第5話 未来と
国立の高校を卒業して大学も卒業し、何年も経った頃だった。
「個展開催おめでとう。」聞きなれた穏やかな口調の人物を見てみるとやはり高田先生だった。あの時から長い月日が経ったせいだろうか。すっかり先生の髪は白髪が多く目立ち、目じりのシワが増えているようだった。それでもあの頃と変わらない笑みを見るとなんだか懐かしい気持ちになった。「ありがとうございます高田先生。でも僕の個展ではないですよ。」と少し苦笑いをして自分の髪をいじった。実際、自分自身の行ったことは"画家"とは近いようで遠く離れたことだったからだ。しかし先生は僕の肩に手を置き、また更に柔らかい表情をしながら優しく諭すように話し始めた。「中山くん、これは君の"努力"という才能が編み出した結果だよ。君がこの素晴らしい作品たちのために企画を練り、責任者となってこれだけの大きな仕事を成功させたんだよ。」そのことを聞いた瞬間、言葉の一つ一つがやっと僕の心の奥底に深く、とても深く刺さったような気がした。そしてまたあの頃の情景が思い出された。午後4時半 リズム良く描き出された線、鉛筆をこすって黒くなった両手、油絵具の匂いが隙間風と一緒に流された空間。僕と先生の2人きりだったあの小さな教室。そして最終下校時刻のチャイムと同時に大きく開かれたドアと明るくよく響くあの声。
「優太ーおめでとう!」その声を聞いて突然涙が数滴こぼれ落ちた。振り返るとそこには明がいた。きっとあいつの事だ、僕を驚かせるために急に現れたのだろう。慌てている明を見ていると何故だかさらに泣くように笑ってしまった。まるであの時を思い出すように。
僕の絵は人生とはなり得なかったけど、僕の人生は画のようなものだったのだろうと、やっとあの頃の先生の思いに辿り着けたような気がした。
そしてまた僕は鉛筆を手に取る。夢は消えない。逃げない。生きている限りそれはずっと僕の中で存在し続けている。
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