も頑張ろうって気持ちになりますし、夜に香ばしい焼きたてのパンがあったら、それだけで一日頑張ってよかったなって思えるんです!」
シオンさんは苦笑しながら、「なるほど」と頷く。
「どうやら君は食事に強いこだわりがあるようだな」
「こだわりというより……楽しみです!」
私は胸の前で手をぎゅっと握りしめた。
「料理って、すごいと思うんです。だって、素材を組み合わせて新しい味を作るんですよ? まるでクラフトみたいなんです!」
「クラフト……か」
「はいっ! 焼く温度を少し変えるだけで風味が変わったり、塩の種類を変えただけで全然違う味になったり……。そんな風に試行錯誤して、自分だけの作品が出来上がるんです」
語りながら、自分でも楽しくなってしまって、いつの間にか顔が緩んでいた。
「私は、料理も創造のひとつだと思ってます。美味しいを作るクラフトです」
「……なるほど。クラフターらしい発想だな」
シオンさんが少し感心したように笑う。
「そこまで言うなら、今夜の食事は君に任せてみようか」
「えっ!? わ、私がですか!?」
「もちろん無理にとは言わない。ただ、久しぶりに人の作った食事を食べてみたいと思ったんだ」
「……や、やります!」
気がつけば、口が勝手に返事をしていた。シオンさんのために作る初めてのごはん。初めて誰かのために作る料理だ。自然とやる気が漲っているのが分かる。
よーし、やるからには絶対に美味しいの作る!
「だが、残念なことにこの家には食料はない。干し肉、パン、果物くらいしかない」
「じゃあ、材料を買わないといけませんね」
「お金は支払おう。だが、その前に問題が……」
「問題ですか?」
首を傾げて考えるが思いつかない。すると、シオンさんが咳ばらいをして重苦しく口を開く。
「コミュ障のヒナが買い物が出来るかと言う事だ」
「あぁっっっっっっ!」
そうだ、私コミュ障だった! 黒猫のシオンさんと普通に喋っていたから忘れていたけれど、対面はダメなんだ!
私はがっくりと項垂れ、床に座り込んでしまった。
「その様子だと、気づいていなかったみたいだな」
「……はい。クラフトの事に夢中になって、自分の事をすっかり忘れていました」
「私が材料を買ってこようか?」
「いえ、それはダメです! クラフターと自称する私が素材を自分の目で選別出来ずに、真のクラフターとは言えません!」
そう、クラフターは素材から拘るものなのだ。自分の目で素材を見極めてこそ、良いアイテムが作れるという事だ。
「私……行きます。食材を買ってきます!」
「足が震えているぞ」
「こ、これは武者ぶるいです!」
そう、私が買って来なければ……買って来なければ……!
「仕方がない。私が補助をしてやろう」
「ほ、本当ですか!?」
「あぁ。ヒナが食材を見極めて、私が店主と交渉する。これでどうだ?」
「た、助かりますぅ! ありがとうございます、ありがとうございます!」
店主とのやり取りをシオンさんがやってくれるなら、私でも買い出しに行ける! 良かった……本当に良かった!
「では、町の案内をしつつ市場に行くか。玄関は向こうだ」
「はい!」
黒猫が歩き出すと、私はその後についていった。どんな食材に出会えるが、とても楽しみだ!
◇
「はぁっ、はぁー……はぁーー……」
「だ、大丈夫か?」
「だだ、だいじょ、だいじょうぶですぅ……」
「大丈夫には見えないが」
市場の通りに足を踏み入れた瞬間――目の前の光景に、私は圧倒された。
色とりどりの布で飾られた屋台がずらりと並び、どこからともなく焼きたてのパンの香りや香辛料の匂いが漂ってくる。果物を売る店では赤や黄色の果実が山のように積まれ、魚屋の前では氷の上に並べられた銀色の魚がきらきらと光っていた。
人、人、人。買い物客や商人たちの声が絶え間なく飛び交い、まるでお祭りみたいな賑わいだ。
「らっしゃい! 新鮮な肉だよー!」
「安いよ安いよ! 今朝獲れた野菜だ!」
「ちょっと奥さん、この香草どうだい? スープに入れたら香りが変わるよ!」
……うぅ、耳が痛い。人混みのエネルギーが強すぎて、私は完全に気圧されていた。
「だ、大丈夫か?」
腕の中で黒猫のシオンさんが心配そうに見上げる。
「ふ、ふへへ……人が……人が……」
そう言いながら、手がぷるぷる震えているのが自分でも分かる。
だめだ、あの店主の笑顔とか目線とか、怖い。声をかけられたら固まっちゃう。
「ヒナ、無理をするな。私が交渉は引き受けると言っただろう?」
「そ、そう、ですけど……あ、あの……し、視線が、いっぱいで……」
「ふむ」
シオンさんは短くうなずくと、私の頬に顔を摺り寄せた。何か違和感を覚えたと思ったらふわりとした温もりが伝わって、少しだけ呼吸が落ち着く。
「落ち着け。素材を観察するだけなら、誰とも話さなくていい。クラフターの目を使え」
「……観察……」
そうだ、クラフトの時みたいに。素材を見る時の感覚で、食材を見ればいい。私は深呼吸をして、周囲をゆっくり見回した。
太陽の光を浴びて輝くトマト。皮がぴんと張った玉ねぎ。香草の束から立ち上る、ほのかな緑の香り。
ひとつひとつが素材だ。クラフト素材。作品の原石。……そう思った瞬間、不思議と怖さが薄れていった。
「シオンさん、このトマト、良さそうです!」
「ほう?」
「表面がつやつやで、触った時に弾力があります! きっと甘いです!」
「では、それを買おう」
シオンさんが屋台の店主に声をかける。私が選んだ食材を伝えると、あっという間に交渉が終わった。
その間、私は別の素材を見つめていた。肉屋の前で上質そうな赤身肉を見つける。八百屋では色とりどりの野菜と香りの強いハーブ。パン屋では、焼きたての丸パンが湯気を上げている。
買った物はアイテムボックスに入れて、次々と買い物をしていった。
……ああ、楽しい。気づけば緊張よりもわくわくが勝っていた。
「ヒナ、嬉しそうだな。顔に出ている」
「えっ、そ、そうですか!?」
「いい目をしていた。君はそんな風に喜ぶんだな」
「うぅ……恥ずかしいです」
黒猫のシオンさんが尻尾を揺らして笑う。
「では、必要な食材は揃ったか?」
「はい! これで絶対に美味しいのが作れます!」
「ふむ……では帰るか。君の美味しいクラフトとやらを、楽しみにしている」
「はいっ!」
いっぱいの食材を買い、私は胸を高鳴らせた。
初めて作る、誰かのための料理。それがこんなにも心を弾ませるなんて、思ってもみなかった。
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