第14章 告白
駅へ向かう道は、すでに街灯が半分しか点いていなかった。
どの光も、息絶えかけた蛍のように明滅している。
地上の電車は、もう数年前に止まった。
今では——地下鉄と公用車だけが、人々を運ぶ唯一の“動脈”。
地下へ降りるたび、世界がまだかろうじて“繋がっている”気がした。
それでも、地上に出ればすぐに現実に引き戻される。
赤色空間の発生以降(2020〜2025)、東京都の人口は半分近くに減った。
東京にしか現れない異常現象。
多くの人々が、恐怖と疲弊に耐えきれず、地方へと散っていった。
——この街は、もうだめかもしれない。
誰もが、心のどこかでそう思っていた。
シュンも、かつては引っ越しを考えたことがある。
だが、結局離れることはできなかった。
(俺は……結局、立ち止まることしかできないんだ)
ゆっくりと地下へ続く階段を降りながら、
自分の足音が、やけに遠くに感じられた。
無人の構内に反響するたび、その音はまるで、
“生きている証拠”のように薄っぺらく響いた。
「シュンさん、明日って……休みですよね。」
「……ああ。」
「その、もしよかったら——」
「やめてくれないか。」
「……え?」
「そんな気分じゃない。」
言葉は短かった。
だが、それだけで十分に冷たかった。
ナルミはそれ以上、何も言わなかった。
階段の途中で立ち止まり、
何かを言いかけて、唇を閉じた。
シュンはその沈黙に、
言い過ぎた自分の声が反響して返ってくるような気がして、
心の中で小さく舌打ちをした。
(……恋の駆け引きなんて、今の俺には無理だ。)
なぜ明日の予定を聞いてきたのか。
本当にデートのつもりだったのか、それともただの雑談だったのか。
もはやどうでもよかった。
(嫌われても構わない。)
そう思うことでしか、自分を守れなかった。
ナルミは階段の途中で立ち止まり、動かなかった。
降りるでもなく、上がるでもなく、ただその場に立ち尽くしていた。
(……さすがに、言い過ぎたか?)
振り返ると——
ナルミは、泣いていた。
「好きなんです……ずっと前から。」
その声は震えていた。
でも、その震えの奥にある熱は、あまりに真っ直ぐで。
シュンは胸の奥が痛んだ。
そんなこと、わかっていた。
それでも、なぜだろう。
なぜ人は、こういう時——「初めて知った」みたいな顔をしなければならないんだろう。
茶化すことなんて、できなかった。
今日のナルミは、ずっと様子が違っていた。
「……ごめん。俺には、妻も娘もいるから。」
口にした瞬間だった。
「——いない!!」
その声は、地下の空気を震わせた。
「……!」
「もう…いないじゃないですか!」
「もう、“奥さんも”! お子さんも! この世界にはいない!!」
階段に響くその叫びが、鈍く胸に突き刺さる。
ナルミの頬を伝う涙が、ひとしずく、階段に落ちた。
「ずるいですよ……!」
「死んでしまった人には、どうやったって勝てない!」
「この世界じゃ、前を向こうとする方が悪なんですか!」
「“生きてる”って、それだけで……罪なんですか!」
その言葉に、シュンは何も言えなかった。
返すべき言葉が、どこにも見つからなかった。
ナルミの声は、泣いているのに、どこか静かだった。
静かすぎて、逆に痛かった。
「私は……あなたが持ってくるお弁当が……コンビニ弁当に変わって……」
「それでも、“これはこれでうまいな”って笑った顔が、忘れられないんです。」
その一言で、
彼女がどれほど長く、どれほど真剣に彼を見つめてきたのかを悟ってしまう。
「……」
シュンは、喉の奥が焼けるように痛くなった。
それでも、言葉を絞り出す。
「まだ……二人とも亡くなって……三年しか経ってない。」
「……っ」
その言葉は、まるで凶器だった。
ナルミは一瞬、息を呑み、顔を伏せた。
三年——それが長いのか短いのか、もう誰にもわからなかった。
「ごめんなさい……」
それだけ言って、彼女は階段を駆け下りていく。
すれ違うその背中が、泣きながら笑っているように見えた。
——ちがうんだ、ナルミ。
君は悪くない。
悪いのは……
悪いのは……誰だ?
赤く点滅する非常灯の光が、ゆっくりと壁を染めていく。
その中で、シュンは自分の胸を押さえた。
(誰もいない。誰も責められない。
だから俺は、自分を責めることしか……許されていない。)
ナルミの背中を追って声を掛けようとした——その瞬間。
二人の携帯が、同時に震えた。
けたたましい緊急避難警報の音。
それは大型赤色空間の出現を告げる、最悪の知らせだった。
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