未練探しの冒険が知らぬ間に世界を震撼させていた

薊野きい

魔法使いと不死身

 目の前の存在に気づかれないよう、草むらの中に身を潜める。


 探検家ギルドからの依頼は、ただの環境調査だった。この辺りで未知の災いカラミティの目撃情報があったらしい。


 約十メートル先にいるのは、黒い鱗がぬらぬらと不気味に輝く巨大な蛇型の災い、ヴェノムサーペント。


 確かに、この辺りで目撃されたことがない災いだが、未知という訳ではない。大方腕試しの新人が報告したのだろう。


 さて、ヴェノムサーペント以外特に異常はなかった。そう報告すれば、わたしの仕事は終わる。だが、今アレを放置してしまうと多くの新人が命を落としてしまうかもしれない。


 でもなあ……。今、無策に突っ込めば間違いなくアレの毒を食らって呆気なく——、なんてことになりかねない。


 わたしの良心と生への執着が戦っている最中、唐突に状況が動いた。


 それまで、休んでいたのかとぐろを巻いていたヴェノムサーペントが鎌首をもたげた。かと思えば、苦しそうに畝り、地面が揺れる程の勢いで近くの木に身体を打ち付け始めた。


「え、嘘っ……バレ……た訳じゃない?」


 わたしの存在に気づいたにしては、様子が変だ。直ぐにその場から離脱できるように準備しつつ、観察を続ける。


 徐々にヴェノムサーペントの動きは弱くなっていく。最後に頭が抵抗無く地面に落ち、低い音が周囲に響いた。


 災いの特徴であるぽっかりと穴が空いた眼窩とそこに灯る赤い光。その光は既に消えており、その災いが死んだことを意味していた。


「……なんだったの一体」


 数秒経っても再び動き出す気配は無い。一応周囲に警戒しつつ死体に近づく。

 特に目立った外傷はない。強いて言えば、直前に何かを食べたのか、胴が異様に膨れている部分があった。


「まさか、食中りで死んだ?」


 そんな訳ないか。


 自分の発言を心の中でツッコんだ瞬間、その膨れた部分がモゾモゾと動き始めた。慌ててその場から数歩飛び退き、腰に差してあるナイフを抜く。


 一体何が出てくる?相手はヴェノムサーペントを殺した奴だ。

 ヴェノムサーペントは、蛇より竜に近いと言われる強力な災いだ。それをこんな風に殺してしまう存在。


 考えれば考える程、全身の毛穴から汗が吹き出すような感覚に襲われる。じっとりと手が汗で濡れる。


 モゾモゾという動きが大きくなるに従って、肉を貪るような音が聞こえ始め、何かがもう直ぐ出てくることが伺えた。


 大丈夫。落ち着け。出てきた瞬間に首を断つ。それだけ考えよう。


 恐怖を抑え込むため、フッと軽く息を吐く。


 それと同時に人型の影が、災いの死体を食い破り、彩度の高い緑色の液体と共に飛び出した。


 相手が飛び出してくるまでの数分か数十秒。その間に何度も頭の中で繰り返した動きを実行する。


 腕と体幹と脚に筋力強化の魔法、ナイフに風の刃の魔法を纏い切れ味を上げると共にリーチを伸ばし、確実に首を刈り取った。

 拍子抜けする程あっさりと相手の頭が地面に落ちる。


 とても嫌な予感がした。慌てて視線を生首へと向ける。緑色の液体で濡れて分かりづらいが、半開きになった瞼の向こうにちゃんと目玉があった。——つまり、この死体は災いのものではない。


 目の前が真っ暗になる。流れる血の温度が一種で下がっていくような感覚。足元の地面が崩れていくようで、立っていられずその場にへたり込む。


 どうやら、わたしは人を殺してしまったらしい。


 死体へ目を向ける。白髪が混じり灰色に見えるボサボサの長めの髪。角ばった輪郭だから恐らく性別は男だろうか。


「わたしは……なんてことを……」


 目と鼻がじんわり熱く、視界が揺れる。胃の中の物が込み上げてくる。気持ち悪い。


 これまで、ぼっち魔法使いだとか、才能の無駄遣いだとか色々言われてきた。そして、今日から人殺しも追加だ。


「……本当に最低な人生」


 止まらない涙を拭うと、視界がはっきりとする。すると、目の前で横たわる生首と目が合った。いや、比喩ではなく本当に。現に今も普通に瞬きをしている。とても気まずそうな表情だ。


「——ッ?!」


 驚きと恐怖でヒッとかヒュッとかいうよく分からない声が出た。


「え、嘘生きて……」


 わたしが生首に寄ろうとすると、今度は首のない身体動き出す。これにも驚き、四つ這いから勢いよく尻もちを着いてしまった。


 数秒、様子を伺っていると、身体はどうやら無くなった頭を探しているらしかった。だから、恐る恐るヌメヌメした頭を持ち上げ手渡してみた。


 頭が無い身体は「あ、どうも」と言わんばかりに上半身を前に倒した後、首の付け根へ頭を持っていく。すると、らしき黒い粒子が首の付け根と頭の両方から溢れ出て、気がつくと傷痕無く綺麗にくっついていた。



***


 正確な年代は分かっていない。この世界にと呼ばれる別世界へ通じるとされる空間の歪みが現れた。


 そして、渦の向こうから異形の怪物、災いカラミティととある物質マナが湧き出した。


 マナはこの世界に大きな恩恵を与えた。一つは、マナそのものをエネルギーとして用いる魔術や魔法。

 もう一つは、一定以上のマナを浴びた者が獲得するイノウだ。


***



「あー、びっくりしたし痛かったー」


 声は男性のもので、どうやらわたしの予想は当たっていたらしい。


「えっと、それでなんでおれは殺され訳?」


 彩度の高い緑色で全身を濡らした青年が尋ねてきた。

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2025年12月24日 17:34

未練探しの冒険が知らぬ間に世界を震撼させていた 薊野きい @Gokochi_Shigure

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