Trick or Moonlight
天照うた @詩だった人
一日だけのキセキ
「Trick or treat、
……そうやって私の前で微笑む貴方は。
「
もう、死んだはずの幼馴染だった。
◆◆◆◆◇◆
ちょうど半年前だった。
隣の家、小中高ずーっと一緒。そんな少女漫画みたいな設定で
「小夜、僕、好きな人出来た」
「……へぇ」
そうやって嬉しそうに頬を緩めて私に言ったあと、一週間もせずに日向は死んだ。無情だと思った。幸せは、日常はこんなにも簡単に崩れるんだって感じた。
日向の死因は不明だ。殺人か自殺か……、詳しい捜査が行われたものの、結局解明には至らなかったらしい。
日向が死んでから、日常に何も感じなくなった。全てが流れ作業のように右から左に流れていった。
日向の死で、私はまだ泣けていない。葬儀の時もなにか遠い出来事にしか思えなかった。感情なんて、何も残っていない。
半年経っても、私の時間はあの時で止まったままだ。
◆◆◆◆◇◆
――10月31日、午後8時30分。
間違いない、ちゃんと認識している。これは、夢じゃない。私の前にいるのは、あの若葉日向だ。
「……日向、なの?」
「うん、僕に決まってるじゃん。小夜はおかしなことを言うね?」
あはは、といつものように笑う日向を見て、なんだか気が抜けてしまった。そうだ、今までが夢だったんだ。日向が死ぬなんて、そんなわけない。ずっと半年も、なんて悪い夢を見てたんだろう?
「私ね、日向が死んだと思ってたの。怖いな、なんでだろ? ごめんね……よかったぁ」
「ん? 僕は死んでるよ?」
さっきと変わらないトーンで放たれた言葉に目を剥く。
死んでるなんて、そんな、嘘だ。死んでるならどうして私は貴方と話せるの? 貴方はここにいるの?
手を伸ばす。いつものように、「冗談やめてよ」って肩を叩くために。
でも、日向の肩に置こうとしたその手は……彼の身体を見事にすり抜けて、勢いよく床に落ちていった。
……そっか、そんなに簡単に変わるわけ、ないよね。
日向は死んだ。私は、その事実をまだ認められていないんだ。
「……なんで、私は日向が見えるの?」
「今日は年に一度のハロウィーンの日でしょ? もともとハロウィーンってね、死者がこの世界に帰ってくる日なんだよ」
ふふふ、と鼻歌でも歌い出しそうな勢いで右手の人差し指を立てた日向は自慢げに言う。
その顔にふっと頬が緩んだ。……いつも日向は私に何かを教えるとき、そうやって右手の人差し指をずいっと立ててたんだもん。懐かしいその動作に、少しだけ涙が出そうになる。
「じゃあ、今日が終わったら日向は消えちゃう?」
「……たぶん、そうかなぁ」
「日向は嫌じゃないの? なんで、そんなに笑顔でいられるの?」
「だって」、そう言って日向は口籠もる。彼にとっては珍しいことだった。
臆病な割に、一本の芯が通ってて、ころころと表情を変える日向。私は日向自身よりずっと日向のことを知っている自信があった。
ぽんっとベッドに座って、隣を叩く。
「ねぇ、こっち来て座ってよ。いっぱい話したいことある」
「……そだね、あと数時間もないわけだし」
私が座り込むとベッドは衝撃を受けて小さく弾む。だけど、日向が腰掛けたときは少しの動きさえも見せなかった。……日向は、もう私とは違うんだ。
「最近、なにかあった? 僕が死んでから」
「うん、いっぱい。何から話せばいいかな?」
「小夜が話したい順でいいよ。僕は、小夜の話が聞きたい」
そういって無邪気な笑顔を見せる貴方に、どうしてか心臓が小さく音を立てる。あれ、なんでだろ。これはなんの音かな……。
そんなこと、考えてる暇なんてないか。時間は限られているのだもの。
そのはずなのに、日向は本当にいつもと変わらなかった。笑うときの声の高さも、目尻の皺も、少しだけ口を手で隠す動作も、全てが私の記憶の中の日向と同じだった。
昔に戻ったように錯覚する。それほどに、日向は私に魔法をかけた。私を、おかしくさせた。
無情にも時間は過ぎていく。当たり前だ。この世に生きている限り、それからは逃げられない。誰でも、わかってしまうようなこと。
それなのに、もうこれで終わりでもいいと思ってしまう私がいる。『綺麗な思い出』として残しておけるなら、この終わり方でもいいのかもしれないって。
幼馴染との最後の別れ、ハロウィーンの夜のキセキ。
感動物語じゃないか。これで、終わりでいいじゃないか。
それなのに、私の悪い心のなにかが呟く。これで終わりでいいわけないだろ、なぁ。これがあいつと話せる最後の機会かもしれない。知りたいこと、聞かなきゃいけないこと、たくさんあるでしょ? ここで終わりにしちゃいけない。無駄な時間を過ごして、お前だけはのうのうと生きるつもりか? そんなことが許されるとでも思っているのか?
ちょうど、日向が時計を見た。いつの間にこんなに時間が経っていたのか、針は23:57を差していた。
「……もう、終わりだね」
寂しそうな目をして君が言う。
「うん、そうだね」
何事もないように返す私に、君は寂しそうな笑みを浮かべる。少しだけ、胸に針が刺さったような痛みが走る。
「小夜はさ、僕のこと、どう思ってた?」
小さく呟いたその問いは、優しく、でも重くのし掛かる。
「大事に思ってた、とっても」
余計な言葉が口から出てくる前に、急いで言う。
「そっかぁ、僕とおんなじだ」
それでも君は、嬉しそうに笑う。本当に嬉しそうに、いつも通りの、君の笑顔。
「……ね、好きな人って誰だったの?」
止めておこうと思ったその言葉が、小さく漏れた。
「誰だと思う?」
さっきとは違う、いたずらっ子みたいな悪い顔。
「わかんないや」
私がそう言うと、君は時計を指で差す。23:59。あと一分。
強い風が吹いた。少しだけ開けておいた窓の隙間から入り込んできた風だった。
カーテンが大きく
合間から見えたのは……綺麗な、満月。
「ねぇ、小夜?」
「……うん?」
視線が合う。少しの沈黙の後に、君が口を開く。
「月が、綺麗ですね」
ひゅっと息を呑む。
「……それって」
「ばいばい、小夜。今まで、本当にありがとう」
……瞬きすると、君は消えていた。
世界が正常に戻った。いつも通りに、もどった。
夢? でも、確かに日向はここにいた。「月が綺麗ですね」って、言い残していった。
すうっと一滴、なにか熱いものが零れていく。頬を伝って、手の甲に落ちる。それからはもう、止まらなかった。日向が死んで、私は初めて泣いた。思いっきり、貴方を思って泣いた。
日向、ごめんね。大好きだったの。面と向かって言えなくて、ほんとにごめん。
……日向を殺しちゃって本当にごめん。
深い夜の闇は私を溶かすように包む。
私を慰めてくれるものなんて、なにもなかった。
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