第2話

俺を捕縛しようとした兵士は、一瞬の隙をついて俺の懐に飛び込もうとした。だが、異世界の身体になったからか、俺の反射神経は異常なまでに鋭くなっていた。

「待て!俺は敵じゃない!」

咄嗟に叫んだ俺の言葉が、なぜか彼の言語で通じたことに驚く。兵士は眉をひそめ、剣の切っ先を俺の喉元に突きつけた。

「敵ではないだと?不審な方法で侵入しておいて、何を戯言を」

そこに、美しい銀髪の少女が近寄ってきた。彼女は豪華なドレスを身に纏い、その姿は高貴そのものだ。

「アルバス、その者は私が責任をもって預かろう。危害を加える者ではない」

少女の言葉に、兵士は不満そうな表情を見せながらも剣を引いた。少女は俺の顔をまじまじと見つめ、興味深そうな瞳を向ける。

「あなた、一体どこから来たの?見たことのない衣装だわ」

俺は、自分が日本の学生であることを正直に話した。まさか信じてもらえるわけがない、そう思っていた。だが、少女は驚くどころか、目を輝かせた。

「やはり……!伝説に謳われる『異邦人』ね。古代の書物には、遠い世界から魔法の力を持つ者が、エルグ王国に召喚されると記されているわ」

少女は名を『エメリア』と名乗った。エルグ王国の第一王女だという。彼女は俺の事情を理解し、王国で保護してくれることになった。

しかし、平和な日々は長く続かなかった。

数日後、エルグ王国の国境付近で、隣国との間で争いが勃発。エルグ王国は劣勢に立たされていた。エメリア王女は、俺に協力を求めてきた。

「異邦人よ。あなたが持つという『魔法の力』で、この危機を救ってほしいのです」

魔法の力?そんなもの、俺にはない。そう告げると、エメリアは俺の腕にある、古書の光を放った時に現れた痣を指差した。

「それは『知識の紋章』。あなたの世界での知識が、この世界では魔法になる、と書物にはあったわ」

最初は半信半疑だったが、いざ戦場に赴き、襲い来る敵兵を前に、俺は大学の授業で習った歴史の知識を叫んだ。

「お前たちが持つその槍は、兵士の密集陣形には向いていない!間合いが狭すぎる!」

次の瞬間、俺の言葉が光の渦となり、敵兵の陣形を崩壊させた。

歴史の知識が、この世界では魔法になる。そして、俺が学生時代に学んだあらゆる知識が、エルグ王国を救うための「力」となることを知った。

これは、日本の大学生が、異世界の王女と共に、知識を武器に戦い、成長していく物語だ。ガリア帝国の使者が去った後、エルグ王国の宮廷は、重苦しい沈黙に包まれた。使者の言葉は、まるで氷の刃のように、平和な宮廷の空気を切り裂いた。

エメリア王女が、震える声で俺に尋ねた。

「宰相……ガリア帝国の脅威は、私たちの外交努力をもってしても、どうにもならないのでしょうか」

俺は、静かに首を振った。

「彼らは、話し合いを求めているわけではありません。我々の『知識』を奪うか、さもなくば力ずくで屈服させようとしている。外交は、相手が対等な立場にいる時に初めて成立する。ガリア帝国は、最初から我々を対等な相手とは見ていません」

俺は、エメリア王女に、日本の戦国時代の歴史を説明した。

「例えば、織田信長は、既存の勢力との外交や協力を模索しましたが、最終的には『天下布武』という圧倒的な武力で、全国統一を成し遂げました。ガリア帝国も同じです。彼らは、圧倒的な軍事力で、自分たちの価値観を押し付けようとしている」

「ならば、どうすれば……」

王女は、不安そうに俺を見つめる。

俺は、静かに告げた。

「戦うしかない。ただし、彼らの土俵で戦うのではない。我々には、彼らが持たない最大の武器がある。それは、僕の『知識』、そしてこの国の国民だ」

俺は、ガリア帝国との圧倒的な軍事力差を埋めるための、「三つの戦略」を提案した。

一つ、**『情報戦』**だ。

俺は、ガリア帝国が持つ兵器や戦術に関する情報を徹底的に収集することを命じた。俺の『知識』を基に、彼らの弱点を探り、対策を練る。

二つ、**『経済戦』**だ。

ガリア帝国が、周囲の国々を併合する際の経済的疲弊を予測し、その隙を突く。また、エルグ王国が得意とする交易を活かし、ガリア帝国に対抗する周辺国との連携を強化する。

三つ、**『技術革新』**だ。

俺は、現代の工業技術、例えば、火薬の製造や、より効率的な兵器の開発、そして通信技術の導入を提案した。ガリア帝国が持つ圧倒的な軍事力に対抗するには、技術の革新が不可欠だった。

俺の提案は、最初こそ突飛なものとして、宮廷の貴族たちを戸惑わせた。

「火薬?危険すぎる!」「そんな非道な兵器、使うべきではない!」

だが、俺は、ガリア帝国の使者が残していった言葉を突きつけた。

「彼らは、我々の命を、この国の未来を、何とも思っていない。彼らにとって、我々は、ただの獲物だ。綺麗事では、この国は守れない!」

エメリア王女は、俺の決意を受け入れた。

「わかったわ、宰相。あなたの『知識』と、私のこの国を守りたいという想いを、一つにしましょう」

こうして、エルグ王国は、巨大なガリア帝国との対決に向けて、密かに、そして着実に準備を進めていった。

平和と繁栄を謳歌した日々に終わりを告げ、俺たちは、新たな戦いの時代に突入したのだ。それから数ヶ月、エルグ王国の変化は外からは穏やかに見えたが、内側では革命的な変革が進行していた。宰相である俺は、エメリア王女の信任を盾に、旧態依然とした貴族や官僚たちの抵抗を巧みにかわしながら、戦時体制への移行を断行していった。

第一に、俺は「知識」を活用して、ガリア帝国の軍事技術を凌駕する新たな兵器の開発に着手した。王立工房は連日徹夜で稼働し、より高精度な火砲と、軽量で強靭な新型装甲の開発に成功した。これは、ガリア帝国の主力である重装騎兵に対抗するための切り札だった。

第二に、徴兵制度を改革し、国民皆兵に近い形で兵力を増強した。訓練も従来の形式的なものではなく、即戦力を養成するための実践的な内容へと変更した。王女は自ら志願兵たちを激励し、国民の士気を高揚させた。

そして第三に、情報収集網の強化だ。ガリア帝国に張り巡らせたスパイからの報告は、帝国がエルグ王国を属国化するための具体的な計画を進めていることを示していた。もはや猶予はなかった。

「宰相、準備は整いました」

エメリア王女の凛とした声が執務室に響いた。その目には、かつての無邪気さはなく、エルグ王国を背負う者としての強い意志が宿っていた。

「はい、殿下。ガリア帝国が次に仕掛けてくるのは、隣国バルトニアへの侵攻です。彼らはバルトニアを足がかりに、我々の喉元に迫るつもりでしょう」

俺は地図を指し示した。

「我々は、バルトニアが落ちる前に動く必要があります。彼らにとっての『獲物』が、牙を剥く時です」

宣戦布告などという生ぬるいものではない。これは、弱者が強者に挑む、生き残りをかけた奇襲攻撃だった。歴史の歯車が、激しい戦いの音を立てて回り始めた瞬間だった。



続き

エルグ王国軍の目標は、ガリア帝国の補給線を寸断し、バルトニア侵攻軍の足止めを図ることにあった。俺の「知識」に基づき、奇襲の主力に選ばれたのは、新型火砲を搭載した機動性の高い部隊だった。彼らは夜陰に紛れて国境を越え、ガリア帝国の兵站基地へと忍び寄った。

作戦は完璧に機能した。不意を突かれたガリア帝国軍の混乱は甚大で、倉庫に山積みになっていた食料や弾薬は炎に包まれ、補給部隊は壊滅的な打撃を受けた。この一撃により、ガリア帝国のバルトニア侵攻は遅延を余儀なくされた。

しかし、帝国軍の反撃は素早かった。司令官である老練なグラハム将軍は、混乱を即座に収拾し、エルグ王国軍の追撃を開始した。新型火砲は強力だったが、圧倒的な兵力差の前には、局地的な優位も長くは続かない。撤退を余儀なくされたエルグ王国軍は、帰路でグラハム将軍率いる本隊と激突した。

戦場は、両国間の国境近くに広がる『嘆きの平原』となった。エメリア王女は後方の指揮所に留まり、俺は前線で指揮を執った。

「宰相! 敵の重装騎兵が側面から!」

伝令の叫びが響く。ガリア帝国の主力である、伝説的な『鋼鉄の騎士団』の突撃だ。大地を揺るがす馬蹄の音と、太陽の光を反射する鎧の輝きは、それだけで兵士の士気を削ぐほどの威圧感があった。

「慌てるな! 全砲兵隊、対騎兵散弾に切り替え、射角維持!」

俺は冷静を装いながら指示を出す。心臓は早鐘を打っていた。俺の「知識」がもたらした新型火砲の真価が問われる瞬間だ。

騎士団が射程に入った瞬間、平原に轟音が響き渡り、鉄の弾丸が嵐のように浴びせられた。先頭の騎士たちが次々と馬から叩き落され、突撃の勢いがわずかに鈍る。しかし、彼らは止まらない。死を恐れぬ彼らの突進力は、想像を絶するものだった。

「接近を許すな! 撃ち続けろ!」

第二波、第三波の砲撃が炸裂する。それでも、一部の騎士は砲火を潜り抜け、エルグ王国軍の歩兵隊へと襲いかかった。剣戟と悲鳴が入り乱れ、戦場は地獄絵図と化す。

俺は奥歯を食いしばりながら、エメリア王女から託されたこの国を守るため、そして「獲物」ではなく「牙」であることを証明するために、次なる一手へと意識を集中させた。戦いはまだ、始まったばかりだ。



続き

エルグ王国軍の中央が崩壊寸前となったその時、戦場に新たな風が吹き込んだ。俺は、この日のために用意していた最後の切り札を投入する決断を下した。

「殿下、ご指示を! 『あれ』を使う許可を!」

後方の指揮所に無線で連絡を入れる。少しの間沈黙があった後、エメリア王女の毅然とした声が返ってきた。「わかったわ、宰相。国の未来のために、使って。全責任は私が負います」

俺は受話器を置き、傍らに控えていた特殊部隊の隊長に命じた。「隊長、実行せよ。新型火砲の最大の威力を、奴らが見ている前で解き放て!」

特殊部隊は、戦場の中央、両軍が最も激突している地点へ向けて、改造された特別な砲弾を発射した。それは、通常の榴弾とは異なる、俺の「知識」に基づく特殊な弾頭だった。着弾と同時に、あたり一面に強烈な閃光と衝撃波が走り抜けた。

ガリア帝国の兵士たちは突然の出来事にパニックに陥り、一時的に視力と聴力を奪われた。その隙を突き、エルグ王国軍の兵士たちは、事前に配布されていた特殊なゴーグルと耳栓を装着し、一斉に反撃を開始した。

「今だ! 押し返せ! 奴らに『牙』の恐ろしさを教えてやれ!」

俺の叫び声が響く。訓練されたエルグ王国軍の兵士たちは、この混乱に乗じて帝国軍を次々と打ち倒していった。老練なグラハム将軍も、この戦術的な一手には対応できなかった。

『嘆きの平原』の戦いは、エルグ王国の劇的な勝利に終わった。ガリア帝国の『鋼鉄の騎士団』は壊滅し、グラハム将軍は捕虜となった。この勝利は、王国全土に希望の光をもたらし、国民の士気は最高潮に達した。

しかし、俺は勝利の余韻に浸ることはなかった。これは、長く続く戦いの、ほんの序章に過ぎないことを知っていたからだ。ガリア帝国という巨象は、まだその本領を発揮していない。捕虜となったグラハム将軍を前に、俺は静かに告げた。

「これは警告だ。我々は、もはやあなた方の『獲物』ではない。我々の命と未来を、何とも思わないというのなら、容赦はしない」

将軍は、何も答えなかった。俺たちは、エルグ王国の生き残りをかけた、過酷な道を歩み始めたのだ。平和と繁栄を謳歌した日々に完全に終わりを告げ、血と硝煙に彩られた新たな時代が幕を開けた。




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