剃りびと 蘭&護(6) 護の1日  護&女優 美咲真弓

押戸谷 瑠溥

第1話 護、美人女優の陰毛カットを頼まれる


 東京品川のソニーと目と鼻の先にあるそのシティホテルの一室には、BGMのカントリーミュージックだけが低く流れていた。


 ひと昔前は高台の静寂の中に取り残されたように佇んでいたこの高級ホテルも、駅周辺が再開発されて賑やかになるにつれてイメージを変え、以前と同じ建物ではあるが、今では夢物語の中から突如として大地に出現した不夜城のように、ゴージャスと言っていい雰囲気を感じさせるホテルに変貌している。


 その10階の1室。


 護は美咲真弓が消えた浴室のドアを眺めながら、ついさっきまでいた銀座のカフェで同じように時間を潰していた1人の女子のことを、考えていた。


 年齢は二十歳はたちくらい。


 美咲真弓の妖艶さに比べるべくもない、まだまるで子供だが、おそらく女子大生だろうその女子はしきりに携帯メールか何かを打っていた。


 それに被るように2、3ヶ月前のことを思い出した。


 蘭ちゃん、と待ち人が来て声を掛けられて顔を上げたとき、護と一瞬目と目が合っただけだが、なぜだかそれ以来強烈に印象に残る女子になっていた。


 そのとき声を掛けたのがゲイっぽい男で、確実に美容師だと思われたことも、なんでこんな男がこの女子と、と印象に残る理由になっていた。


 その時、浴室のドアが開き、美咲真弓がバスタオル1枚を胸に巻いて出て来た。


 真弓はソファーでコーヒーを飲んでいる護の前へ来て、躊躇なく胸に巻き付けていたものを落とした。


 30を2つか3つ過ぎたばかりの、以前1度大ブレイクして今は下り坂にかかった女優だが、さすがに売り物だけあって、細く締まった裸身は輝くようで美しい。


 その白い肌がほんのりと赤みを帯びているのがシャワーで温められたせいか、或いはホテルという密室の中で若い男の前に全裸で立っていることの羞恥心からきているのか、どちらとも護にはわからない。


 小顔は見た目にシャープで、鎖骨から肩のあたりは掴んだだけで壊れそうなほど繊細である。


 乳房は大きいというわけではなかったがほどよく実り、きゅっとくびれたウェストからなだらかに続いた腰部と、そしてその先の長い脚はカモシカの下肢のようにしなやかなラインを描いている。


 中でも鳩尾みぞおちから下腹部にかけてのなだらかな勾配の妙は、護の見てきた女たちの中でも群を抜いて美しい、というよりもいい女の色香を感じさせた。



 ・・・「あなたが能瀬、護さん」


 と、真弓が言ったのは、護が指定されたホテルのドアをノックした時だった。


 ドアの隙間からバスローブ姿で小さな顔を覗けた真弓が、護のTシャツとジーンズ姿に一瞬怪訝な表情を浮かべたのである。


 「はい。どうかされましたか」


 「話には伺っていましたが、あまりにもイケメンなので」


 芸能界の美しい男の子を見慣れた私でさえ、と彼女はその言葉を飲み込んで、ドアチェーンを外して、その内側に護を招じ入れたのだった。


 そしてソファーに案内したあと、ルームサービス用のワゴンの上でコーヒーを入れながら事情を説明した。


 「美容室の先生に今度ヌード写真集を撮ることになったと言ったら、あなたを紹介してくださったの」


 以前テレビの2時間ドラマにも主演していた女優さんだけに、小指を立ててコーヒーを入れる仕草ひとつをとって見ても、また顔を向けたあとから少し遅れてやってくる演出過剰気味の流し目視線を見ても、いつも見られている、或いは撮られているという被写体意識を十分に心得ている振る舞いだった。


 「ありがとうございます。じゃあさっそくかかりましょうか」


 護は差し出されたコーヒーカップを受け取って、立ったままひと口啜ってから、極めて事務的な口調で進めた。


 出来る限り感情を表に出さず、ビジネスライクに徹するのが護のやり方だった。


 「その前にシャワーを浴びてくるわ」

 真弓はそう言い残して、浴室へ消えたのだった。


 護は部屋の中に1人取り残されて、天井からかすかに流れるカントリーミュージックの陽気な音楽に気詰まり感を救われながら、肩かけバックから商売道具を取り出して、応接ガラステーブルの上に並べていった。


 ハサミ、櫛、使い捨てのT字型安全剃刀、ウェットティッシュ、化粧用コットン紙、シェービングクリーム、掌サイズの超小型充電式掃除機と同じく超小型ヘアドライヤー、そして小さな〈LED電球〉の照明器具が、その全てである。


 護が電話帳の職業欄にはないこの特殊な仕事をやり始めて、1年近く経つ。〈理美容器具〉販売会社の営業マンを5年やったあとの、今風に言えば華麗なる転身トラバーユである。


 〈理美容〉専門学校の理美容課程を卒業した護は、通常のコースである理美容院へは就職せず、業務用化粧品や〈理美容器具〉を卸す会社に就職した。


 その会社の得意先で、1年以上前から男女の関係になっていたアン美容室の経営者〈幸村早苗〉と寝た時、面白半分に彼女の陰毛をカットしたのが始まりだった。


 その夜、早苗の下半身を愛撫していた護は、彼女のアンダーヘアを好きな形にカットしてみたいという衝動に、突如として駆られた。


 それは女の陰毛を剃るというS的好奇心からではなく、純粋に形を整えてみたいという美的探求心からだった。


 護は舌先で早苗の閉じた花びらを丹念になぞりながら、薄いヘアに指を伸ばして、


 「先生。オマンコのここの部分の毛をカットすると、きれいになりますよ」


 「アアン。エッチね。むだ毛の手入れはしているつもりだけど」


 「そうじゃないんですけれど、先生のここのヘアって逆三角形じゃないですか。薄くてしっとりとしたいい毛並みだけど、ここの底辺部分をカットして縦長の五角形にすると、見栄えがうんとよくなると思うんです」


 「いいかもね。でも誰に見せるの?今のところは護クン以外にいないのよ」


 「先生も誰かに見せたくなって、もっと積極的になるかも」


 「バカね。でも護クンに出来るの?」


 「これでも〈理美容科〉を出て、一応基本的なカットくらいはマスターしていますからね。先生、ハサミ、持っていましたよね」


 「ええ。あるわよ」


 早苗は裸でベッドをおりて、テーブルの上のバックから携帯ケースに入れたハサミを取りだした。


 先が丸味を帯びた細身の、上等なハサミである。


 「じゃあ、そこへ腰掛けてください」

 護はベッドの端に早苗を浅く座らせて、その前に跪いて、彼女の脚を開いた。


 若い頃1度短い結婚生活を経験したらしいが、子供を産んでいないせいか、35歳という体をそのまま10歳若返らせて20代中頃と言っても、通るような体型だった。


 無駄な贅肉も一切なく、二十歳はたちの肌に幾分か艶っぽいものが出ている程度で、小陰唇も貝の口のように閉じたままだった。その早苗のアンダーヘアをカットした。


 それから少し経って、早苗から電話があった。


 早苗の店の客のソープランド嬢のアンダーヘアを整えて欲しいという依頼だった。


 次に驚いたことに主婦が、

 それからキャバクラのおねえちゃんからも頼まれて、


 彼女たちの友人から友人の紹介で忙しくなり、〈理美容器具〉卸会社を辞めてこれが新規事業というのなら、新商売を立ち上げたのだった。


 護はすぐに練馬の安アパートを出て、都心のワンルームマンションへ引っ越した。

 月収が一気に3倍になったのである。


 おまけに携帯電話1つで済むので店舗を構える必要もなく、頼む方も領収証を、などとは口が裂けても言えないような女か、女優業のように秘密にしたい人たちばかりで申告不要とあって、将来的な年金や現実的な社会保障の面では不安になることもあるが、割のいいことこの上もない仕事だった。


 [第2話へ続く]

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