彩覚

久藤涼花

第1話 僕と

午後4時半 絵の具や石灰の匂いが入り混じったこの部屋で、僕の1日はスタートする。鋭くとがったえんぴつは濃さを変えながら、少しずつ自分の絵に落とし込まれていく。そして絵に映り出されたものを見た時「これもまただめだ。」とぽつりと言葉がこぼれた。


「先生はなぜこの道を選んだんですか?」いきなりの質問でも美術部の顧問である高田たかだ先生は嫌な顔ひとつせず「そーですねー」と顎に手を当て少し歩きながら考えていた。美術部の生徒は合計で5人だ。僕を含め3年が2人、2年も2人、1年が1人。だけどその多くがほぼいないような感じでいわゆる幽霊部員なのだ。だから週2回のこの時間はだいたい僕と先生の二人きりになることが多い。そして今日もその日なのだ。先生はこもりきった空間で少し窓を開けながらさっきの返事の続きをした。「美術は選んだのではなく私の人生の1部だったので、どの道を選んだとしても必然的にあったと思いますよ。」朗らかな笑顔で話す先生を見て少し微妙な顔をしてしまった。難しかったと言うより見当違いの答えだったため、自分で聞いたのになんて返せば良いのか分からなくなっていた。そんな僕にまた先生は微笑みながら「きっといつかわかる時が来ますよ。それに君は努力家ですからね。どんな場面でも上手くやっていけますよ。」となんやら意味深な事を言ってきた。とりあえずの作り笑いをしながらまた黙々とデッサンの準備を始めた。

デッサンは実際にある物をより忠実にリアルに書くのが求められているが、僕はそれにおいて重要なのはその本質を見抜くことだと思っている。だから今目の前にある石膏像の形より、その作られた意図、表情、細かな作りなどの小さいことに注目してしまう。きっとこれは本物の天才なのだったら評価されていたのだろう。ただ、僕の場合は凡人なため、描き込みが足らない不十分な絵と判断されてしまう。そこが僕の"努力"の限界なのだろう。

最終下校時刻のチャイムと共に帰り支度を進めていたところに幼なじみのあきらが顔を出してきた。「優太ゆうたー早く帰ろうぜ。今日の塾の宿題まだ終わってないんだよ。ちゃっちゃと一緒に終わらせちゃおうぜ。」と歯をきらりと見せながら強引に僕の手を引っ張っていった。なんとも雑なやつ。高田先生は用事で抜けていたため、電気だけ消して教室を出ていった。

「てか聞いてよ優太ー」と僕の肩に寄りかかってこの不躾なやつが話してきた。「今日の練習完全に顧問の嫌がらせだわ。高校のスカウト断っただけであんな態度取られてたらもう部活辞めたいわ。まあもう終わるけど。」ヘラヘラした口調でいいながらもため息を連発している明をみると実際のところはかなり疲弊しているのだろうと悟った。こいつは中学二年生から今のバレー部に所属している。運動神経が良いって理由だけで何度もしつこく誘われたため断りきれなかったらしい。そんなこいつとは小学生の頃から仲が良く、気付いたら通ってる塾まで一緒になっていた。

「言っとくけど僕はもう宿題終わらせてるから。」とさっきの言葉に返すようニヤリとした顔みせると明は少し焦り気味の顔をして、僕の解答を求めてきた。

徒歩15分学校と塾とを結ぶこの道は僕と明の2人きり。大抵どうでも良い会話を交えながら、少し憂鬱な塾まで向かっている。そして今日はなんだかいつもよりも明の元気がなさそうだった。きっとさっきの部活のことなのだろうと思ってはいたものの、それとなく聞いてはみたがため息をつくばかりで、何を悩んでいるのかはさっぱり分からなかった。だけどこいつのことだ、きっと大したことでは無いのだろうと思い、また1歩ずつ足を進めた。

塾は週に3回通っている。明も同じだ。田舎なのもあってあまり大きくはなく、特段何か特別なことがあるわけでもなく、ただ近いという理由から僕らはここに行っている。最近何か変わった事と言えばクラス替えだ。この塾では3つのクラスに分かれており、テストの結果ではなく各々の希望でレベルを選ぶこととが出来る。僕らは1番上のクラス。3年生になったからか、去年までのメンバーの倍はいるような気がする。今までの空席が多く見えた教室はほぼ満席に近く、授業の進むスピードもかなり速まったように思える。授業のレベルも受験対策とされたものばかりで、以前より少し退屈なものばかりになってしまった。だが、そんな中でも僕はあまり勉強を不自由に思ったことがなかったので、今まで通り普通に過ごしていた。

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