余話

 ――これは、半年前の話。



『放課後、屋上に来てくれませんか』


 あの日、私は日向の下駄箱にそうやって書いた紙を入れた。

 しかし、この紙には少しだけ細工がしてあるのだ。ある意味、私は日向のことを信用していた。

 ……『幼馴染』という、無条件の信頼を。

◆◆◆◆◇◆

 放課後、私はまっすぐに屋上へと向かった。荷物を持って、そそくさと教室を出る。

 屋上に向かう途中には一つだけ扉がある。普通の生徒はここを通ることが出来ない。南京錠がその道のりを閉ざしている。


『1031』


 そうやってあわせれば、するっと鍵が外れる。ドアを開けた。

 風が、どうしてか痛かった。日向はここに来るのだろうか?

 すぐ右に曲がって、ドアを開けたときの死角に座り込む。私の姿を見られちゃいけない。私は、彼を試すために今日ここに来た。


 ――ガチャ


 静かな空間に、その音が響く。


「ねぇ、僕を呼んだの、誰?」


 呑気な声……間違えるはずもない、日向だ。

 私はスマホのスタートをタップする。


『私、若葉くんに聞きたいことあって……ごめん、顔は見せられないんだけど、聞いてもいい?』


 ストップを押す。これは私が友達に頼みこんで録音させてもらった声。不審がられたけど、なんとかゲットできた。

 録音した音声だと言うこともつゆ知らず、若葉はのびのびと声を出す。


「……なにそれ。なんかわかんないけど、ちょっとだけね」

『じゃあ、さっそく聞くね。好きな人、いるんだよね?』

「……うん。何で知ったのか知らないけど、あんまり広めないでくれるとうれしい」


 ……「好きな人には自分で伝えたいんだ」。日向は、そういった。

 つまり、好きな人にはまだ、このことを知られていない? ……私がこの声を録音されてもらった女の子は、かつて「あの子優しいよねぇ」と日向が私に言った女の子だった。

 この子で間違いないと思っていた。間違えていなくても、なにかしら反応をくれるって。でも、結果は失敗。


『そっかぁ……ね、どんなところが好きなの?』

「う~ん……」


 日向が何とも言えないような声を出す。きっと曲がり角の向こうで君は首をかしげているだろう。


「僕はね、もう『どんなところ』とかじゃないんだよ。好きで好きでたまらないんだ。恋っていうか、これは運命だ。僕は彼女以外考えられない。全部がいとおしくって、たまんないんだよね」


「だからさ」、君は続ける。


「告白とかそういうのなら、ほんとに無理だから。ごめんね、僕、もう帰るから」

「……まってよ!!」


 衝動的に言葉を出した口を慌てて手で覆う。大丈夫、私は今風邪気味だ。ちょっとなら気づかれない。私だなんて、ばれない。

 それなのに、ねぇ。


「……小夜?」


 そんな風に君が小さくつぶやいた。

 ……そんなの、ずるいよ。

 ねぇ、君は私のことなんか好きじゃないくせに。嫌いなんでしょ? 私の気持ちを受け取ることさえ迷惑なんでしょう?

 それなのに、なんで私だってわかるの? ずるい、ずるい、ずるい!

 止められなくなっちゃうから。全部、全部。


「ねぇ、どこ? 小夜でしょ? ねぇ、出てきて……て、あっ!?」


 ……とても、日向には似つかわないような声だった。

 そして、静寂に包まれた。


「……日向? ねぇ、どこ? 隠れてるの?」


 顔を覗かせた。彼はいない。

 隠れられそうなところを一通り探した。彼はいない。

 ……なにがあったの?

 その時だった。まるで何かの見物を見ているような、甲高い声が下から響いてきたのは。

 最悪の想像がふっと頭をよぎる。首を振って、下を見た。……

 そんな、嘘だ。馬鹿な、やめてよ。

 日向は死んだ? ここから落ちた? 私が、殺した……?


 鞄を持って階段を駆け下りる。人のざわめきが近くなる。

 ……日向だった。


「ねぇ、小夜? 若葉くん、なんで、こんなことになっちゃったのかなぁ……」


 そう私に言ってきた彼女は、若葉と中学校の頃から仲が良かった女の子だった。かわいい子で、優しい子だった。

 あぁ、納得だなぁ。不覚にも私はそう思ってしまう。

 彼女は泣いていた。大粒の涙を、ぬぐってもぬぐっても、あふれ出てきている。

 私は、なんで泣けないんだろう? なんで、彼の死を嘆けないんだろう? 泣きたいはずなのに、君のことを思っていたはずなのに。

 少しだけ、あんなあなたは消えてしまえばいいって思った。

 私が望んでいるあなたは、もう死んでいた。


 人に押し付けたあこがれがそぐわないのなら、もう死んでほしいと思うのが普通だろう。だから私は、あの時強く望んでしまったのかもしれない。

 『いなくなって』って。



 ……だって、知らなかったんだもん。

 あなたが好きなのは、私だったなんて。

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Trick or Moonlight 天照うた @詩だった人 @umiuta

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