現実は、小説より奇なり 〜小説が書けないわたし〜

Algo Lighter アルゴライター

序章「筆を折る日の前夜」

 夜更けの書斎には、机の上に置かれた古びた万年筆と、白紙の原稿用紙が並んでいた。窓の外では、街灯の光が雨粒を照らし、静かに流れるように落ちていく。主人公――自称小説家の「私」は、その光景をぼんやりと眺めながら、手を動かすことができずにいた。


 数年前までは、物語を書くことが生きることそのものだった。登場人物の声を聞き、彼らの人生を紙の上に刻むことが、自分の存在理由だと信じて疑わなかった。だが、ある日を境に、その確信は揺らぎ始めた。


 SNSのタイムラインに流れてきた一つの投稿。

 ――「AIが小説を書いた。しかも、意外と面白い。」

 その言葉に、私は思わず指を止めた。リンクを辿ると、そこには「生成AI Chappy 」という新しい技術の名前があった。人間の問いかけに即座に答え、文章を紡ぎ出す人工知能。最初は半信半疑だった。だが、試しにいくつかの質問を投げかけてみると、返ってきた答えは驚くほど自然で、整っていた。


 「これはただの道具だ。人間の想像力には敵わない。」

 そう自分に言い聞かせた。けれど、心の奥底では、何かが崩れ始めているのを感じていた。


 その頃から、SNSやブログの世界はざわめきに包まれていた。

 「もう検索なんていらない」

 「ブログはオワコンだ」

 「AIがあれば文章は誰でも書ける」

 そんな言葉が飛び交い、拡散されていく。人々は熱狂と不安の狭間で揺れていた。


 私は画面を閉じ、机に向かう。だが、白紙の原稿用紙を前にすると、言葉が出てこない。頭の中に浮かぶ物語は、どれもAIがすでに語ってしまったような気がしてならなかった。


 「人間の物語は、もう必要とされないのか。」

 その問いが、夜ごと胸を締めつけた。


 雨音が強くなる。窓ガラスを叩くその音は、まるで時代の変化を告げる太鼓のようだった。私は万年筆を手に取るが、インクは乾きかけていた。まるで自分の創作意欲そのものが、静かに枯れていくのを象徴しているかのように。


 この夜を境に、私は自分の物語を「終わらせる」ことを決意する。

 まだ誰にも言っていない。だが、心の奥ではすでに答えが出ていた。


 ――これは、筆を折るまでの記録である。

 科学技術の進化に押し流され、言葉を失っていった一人の自称小説家の、静かな証言である。

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