第51章 赤い世界の死



“タケル。この世界はもうじき、元の“波の世界”に還る。

そして——僕と深くつながってしまったこの子も……もう助からない。”




(……な、なんだと……!?)




“むしろ、ここまで——よく頑張ったんだよ。

この小さな身体で、これだけの力を行使し続けてきた。”




(そんな……待ってくれ!)

(俺は……この子に、まだ何もしてやれてない!)

(いっしょに帰って、暮らすんだ!もう投げ出さない!面倒くさいなんて思わない!)

(だから!……だから頼むよ!!)




“……すまない。

その願いを叶える余力は、もうこの世界には残っていない。”


タケルは拳を握り、頭を振った。




(そんな……そんな理不尽があるかよ……)




“最後に、この子の“残された力”を使って、三次元への返還を行う。

君たちは、何とか三次元空間にしがみついていてくれ。

そうすれば——君たちだけは、帰せるかもしれない。”




(この子は……どうしても、無理なのか……)


“……すまない。”


その一言が、すべてを断ち切った。




“さぁ、もう行け。

この子との最後の時間——無駄にするな。”




赤い風が吹いた。



——そして、すべてが白く弾けた。


目を開けると、そこは見慣れた空。

赤い雨は消え、静かな風が頬を撫でる。




シュンの姿が見えた。


「……戻ったのか……」


タケルは息を荒げながら、空を見上げた。

遠く、どこかで小さな声が響いた気がした。




「タケル…」

胸に抱いた少女のかすかな呼吸が、かろうじて生の証を示していた。

小さな体が、かすかに上下する。だがそれは異常なまでに浅く、細い。


その目は、もはや何ひとつ映していなかった。


焦点はどこにも合わず、視線はただ虚空の奥へと吸い込まれていく。


「……ごめん!ごめんな!もっと…遊んであげればよかった!!」




少女が顔を上げる。涙で濡れた目。

その目が、タケルをまっすぐに見た。




「……だれか……わたしと…ともだちに…」




タケルは、しゃがみこみ、涙を流し、少女をぎゅっと抱きしめた。




「……大丈夫だ!俺がいる!もうおれは、お前を一人にはしない!!」




赤い雨が、ふたりの上に、静かに降っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る