不死身と魔法使い

 おれの中の一番古い記憶は、それまでいなかった異形の怪物が現れた日のことだ。


 それから、都市が崩壊し、国が崩壊し、文明が崩壊した。その間に親兄弟は死んだと思う。


 人類がどうにか異形の怪物と戦い、復興しようとした辺りから、森の中でひっそりと生きている。今、世界がどう変化しているのか想像もつかない。


 ただ、言えることは一つ。世界がどう変わろうと、おれは死ぬことが出来ないだろうということだ。


 異形の怪物達の出現と共に人々も魔法やイノウといったよく分からない力を持つようになった。おれも例に漏れず、知らぬ間にイノウを獲得していた。


 その内容は、不死身。歳を取らない。傷は直ぐに塞がる。首を切られても胴体に近づければ元通り治る。


 これだけ聞くと、なんか凄いイノウじゃね、と感じるだろう。しかし、その感想を覆す程の欠点がある。


 まず、凄く痛い。痛みに慣れるなんてことはない。いつだろうとその時が一番痛い。


 次に、毒などが普通に効く。高熱、頭痛、めまい、嘔吐、腹痛、全身の穴という穴からの出血。死ぬことが出来ないためにこの苦しみがかなり長く続く。


 最後に、おれがとても弱い。森の中での生活が長いため、平均的な人類より身体能力が高い自信はある。ただ、件の怪物達には何一つ通用しない。

 不死身以外戦闘に活かせるものが何も無い。肉を切らせて骨を断つような不死身特有の格好良い立ち回りなど出来ようはずもない。


 この様に、おれのイノウは利点を遥かに上回る欠点だらけ、最低最悪な力だ。


「あー、どこの誰でもいいから痛くないように殺してくれないかなー」


 叶うはずもない理想を呟きながら食べ物を探していた最中だ。


 音もなく現れた黒く巨大な蛇の怪物に抵抗する暇もなく巻き付かれた。その後、とてつもない力で締め上げられる。

 バキッやらボキッといった音と共に全身に激痛が走る。あまりの痛みで息が出来ない。苦しい。


「カヒュッ」


 更に締め上げられ口から変な音が漏れた。


 一瞬、締め上げる力が緩むと、おれは重力に引き寄せられ地面に激突した。顔からいってしまいとても痛い。

 涙と鼻水が止まらない。いや、この味は鼻血だな。もうお婿に行けそうにない。


 蛇はピクリとも動かないおれにトドメとばかりに一度噛み付く。恐らくこれで毒が注入されたと思う。


「ふがふ!!ふがふがふがふがふがふ、ふがふがふが(訳:すごい!!地面に伏せているのに、めまいがする!!)」


 今回は期待出来そうだ。


 蛇に飲み込まれていようと、意外にも冷静だ。むしろ胸が高鳴る。


 ……嫌だな。死ぬのにテンション高いの。あと、正気を保ったまま最後まで苦しみぬいて死ぬなんて……。



***


 恐らく数日経った。結論から言うと、おれは今回も死に損ねた。


 骨折が治るまで、毒が抜けるまで、それはそれは苦しんだ。それと同時に、「これが終われば」という希望があった。


 しかし、骨折はあっという間に治り、毒も数日あれば抜けてしまう。苦しみが薄れていく中悟った。今回もダメだったんだ、と。


 今は消化液が申し訳程度に身体を溶かしているが、おれの力が上回っているらしい。一向に死ぬ気配がない。


 さて、困った。蛇も動かなくなってしまった。消化に専念しているのだろう。このままでは一生身動きが取れない暗所で過ごすことになってしまう。


「……それはちょっと趣味じゃないなあ」


 丁度空腹だったこともあり、おれは蛇の内側から肉に食い付いた。途端に蛇が暴れ始めたのか、身体がグワングワンと揺らされる。


「落ち着けよ。酔っちゃうだろうが?!」


 更に大きく口を開け力強く食らいつく。正直、味は食べ物とかいうレベルではない。とても不味い。この目玉がない怪物達は、共通してとても不味い。


 そもそも、体液が彩度の高い緑色で肉も寒色。見た目から食欲が失せる。だが、この辺りに生き物は、この怪物達しかいない。だから、仕方なく食う。


 口の中の肉を飲み下し、もう一度、としていると揺れる以外に強い衝撃に全身襲われる。その度、骨が折れたり折れなかったりするが、直ぐさま修復される。


 そうやって地味な攻防を繰り広げていると、やがてふわっと内蔵が持ち上がる感覚と下からの強い衝撃を最後に蛇は動かなくなった。絶命したらしい。


 だが、それでもおれは食らい続ける。

 この怪物達の死体は放置しておけば、徐々に黒い粒子となって消えていくが、その速度は常に一定だ。この蛇の巨体ともなれば相当な時間を要する。


 そんなら悠長に構えてはいられない。頭がおかしくなる。


 そして、腹十二部目といった辺り薄っすらと光が見えた。ここまで来れば後は——、


 全力で頭を押し上げ蛇の体を突き破った瞬間、おれは自身の胴体を見ていた。そして、地面に落ちた。


 ここに来て首チョンパ?嘘ぉ。でもこれで死……なないな。


 一旦、それらしく半目でいたものの、その時は来ない。


 おれを殺した(殺していません)犯人は服装からして女性。動きづらそうなローブからは、かなり昔に見た魔法使いの香りを感じる。雰囲気から察するに少女かな。


 何もせずにぼーっと眺めていると、犯人はその場にぺたんとへたり込む。犯人は、綺麗な顔立ちと肩まであるブルーシールバーの髪が印象的な十五程の少女だった。


「わたしは……なんてことを……」


 どうしよう。おれが趣味で死人っぽい表情をしたせいで彼女、絶対に勘違いしている。大粒の涙と鼻水まで垂らし始めた。


「……本当に最低な人生」


 絶対これから自害する人の台詞だ。不味い。「死んでないよ」と明るく言ってあげたい。だが、いくら不死身とは言え肺からの呼気なしに発声は出来ない。

 うーん、ピンチ!!


 どうにか気づいて貰えないかと強く視線を送ったり高速で瞬きしたりしていると、不意に涙を拭った少女と目が合った。


「——ッ?!」


 気づいてもらえたのはいいが、今度はとても気まずい。よく考えれば数十、数百年ぶりの人との対面だ。一言目を考えていなかった。


 そんな余計なことを考えている最中、あることを思い出す。斬首されようがおれの胴体は動くということに。


 昔、処刑された時、首を抱えて走って逃げたことがあった。少女を待たずとも自分で首を戻せば良かったのだ。


 女の子を勘違いさせ泣かせてしまい、少々手遅れな気もするが、頭を拾うように体を動かすが、中々上手く見つからない。


 そうこうしていると、尻もちを着いていた少女がおれの頭を拾い上げ手渡してくれた。目と鼻が赤くなっても愛らしいとは、なかなか恵まれた容姿だ。


 頭を受け取り一礼するが、そう言えば首がなかったのだった。伝わればいいが。


 頭が手元にさえあれば、あとは慣れたものだ。頭を首の付け根へ持っていけば、勝手に修復される。


 ……頭を自動で引き寄せてくれない辺りが痒い所に手が届かない、という感じだ。


 首を回したり傾げたりしてみても取れてどこかへ転がっていくこともしない。


「あー、びっくりしたし、痛かったー」


 それに怖かったし、気まずかった。


 しまったと思った。久しぶりに会う人、しかも美少女相手だ。一言目はとびきり格好良くキメようと考えていたのに……。


 仕方ない。気を取り直そう。

 顔に付いた蛇の体液を拭い、口を開く。


「えっと、それでなんでおれは殺された訳?」


 こんの、コミュ障が?!


 一言目に「えっと……」って言うと「あ、この人女性慣れしてないんだな」って思われると、神代の頃より言われているだろうが?!(言われてない)


 あー、終わったー。おれの華々しい人間界デビューが……。



***


 青年は雰囲気から察するに、あまり怒っている様子ではない。代わりに、酷く落ち込んでいるようだ。


「あの、その災いの中からまた別の災いが出てきたのかと思って……。確認せず攻撃してすみませんでした」


 どういう理屈で生きているかは分からない。だが、わたしが彼を一度攻撃したことは事実だ。誠心誠意謝ろう。深々と頭を下げる。


「ああ、そういう事情だったのね。いいよ別に」


 聞こえてきた返事で自分の耳を疑った。あれを「いいよ」の一言で済ましてしまう人間が果たしているのか。


「ちょっと期待したけど、やっぱりダメだったみたいだし」


 期待?何を?ますます訳が分からなくなる。


「わたし、魔法使いのエアルと言います。あなたは?」


 わたしの問いに彼はしばらく考えると、「あっ」と思い出したかのように答える。


「エテルノだよ。あと、敬語はいらない」


 ここまでの会話で相手に知性があると分かる。そして、災いや犯罪者のような危険な存在ではなさそうだ。


「エアル、さっき言っていた災いってあの蛇のことかな?」


「う、うん、そうだけど……」


 注意深く様子を観察していたため、返事が出遅れた。しかし、妙だ。今の時代に災いを知らない人間はいるはずない。


 彼への興味が一層強まる。これは探検家の性というやつだ。


「聞いてもいい?」


「何を?」


 悪い癖だと分かっているが、どうしても聞かずにはいられない。一応のため、直ぐ逃走出来る用意をしておく。


「わたしは確かにあなたの首を断った。感触もあった。どうして死んでいないの?」


 しばらくの沈黙。たった数秒をここまでヒヤリと感じた経験が、短い人生の中でどれ程あっただろうか。


「今の時代でもイノウと言うのかな?」


 そう前置きして、エテルノは語り始める。


「俺のイノウは簡単に言えば不死身。何が起ころうとおれは死なない。端的で悪いが、それが理由かな」


 不死身。初めて聞くイノウだ。そして、恐ろしく強力だと確信する。持つ者によってはきっととても厄介で、世界の危機となっただろう。


 しかし、それよりも聞きたいことがあった。


「それじゃあ、ずっと一人、ここで?」


「初めは人と暮らしていたさ。まあ、でも長い間一人ではあるか?」


 エテルノは平然とした態度だが、わたしはその答えがとても寂しく感じた。


 パーティには入れてもらえないし、ぼっちと馬鹿にされるが、他の探検家と馬鹿騒ぎをして、興味の赴くままに行きたい所へ行く。そんな生活がわたしには当たり前だからかもしれない。


 何故だか分からないが、彼をここから連れ出さないと、と思った。思った瞬間には尋ねていた。


「やりたいこととかないの?」


「うーん、強いて言えば……痛くも苦しくもない方法で死にたい。暗くてごめん」


 内容の暗さと真逆な明るい表情で言われるといっそ清々しく感じる。


「なら、わたしとここを出よう!!」


「え?」


「死ねないってことは、何か未練があるんじゃない?」


 死んだ人間は何か未練があると、成仏出来ず現世に留まるとよく聞く。(エテルノは幽霊ではありません)


 未練を見つけて晴らせれば、彼も成仏できるかもしれない。(エテルノは死んでいません)


 そして、わたしもパーティを組めて脱ぼっち。どちらにも利がある我ながら素晴らしい提案に思えた。


「わたしと一緒に未練を探さない?」


 いつか見た物語の主人公のようにエテルノへ手を差し伸べる。彼は少し迷った後、わたしの手を取った。


「まあ、よろしく?」


「うん、よろしく!!」


 こうして、わたし達の未練探しという一風変わった冒険が始まった。

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