第二十話 氷の下の炎

テキトーに2秒くらいで考えたあとがきの煽りのせいで、読者の中でのステイシスフレアちゃんのキャラがえらいことに……

―――――――――――――――――――――


 無機質な白壁に囲まれた広大な演習場で、魔法少女たちの魔法が乱舞する。


「――よい連携です。ですが、強度が足りない」


 氷点下の声と共に、ステイシスフレア――藤堂とうどう 早希さきの細剣が閃いた。


「うそっ!?」


 眼前に迫っていた三人の魔法少女たちによる魔法は一瞬で切り裂かれ、空中に燐光となって散っていく。


「魔法を、剣で斬った?」

「つ、強すぎる……」


 目を見開き、足を止める魔法少女たち。

 だが、相対する青の魔法少女は、そんな「緩み」を許すほどに甘くはなかった。


「では次は、こちらから」


 魔法を切り伏せた勢いをそのままに、棒立ちになった魔法少女たちに迫っていく。


「しょ、障壁を!」


 リーダーの魔法少女が叫ぶが、それでも早希は止まらない。


「――悪手ですね」


 勢いを殺すどころか、さらに加速した早希は一瞬のうちに魔法少女たちの懐に潜り、氷で作られたサーベルを振るう。


「ぐぅっ……!」


 それだけで魔法少女たちが展開した防御障壁は薄氷のように砕かれ、彼女たちはまとめて壁際まで吹き飛ばされた。


「ここまで、としましょうか」


 それを当然のことのように受け止めながら、試合終了を宣言する。


「う、うぅ……。手も足も出なかった……」


 倒れた魔法少女たちの一人がそうこぼすが、彼女たちも決して弱くはない。


 魔法省が「有望」と判断した期待の新人たちであり、Bランク相当の実力者たちだ。

 だが、日本における最高峰――Sランクの魔法少女であるステイシスフレアの前では、赤子も同然だった。


「連携して面で制圧する戦術は見事でしたが、タイミングを合わせることに注力しすぎて強度が犠牲になりましたね。それに、魔法攻撃を切り払う相手に、個別に障壁を張って対抗するのは下策です」


 早希は細剣を納めながら、冷徹に告げる。


 そこには、呼吸の乱れ一つない。

 その圧倒的な実力と美貌に、倒れていた後輩たちは悔しさをにじませながらも、憧憬の眼差しを向けた。


「ありがとうございます! 悔しいですけど、やっぱりSランクの方は次元が違いますね!」

「あ、あの! 実は前からステイシスフレアさんのファンで! し、指導してもらって、光栄です!」


 後輩たちが、目を輝かせて駆け寄ってくる。

 早希は「仕事ですから」と短く返すが、ファンを名乗った少女は食い下がるように問いかけた。


「でも、指導官は激務だって聞きます。どうして貴重な時間を割いてまで、私たちのような一般隊員を鍛えてくださるんですか?」


 その問いに、早希はふと視線を落とし、淡々と、しかし確かな熱を込めて答える。


「……人々を守るのは、貴女たち魔法少女です。ですが、戦う貴女たち自身のことは、誰が守るのですか?」

「え?」

「運や偶然に頼らずに、魔法少女たちが確実に生きて帰れるようにすること。それが私の役目であり、願いですから」


 真摯なその言葉に、後輩の魔法少女たちの尊敬のまなざしが集中する。

 どこか温かい空気が広がる中で、後輩の一人が、ハッとした顔で手を打った。


「分かります! その考え方、なんだか『カレナ様』に似てますよね!」


 その、瞬間。

 早希の纏う空気が、変わった。


「……カレナ、様?」

「はい! マスカレードナイト仮面様です! あの方も、私たちのピンチをいつも助けてくれて……。あ、それに、あの人も剣を使ってますよね! 戦い方もふくめて、なんだかステイシスフレアさんそっくりだなって……」


 無邪気な言葉だった。

 おそらく本人としては、敬愛する先輩魔法少女と、好ましく思っている外部協力者の共通点を見つけて、それを素直に口にしただけなのだろう。


 しかし、



「――それは、不愉快ですね」



 その言葉は、早希にとって到底看過出来るものではなかった。

 静かな怒りをはらんだ一言が、場の空気を凍りつかせる。


「あ、えっ……?」

「今日は、解散にします。では、以後も研鑽に励むように」


 早希はそれ以上何も言わず、表情一つ変えないまま、きびすを返して演習場を後にした。



 ※ ※ ※



 廊下を早足で歩きながら、早希は自分に言い聞かせる。


(……落ち着き、ましょう)


 左手の甲を、自分が受け継いだ「魔法少女の証」を眺めて気を静めると、早希は自分の怒りを吐き出すように、大きく息をする。


 自分が、自分たちがどうやって今の戦闘スタイルを作り上げたのかも、自分がこの戦い方にどれほどの思い入れを持っているのかも、あの後輩の魔法少女は知らない。


 そして、純粋なレイピアと氷で作ったサーベルという差異はあれど、どちらも魔法で生み出した武器であるところも、現実的にはありえないほど細い武器であることも、共通している。

 だから、「似ている」という指摘自体は的外れではない。


 ……であれば、たとえ大事な人と磨き上げた戦闘スタイルが、寝ぼけた時の方が剣速が三倍になるような適当人間に似ていると言われたとしても、甘んじて受け入れるべきなのだ。


(それに……)


 本当は、分かってはいるのだ。

 現場の魔法少女たちにとって、マスカレードナイト仮面が「希望の星」であることは。


 けれど、だからこそ危ういと、早希は思う。



(――彼の強さは、魔法少女にとっての「毒」だ)



 上手く回っているうちはいい。


 でも、もし彼が来なかったら?

 あるいは、彼がどこかの戦場で命を落としてしまったら?


 その時に支払われる代償は、彼女たちの命なのだ。


 たった一人の人間に、多数の命を預けることの危険性が、自分にだけは見えている。


 だからこそ、



(――私だけは絶対に、あの男に心を許したりしない!)



 そんな風に、自分の決意を確認している時だった。


「あ、あの! ステイシスフレア様!」


 思考に沈んでいた早希の背中に、緊張したような声がかかった。

 振り返ると、先ほどの訓練に参加していた魔法少女の一人が、息を切らして追いかけてきていた。


「何でしょうか。質問があるのなら……」

「いえ、その! さっきの子が無礼なことを言ってすみません! あんな変な仮面と一緒にしちゃうなんて、ほんっとに信じられないっていうか……」


 少女は早希の顔色をうかがいながら、早口でまくしたてる。


「わたし、ステイシスフレアさんの気持ち、分かります! あいつ、ムカつきますよね! なんかいつも変な台詞ばっか言ってすべってますし、最後にだけ現れて、美味しいとこだけ持っていって!」


 早希が黙ったまま話を聞いていることに勇気を得たように、後輩魔法少女はトーンをあげて話を続ける。


「最強だーなんて言う人もいますけど、絶対ウソだと思うんです! だって、あいつの功績ってぜーんぶ、ほかの魔法少女が戦って弱らせた魔物を横から不意打ちしてるだけじゃないですか! そのくらいならわたしだって出来るし、絶対絶対、ステイシスフレアさんの方が……」


 興奮した様子でまくしたてる彼女を、しかし、早希は冷ややかな瞳で見下ろして、



「――七体、です」



 彼女の話を、短い言葉でさえぎった。

 その声の思わぬ冷たいトーンに、少女の声色が乱れる。


「え? ななたい、って何が……」

「彼が、今年倒したS級モンスターの数ですよ」


 吐き出された事実に、後輩少女の顔が可哀そうなくらいに強張る。


「そのほとんどが『Bランク以下の魔法少女の魔法では傷一つつかない』とされる魔物ばかりです。貴女はそれでも本当に、彼の功績は全て偶然だと、単なる漁夫の利であると主張しますか?」

「それは……。そ、その……」


 涙目になってうろたえる後輩の魔法少女に、早希はそれでも言葉を続ける。


「私の力を買ってくれることには感謝します。ですが、先の言葉はマスカレードナイト仮面だけではなく、必死で戦った魔法少女をも貶めるものです。……訂正、してくれますね」


 反論を許さない理論で固められた言葉に、後輩の少女は抗う術を持たなかった。


「す、すみませんでしたっ!」


 泣きそうな顔でそう口早に言うと、そのまま廊下の反対側へと走り去ってしまった。

 廊下に一人残された早希は、深く、重いため息をつく。


(……また、やってしまいました、ね)


 間違ったことを言ったつもりはない。

 だが、おそらく彼女は〈ステイシスフレア〉のファンとして、ただ自分に寄り添おうとしてくれただけなのだ。


 そんな相手に正論を叩きつけ、こうやって追い返す必要があったのだろうか。

 つくづく、自分の融通の利かなさが嫌になる。


「……だから、あんなあだ名がつくのでしょうね」


 自嘲気味に、そう吐き捨てる。



 ――血の通わない〈氷の女王〉。



 陰で、自分がそう呼ばれていることは知っていた。

 それでもほかの道を選べない自分は、きっと何かが足りない人間なのだろう。


「……帰りましょう」


 誰にともなくつぶやいて、早希は歩き出す。


 それでも、自分を曲げるつもりはなかった。

 たとえ、どんなに周囲にうとまれようと、構わない。


 だって、自分には絶対的な味方が……。

 どんなことだって話して、素直な気持ちを打ち明けられる、世界で一番の相談相手が、いるのだから。



 ※ ※ ※



 市街地にあるマンションの一室。

 そこが早希の自宅で、早希が唯一、心から安らげる場所だった。


「――ただいまぁ」


 鍵を開け、扉を開く。

 中に入ると同時に感じる暖かな空気と夕飯のほっとする匂いに、思わず表情が緩んだ。


「おかえりなさい、早希ちゃん」


 靴を脱いだ彼女を出迎えるように、リビングの奥からエプロン姿の女性が姿を現した。

 早希とよく似た顔立ちだが、その雰囲気は春の日差しのように柔らかく、穏やかだ。


「今日は遅かったから心配しちゃった。バイト先で何かあったの?」

「ううん、大丈夫だよ。ただちょっと、手のかかる後輩が多かっただけ」


 先ほどまでの氷のような表情が嘘のように、早希の声も自然と甘えたようになる。


 ――藤堂とうどう 優香ゆうか


 早希の姉であり、親を失った彼女の唯一の肉親。

 彼女の前でだけは早希も「氷の魔法少女」の仮面を脱ぎ捨て、ただの少女に戻ることが出来た。


 そんな自然な笑顔を見て、安心したのだろう。


「よかった。今日は久しぶりに、お菓子も焼いてみたの。夕飯前に、ちょっとだけ、どう?」


 クスクスと笑いながら悪戯っぽくそう口にする優香は、どこからどう見ても、幸せな生活を送る普通の女性にしか見えない。

 優しくて、温かくて、なんだって出来る、自慢の姉。


 ……けれど、早希は知っている。


 彼女の心に刻まれた見えない傷跡が、未だに彼女を縛り続けていることを。


(マスカレードナイト仮面。貴方がどれだけ活躍しようと、私は、私だけは絶対に貴方を認めない)


 かつて、藤堂 優香は将来を嘱望された魔法少女だった。

 だがある日の戦闘で瀕死の重傷を負ってしまい、奇跡的に傷は癒えたものの、その時の恐怖によって心を壊され、二度と戦うことが出来なくなってしまったのだ。


(そのことで、誰かを恨むのは違うって分かってる。分かってるけど、割り切れなかった。だって……)


 その事件が起こったのは、奇しくも魔法少女の歴史の転換点……。



 ――〈マスカレードナイト仮面〉を名乗る男が表舞台に登場する、ほんの数日前だったのだから。



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ステイシスフレアに悲しき過去!!

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