第2話:わたしたちのキャンパスライフ
大学に入って最初の一週間は、新入生ってことで、毎日学校に行って各授業の注意事項とか、校則とか、いろんな話を聞かされる週だった。
二週目からようやく、好きなサークルを選んだり、学科主催の新歓イベントに参加したりできるらしい。
授業は自分で履修を組めるから、私はできるだけ自由な時間を増やしたくて、月曜と火曜に授業を詰め込んだ。
そうすれば水曜と木曜は休みで、金曜は午前だけ登校すればいい。完璧なスケジュールだと思ってた。
……けど、ふと気づいた。
そういえば、みんなはどう組んでるんだろう?
月曜の必修が終わったあと、私は三人に聞いてみた。
「履修? えっとね……」紗矢が少し考え込み、
「私は月火いっぱい、木金は休みで、金曜は午前だけだよ。」
そう言って指を折りながら数える。
清楚っていうか、ほんとに無駄がないタイプだ。
「おお! 同じだ!」思わず彼女の手をつかんだ。
やった、これで一緒にいられる!
「ほんと?」綾音の手が私よりも大きく振れて、今にも腕が取れそうな勢いだった。
「私は月曜から金曜まで、全部午前だけ。」隼人が言った。たしか彼はバスケ部に入る予定だったから、午後はサークル活動のために空けているんだろう。
「私も綾音と同じ……かな?」紗矢は少し考えたあと、スマホを取り出した。「あ、スマホで見れるの忘れてた。」
「え、どうやって?」私は首をかしげる。
「やっぱり、常識ないんだよね。認めなよ〜」紗矢は笑いながら画面を操作して、私に見せてくる。「ほら、私も同じ。」
「なんか……あんまり嬉しくないな。」私はふてくされて椅子に座った。さっきまでのテンションが一瞬で消える。
「なにそれ、私は教えてあげただけでしょ。」紗矢はスマホをしまい、ため息をついた。「で、何飲むの?」
さすが紗矢。飲み物で私の機嫌を取る術を完全に理解してる。
「千円以上のミルクティーお願いします。」私は真面目な顔で言う。
「それ飲んだら脳溶けるんじゃない?」紗矢がさらっと返す。
「ストップ——」私は言い返そうとしたけど、隼人に遮られた。
「どうした、チビちゃん。」彼は妙に真剣な顔で言う。
「お腹すいた。」
「パシン——」紗矢の手が隼人の腕にヒットした。
「それだけの理由で会話止めたの? はい、奢り決定。」彼女は断言するように言った。
「マジかよ!? 鬼だな!」隼人の驚いた顔がツボに入って、思わず笑ってしまう。
「私たちを巻き込まないでね。」私は綾音の肩をつかんで言った。「紗矢の発言は私たちとは無関係だから。」
綾音は私と紗矢を交互に見て、「私、スムージーが飲みたい。」
「藤堂さん、裏切り者を見てるの分かってる?」私はジト目で見つめる。
けど綾音は潤んだ瞳で見返してくる。
「やっぱり……あんたとは気が合うね!」紗矢が綾音の手を取ってハイタッチした。
「女ってやつは……」隼人は肩をすくめた。彼の友達は女三人。慣れる日が来ると信じたい。
本当はみんなに「どのサークル入りたい?」って聞くつもりだったのに、くだらないやり取りで忘れてしまった。結局、私たち三人は隼人と一緒に学内のフードエリアへ向かうことにした。
うちの大学には学食っていうより、テナント形式の飲食スペースがあって、いろんな店が入っている。
「これなら外まで食べに行かなくてもいいね。」私は感心しながら辺りを見回す。まるでショッピングモールのフードコートみたいだ。
「でも味はどうなんだろうね。」紗矢がキョロキョロしながら言う。
私たちは歩きながら、なんとなく気になった店を探す。
「私、ここにする。」綾音が突然立ち止まり、指さした先はトンカツ専門店だった。
「お、いいじゃん。行こう。」隼人がすぐに反応する。
「ほんとに腹ペコなんだね。」紗矢が呆れながらもついていく。
キャンパス内の店だからか、内装は他の店舗とそこまで変わらない。でも、他の客が頼んでいる料理をちらっと見た感じ、けっこう美味しそうだった。
「そういえば、みんなサークルは決めた?」料理を注文したあと、私は聞いてみた。
「俺はたぶんバレー部に入る。」隼人はテーブルに肘をつきながら言った。どこか疲れてるように見える。
「バスケ部じゃなかったの?」綾音が箸を拭きながら首をかしげる。
「途中で気が変わった。バレーのほうが面白そうでさ。」隼人は綾音から渡された箸を受け取って、「サンキュ。」
「綾音、偉いね〜!」紗矢が箸を受け取って感嘆の声をあげる。
「え? なに?」綾音はきょとんとした顔で、私にも箸を渡してくれる。
「誰かにそんなに優しくされたの初めてなんでしょ。」私は紗矢を見て言ったけど、綾音の表情を見た瞬間、つい笑ってしまった。「綾音……ほんとに最高。」
もし将来娘ができたら、綾音みたいな子がいい。
「お前ら頭おかしいだろ。」隼人が冷たく突っ込む。
「うるさい、ハヤトは黙って私たちの会話を聞いてなさい。」紗矢が冷ややかに言い放つ。
隼人は返す言葉もなく苦笑い。あとで少し可哀想になって、私たちはちゃんとフォローしてあげた。
「しょうがないな、私の分は奢らなくていいよ。」紗矢が折れるように言う。
「そこが問題じゃねぇだろ!」隼人がすかさず突っ込む。
「じゃあ、私の分もいいや。」私も便乗する。
隼人は無言で私たちを見て、ため息をついた。
「仲いいからこそ、からかうんでしょ。」綾音が突然言った。「二人ともちゃんと加減は分かってると思う。」
「俺……」隼人が少し救われたような顔をしたが、綾音がすぐに続ける。
「でも、スムージーは飲みたい。」綾音はにっこり笑った。
「わかったって!」隼人は苦笑いしながら返す。
そのあと隼人はサークルの説明会に行くって言って、私たち三人は少しだけ校内を歩いてから教室に戻った。
思ったよりキャンパスが広くて、学科ごとに専用の建物があるらしい。新歓もそれぞれの学科単位で行うんだって。
「うちの学科、けっこういい場所じゃない?」教室に戻ったとき、ふと思って口にした。
「どうして?」綾音が聞き返す。
「だって、正門に一番近いし。」紗矢が教科書を取り出しながら答える。
「さすが紗矢、分かってる〜!」私が笑うと、
「脳みそレベルを下げれば、真尋の考えも理解できるね。」紗矢は冷静に言い放った。
「お前その舌抜くぞ!」私は机を叩いて立ち上がる。
「待って待って。」綾音が慌てて私の腕をつかんだ。「金曜って新歓あるんでしょ?」
「そうだった、忘れてた!」私は席に戻る。
「うわ、私も完全に忘れてた。」紗矢も同じように声を上げた。
「えー? あの紗矢が忘れるなんて!」私はからかう。
「しょうがないでしょ、忙しいんだから。」紗矢は軽く髪をかき上げてため息をつく。
「いや〜大変だね大忙しさん!」私は大げさに肩をすくめる。
「真尋の脳にちょっとだけ私のIQ分けてあげたいよ、そしたらもう少し楽になるのに。」
「何だとこのやろ!」
私は再び飛びかかろうとしたが、紗矢もすぐに私の手をつかんで、二人で睨み合う。
「仲いいね、ほんとに。」綾音が笑顔で言った。
その一言で、私たちは同時に手を離した。
「仕方ないでしょ、私以外にこの毒舌に耐えられる人いないんだから。」私が言うと、
「誰が真尋の頭の悪さに耐えられるのよ。」紗矢がすぐ返す。
「は?」二人で額を突き合わせて睨み合う。
高校のときは、女子同士のケンカってだいたい陰で悪口を言うとか、こっそり嫌がらせするタイプばっかりだった。
紗矢みたいに、正面からやり合える子に会ったのは初めてだった。
「仲いいほどケンカするって言うじゃん。」綾音が笑いながら言う。
「綾音は誰かとケンカしたことないの?」私が聞くと、
「うーん……一回だけ、ビンタしたことあるかな。」綾音は少し考えてから言った。
「ビンタ!?」私は思わず叫んだ。綾音がそんなことするタイプだとは思わなかった。
「相当怒ってたんだね。」紗矢も驚いて言う。
「まあね。でもそれ以来、誰かとケンカしたことないよ。」綾音は笑って肩をすくめた。
「へえ〜そういうタイプ一番怖いんだよな。」紗矢がニヤッと笑う。
「やめとけ、こういう滅多に怒らない人がキレると大惨事だぞ。」私は止める。
「だよね。」紗矢はすぐ同意して、「真尋と意見が合うなんて珍しい。」
「おい!」私が机を叩くと、紗矢は両手を上げて降参のポーズ。
どっちが先にブチ切れるかはわからないけど、火種はいつも紗矢が作る。
「そういえばさ、綾音って、私の名前が好きな人の妹と同じだから仲良くなりたかったって言ってたよね?」
「うん、そうだよ。どうかした?」綾音が首をかしげる。
「その人の写真ある? ちょっと見てみたい。」好奇心が抑えきれない。
「えっとね……」綾音はスマホを取り出し、アルバムを開く。「あ、これ。」
画面に映っていたのは、笑顔のかわいい女の子の写真だった。
え、まさか——。
「好きな人って……」私は言葉を詰まらせる。
「女の子?」紗矢が私の代わりに言ってしまった。
「え? 違うよ。今見せたのは彼の妹の写真。」綾音は無邪気に笑いながらスマホを引っ込めた。
「あ、そっちか……」私は苦笑しつつ言葉に詰まる。「ほんとは彼本人が見たかったんだけど。」
「なるほど、言葉足りなかったね〜。」綾音は「てへ」と笑い、再びスマホを差し出す。
「うん……」画面に映る彼は、落ち着いた雰囲気のイケメンで、確かに妹と顔立ちが似ていた。
「レベル高っ。」紗矢が珍しく素直に言う。どうやら彼女も好みらしい。
「確かに、綾音と並んだらお似合いかも。」私はつい口に出す。
そりゃ、綾音みたいな子を好きにならない男なんていないだろう。もし彼に告白されたら、私でも即OKする。
「ほんと!?」綾音は嬉しそうに顔を輝かせた。
「で、その人、どこの大学なの?」紗矢が聞く。
「なに企んでんの?」私は即座に突っ込む。
「別に〜ただ聞いただけ。」紗矢は妙に誠実な顔をして言う。
「海外の大学だよ。」綾音は一瞬で表情を落とした。
あぁ……きっと、遠距離が彼女の心を一番揺らしてるんだ。
「今でも連絡とってるの?」私は優しく聞く。
「うん、毎日メッセージ送ってるけど、返事は彼の都合次第かな。」綾音はスマホを見つめながら答えた。
「もしかして、この前廊下で電話してた相手?」紗矢が尋ねる。
「そうだよ。なんで分かったの?」綾音は驚いて目を丸くする。
「だって、あのときの笑顔、完全に恋してる顔だったもん。」紗矢は意地悪く笑う。
「うそ!? そんな顔してた!?」綾音は真っ赤になって慌てふためく。
「いつの話?」私は思い出そうとする。
「この前、真尋が授業中に寝てて私が起こした日。金曜日。」紗矢は私をチラッと見る。
「あー……それなら気づかないわ。」私は悟ったようにうなずく。
「ねえ、その“寝てた”って部分詳しく——」紗矢が言いかけた瞬間、私は叫ぶ。
「はいストップ!」
「ふん。」紗矢は鼻を鳴らして黙る。
「まぁまぁ〜」綾音が二人の間に割って入り、私に話を振る。「そういえば真尋、カフェの面接どうするの?」
「たぶん行くと思う。学校にも近いし、場所的にも便利だから。」週末にずっと考えてた結果、結局そこしかなかった。
「“旅と出会うカフェ”だっけ?」紗矢が聞いてくる。「あ、てか今“私たちの住んでる場所”って言った?」
「うん、私と真尋、同じアパートなんだ。」綾音が笑いながら言う。
「綾音……大変だね。」紗矢は涙を拭くフリをした。「自分の身は自分で守ってね。」
「バシン!」私は彼女の背中に手形を刻む。
「いったぁ……で、いつ面接すんの?」紗矢が背中をさすりながら言う。
「たぶん明日。」私は答える。
「じゃ、明日決まり。開店してすぐ行こう。」紗矢の目が怪しく光る。
「ちょっと、なに考えてんの。」嫌な予感しかしない。
「綾音と一緒に応援に行くの。」紗矢が綾音の手をつかむ。
「う、うん!」綾音も巻き込まれて頷く。
……この悪女、ほんとに人を巻き込むのがうまい。
「リンリン——」携帯の着信音が鳴った。だけど出る気はなかった。
でも相手は諦める気ゼロで、鳴り続けるコール音が神経を削る。
「……もしもし。」目を閉じたまま通話ボタンを押す。
「起きろ、シンデレラ。」電話の向こうから聞こえたのは、やっぱり紗矢の声。
「……朝の七時だよ……。」私は眉をひそめて時計を見た。
「早起きは三文の得って言うでしょ。今日は寝坊禁止。」
「寝不足で面接行ったら余計ダメになるけど……。」ぼそっと言い返す。
「いいから、もうすぐ着く。ドア開けておいて。」
「は?」
「プツッ——」通話が切れた。
「……。」スマホを無言でサイレントにして、ベッドの横に放り投げた。
けど数分後——
「ドンドンドン!」ドアを叩く音が響く。
寝ぼけた頭でも分かる、これは五分は続いてる勢いだ。
しぶしぶ体を起こして玄関へ向かい、ドアの覗き穴を覗く。
案の定、あの悪魔が綾音を連れて立っていた。しかも綾音はパジャマ姿。
「本人いませんけど。」条件反射で口から出た。
「白石真尋!」玄関越しに響く紗矢の声。ほんとしつこい。
気づけば、私は綾音と一緒にベッドに座って、紗矢の長い説教を聞いていた。
「先生……」綾音が小さく手を上げる。「寝てもいいですか……。」
「私も……。」私は続けて手を上げた。
「お前ら!」紗矢の怒声が響く。
「ごめんごめん!」私たちは笑いながら両手を合わせて謝った。
気づけばもうカフェの近くまで来ていた。
「ほんとごめんね……。」綾音は申し訳なさそうに笑う。
昨日の流れを簡単に言うと——
「明日の朝もう一回練習しよう」って私が言って、綾音も頷いた。
でもすっかり忘れて寝坊したのが、この二人。
怒った紗矢をなだめるために「映画とご飯奢る」って約束して、なんとか機嫌を直してもらった。
「まあいいけど、もし面接落ちたら絶対笑うからね。」紗矢は少し冷たく言う。
「はいはい、今日は何言われても反論しません!」私は降参のポーズ。
店に入って「面接で来ました」と伝えると、店員さんが裏のスペースへ案内してくれた。
「面接なので、お二人はこちらでお待ちください。ご注文があればどうぞ。」
「ありがとうございます。」綾音と紗矢は席に座り、私はスタッフルームの方へと連れて行かれた。
中にいた店員は二人。前に見たゴシック風の人はいない。
奥のスペースは倉庫かと思っていたけど、実際は小さな事務所みたいな場所で、仕切りの奥に在庫棚が並んでいた。
——構造を説明すると、カウンターとドリンクバーが下のエリア、右上がキッチン、左上が倉庫兼オフィス。
なぜそんなに詳しく覚えているかって?
面接があまりにも一瞬で終わったから。
聞かれたのは「いつから働ける?」「授業はいつ入ってる?」の二つだけ。
それで「じゃあ明日から来てね」で終了。
せっかく自己紹介まで練習してきたのに、全部無駄になった。
「制服は明日来たら渡すね。」
店長は三十歳くらいの女性。だけど見た目は二十代半ばにしか見えない。
「ありがとうございます。」私は軽くお辞儀する。
「早っ。」紗矢が小声で言う。
「うん、私もびっくり。」私は同じく小声で返す。
「なんで小声?」綾音が不思議そうに聞いてくる。
店長も店員も近くにいないのに、私たちはなぜかひそひそ声。
「明日から来ていいって言われた。」普通の声に戻す。
「早すぎでしょ。それでなんて答えたの?」紗矢が聞く。
「準備いらないなら、明日来ますって。」私は答える。
「じゃあ明日は私たちだけでショッピングだね。」紗矢が綾音を見る。
「ちょっと! 面接中にどこ行く話してんのよ!」
「だって、こんな早く終わるとは思わなかったんだもん。」綾音は笑いながら私の背中をポンポンと叩く。
「ま、いいけどさ。サークルもまだ決めてないし。」私はカバンからノートを取り出した。
「それ何?」紗矢がドリンクを飲み干しながら聞く。
「店長が“覚えること多いから、メモ用意してね”って言ってた。」ノートを開いた瞬間、あることに気づいた。
——これ、日記帳だった。
「真尋って日記書くんだ?」綾音が覗き込み、「四月十一日……」
「ストップ!」私は慌ててそのページを破った。
「書こうと思ったけど三日で飽きた、ハハハ……」乾いた笑いで誤魔化す。
「うん、向いてないね。」紗矢があっさり言う。
「じゃ、今日のうちにショッピング行こ。まだ時間あるし。」綾音はスムージーを一気に飲み干した。
「……頭キーンってしてるでしょ。」私は呆れながら頭に手を置く。
「妹よ、学んだかい?」紗矢も手を重ねる。
「……ありがと……」綾音が小さく笑う。その声は氷が溶けるみたいに柔らかかった。
紗矢はそれを見て小さく笑い、私もつられて笑ってしまう。
「よし、痛みが引いたら出発ね。」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます