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匿名A
第1話
昭和十六年十二月八日 福岡の町は、まだ静かだった。 石炭の匂いが路地に漂い、銭湯の煙突から白い湯気が立ちのぼる。
「お兄ちゃん、新聞まだ?」
と、台所から妹の声。 母は味噌汁を温めながら、ラジオの音量を少しだけ上げた。 軍歌が流れる。けれど、それは日常の一部でしかなかった。 戦争は、まだ遠い国の話だった。
ラジオの音が、ふと変わった。 軍歌が止み、アナウンサーの声が緊張を帯びていた。
「帝国海軍は、米国太平洋艦隊に対し…」
母の手が止まる。妹が台所の戸口に立ち尽くす。 お兄ちゃんは、新聞を開いたまま、言葉を失っていた。 町の空気が、変わった。 それは、勝利の報せだった。 けれど、誰もまだ、その意味を知らなかった。 10秒ぐらいした後に父さんがぽつりと呟いた
「....アメリカか、勝てると良いな」
それを聞いた母さんがおこったように言った
「日本は神の国よ!負けるはずがないでしょう。」
「....だといいな。」
父さんの顔はどこかかなしそうにみえた 八百屋の前では、人々が肩を寄せ合ってラジオに耳を傾けていた。
「帝国海軍、大戦果!」 という言葉に、拍手が起こる。
「これでアメリカも終わりだな」
「天皇陛下万歳!」
子どもたちは紙で作った日の丸を振りながら走り回り、 老人たちは目を細めて
「やっぱり日本は強い」
と頷いた。 祖母も、大根を抱えながら小さく言った。
「神風が吹いたんじゃろうねえ」
翌朝の朝礼では、校長先生が壇上で声を張り上げた。
「我が帝国は、ついに米英に対し大戦果を挙げました!これは神の国の力です!」
生徒たちは一斉に拍手し、 「天皇陛下万歳!」 と叫んだ。 教室では、男子たちが
「俺も兵隊になる!」
と拳を握り、 女子たちは
「兵隊さんに千人針を縫ってあげよう」
と話していた。
数日後、兄は志願兵として出征することになった。 母は
「立派になって帰ってきてね」
と笑ったが、手は震えていた。 妹は、千人針を縫いながら
「帰ってくるよね?」
と小さく言った。 兄は何も言わず、ただ頭を撫でた。 駅のホームでは、軍歌が流れていた。 町は、まだ勝利を信じていた。
数日後、兄が出征する日が来た。 駅前には、町の人々が集まっていた。
日の丸の小旗が風に揺れ、軍歌がスピーカーから流れている。
母は兄の軍服の襟を整えながら、何度も
「立派に務めてきなさい」
と繰り返した。 妹は、千人針を握ったまま、言葉を飲み込んでいた。
「帰ってくるよね?」
と、ようやく絞り出した声に、兄は笑ってうなずいた。
「すぐに勝って、帰ってくるさ。日本は負けないんだから」
その言葉に、周囲の人々が
「そうだそうだ」と頷いた。
「神の国が負けるはずがない」「アメリカなんて怖くない」
そんな声が飛び交う中、父は黙って煙草に火をつけていた。 煙の向こうで、兄の姿が少しずつ遠ざかっていく。 汽車の汽笛が鳴った。 町は、まだ勝利を信じていた。
兄が出征してから、家の中は少し静かになった。
食卓の席が一つ空いたまま、誰もそこに箸を置こうとしなかった。
妹は、千人針の残りを箱にしまい、時々それを開いては、兄の笑顔を思い出していた。
母は、朝になるとラジオをつけて、戦況を聞くのが習慣になった。
「また勝ったって。すごいわね」
そう言いながら、味噌汁の味が少しずつ薄くなっていった。
父は、新聞を読む時間が長くなった。 けれど、記事の端を指でなぞるだけで、目はどこか遠くを見ていた。
町では、配給が始まった。 米は一人あたり二合まで。砂糖は月に一度。 八百屋の棚には、見慣れない乾物が並び始めた。
「これが戦時の食べ物かねえ」
と祖母が言った。
「昔の戦でも、こんなもんだったよ」
それでも、町の人々は笑っていた。
「兵隊さんが頑張ってるんだから、我々も我慢しなきゃ」
「勝つまでの辛抱だよ」
学校では、竹槍の訓練が始まった。 男子たちは校庭で「突け!突け!」と叫びながら、藁人形に向かって走った。 女子たちは、看護の練習で包帯を巻く手が震えていた。 妹は、帰り道でぽつりとつぶやいた。
「お兄ちゃん、寒くないかな」
その声は、誰にも届かなかった。
町は、まだ勝利を信じていた。 けれど、空の色が、少しずつ変わり始めていた。
昭和十七年の春。
福岡の町には、桜が咲いていた。けれど、花見をする人は少なかった。
駅前の掲示板には、戦況報告とともに、戦死者の名前が貼り出されるようになった。
母はそれを見ないようにしていた。父は、煙草の本数が増えた。
妹は、兄の名前がそこに載っていないことを確認してから、学校へ向かった。
教室では、男子の数が減っていた。兄たちが次々と志願していったからだ。
女子たちは、包帯の巻き方を覚えながら、時々手を止めて空を見上げた。
「お兄ちゃん、今どこにいるんだろう」
妹は、授業中にふとそう思った。地図帳の太平洋に指を置きながら、遠い海を想像した。
ある日、家に一通の手紙が届いた。 母が封を切る手が震えていた。中には、兄の筆跡で書かれた短い文があった。
「元気です。みんなで頑張っています。心配しないでください。」
それだけだった。けれど、母は泣いた。妹は、千人針の箱を開いて、兄の笑顔を思い出した。
父は、手紙を何度も読み返し、最後にぽつりと言った。
「……無事なら、それでいい。」
その夜、町では灯火管制が始まった。窓に黒い布を貼り、ラジオの音も小さくした。 祖母は言った。
「昔の戦でも、こうだったよ。夜が怖くなるんだ。」
妹は、布の隙間から空を見上げた。星は、少しだけ見えた。
「お兄ちゃんも、同じ空を見てるかな」 その声は、誰にも届かなかった。
町は、まだ勝利を信じていた。
ラジオは、今日も「大戦果」を伝えていた。
「帝国陸軍、ビルマにて敵を撃破!」 「帝国海軍、ソロモン諸島にて大勝利!」
母は味噌汁をかき混ぜながら、うなずいた。
「やっぱり、日本は強いのね」
けれど、その声には、どこか力がなかった。
妹は、学校から帰ると、兄の手紙を何度も読み返した。
「元気です。みんなで頑張っています。」
その文面は、どの手紙にも同じように書かれていた。 まるで、誰かが書かせているように思えた。
「お兄ちゃん、本当に元気なの?」
そうつぶやいても、返事はなかった。
町では、戦果を伝えるビラが配られた。
「米英撃滅!帝国軍、連戦連勝!」
八百屋の親父が、それを読み上げながら言った。
「こんなに勝ってるのに、なんで配給が減るんだろうな」
祖母は、黙って干し芋を刻んでいた。
「勝ってるなら、もっと米が来てもいいはずじゃがねえ」
学校では、先生が黒板に大きく書いた。
「勝っているからこそ、我慢が必要なのです」
男子たちは、竹槍を握りしめて叫んだ。 「突け!突け!鬼畜米英を倒せ!」
女子たちは、包帯を巻く練習をしながら、目を伏せた。
ある日、町に新しい戦果が伝えられた。 「帝国海軍、ミッドウェー沖にて大勝利!」
人々は拍手し、万歳を叫んだ。 けれど、父は新聞を見つめたまま、煙草に火をつけた。
「……空母が、戻ってこないらしい」
その言葉に、母は顔をしかめた。
「そんなの、嘘よ。ラジオでは勝ったって言ってたわ」
「……そうだな。勝ったんだろうな」
父の声は、どこか遠かった。
妹は、夜、こっそりと兄の手紙を並べてみた。 どの手紙にも、同じ言葉が並んでいた。
「元気です」「頑張っています」「心配しないでください」 まるで、型にはめられたような言葉たち。
「お兄ちゃん……ほんとは、何があったの?」
その問いは、夜の静けさに吸い込まれていった。
町は、まだ勝利を信じていた。 けれど、その「勝利」は、どこか遠く、ぼんやりと霞んでいた。 空の色は、確かに変わっていた。 それでも、人々は目をそらさなかった。 「信じること」が、唯一の支えだったから。
町の空は、灰色の雲に覆われる日が増えた。 けれど、ラジオは今日も晴れやかな声で言った。
「帝国軍、ニューギニアにて敵を殲滅!」 「我が海軍、ガダルカナル島にて大勝利!」
母は、湯気の立つ味噌汁を前にして、ぽつりとつぶやいた。
「勝ってるのに、どうしてお米が減るのかしらね」
祖母は、黙って干し芋を煮ていた。
妹は、学校の帰り道、駅前の掲示板を見た。 そこには、戦死者の名前が並んでいた。
兄の名前は、まだなかった。 けれど、同級生の兄の名前が、そこにあった。
その子は、次の日から学校に来なくなった。
教室では、先生が言った。
「戦死は名誉です。神の国のために命を捧げたのです」
男子たちは、拳を握りしめた。 女子たちは、目を伏せた。 妹は、黒板の「名誉」という字を見つめながら、兄の顔を思い出していた。
「名誉って、帰ってこないことなの?」
ある日、父が新聞を読んでいた。 記事には「帝国軍、ガダルカナル島にて敵を圧倒」と書かれていた。
けれど、父はその文字を指でなぞりながら、ぽつりと言った。
「……撤退って言葉が、隅に書いてある」
母は、顔をしかめた。
「そんなの、間違いよ。勝ったって言ってたじゃない」
「……そうだな。勝ったんだろうな」
父の声は、ますます遠くなっていた。
妹は、夜、兄の手紙を読み返した。 「元気です」「頑張っています」「心配しないでください」 その言葉が、だんだん怖くなってきた。
まるで、誰かが兄の声を奪ってしまったようだった。
「お兄ちゃん……ほんとは、何を見てるの?」
町では、戦果のビラが配られ続けた。 「帝国軍、連戦連勝!」 「鬼畜米英、壊滅寸前!」 けれど、八百屋の棚は空っぽだった。
祖母は言った。
「勝ってるなら、なんで干し芋ばっかり食べとるんじゃろうねえ」
誰も答えなかった。
妹は、帰り道で空を見上げた。 その空は、どこか冷たく、遠かった。
「お兄ちゃん、見えてる? この空」
その声は、風に消えていった。
町は、まだ勝利を信じていた。 けれど、その「勝利」は、紙の上にしかなかった。 人々は、目をそらすことに慣れていった。
「信じること」が、痛みを和らげる薬になっていた。 そして、妹は少しずつ、「信じること」の意味を考え始めていた。
雪が降った。 福岡の町は、白く静まり返った。 けれど、ラジオは今日も晴れやかな声で言った。
「帝国軍、インパールにて敵を撃退!」 「我が海軍、ラバウルにて大勝利!」
母は、湯気の立たない味噌汁を前にして、箸を置いた。
「勝ってるのに、どうして灯油が足りないのかしらね」
祖母は、黙って新聞紙を窓に貼っていた。
「昔の戦でも、寒さが一番こたえたよ」
妹は、学校の帰り道、駅前の掲示板を見た。 そこには、戦死者の名前がまた増えていた。
兄の名前は、まだなかった。 けれど、見覚えのある名前が、いくつも並んでいた。 その夜、妹は夢を見た。
兄が、何も言わずに立っていた。 その顔は、笑っていたけれど、目が見えなかった。
翌朝、母が言った。 「手紙、来てないわね」
父は、新聞を折りながら、ぽつりとつぶやいた。
「……戦況が悪くなると、手紙も減る」
その言葉に、母は顔をしかめた。
「そんなことないわ。勝ってるんだから」
「……そうだな。勝ってるんだろうな」
父の声は、もう誰にも届いていなかった。
学校では、先生が言った。
「我が帝国は、神の国です。必ず勝利します」
男子たちは、拳を握りしめた。
女子たちは、包帯を巻く手を止めなかった。 妹は、黒板の「勝利」という字を見つめながら、心の中でつぶやいた。
「勝つって、どういうこと?」
その日、妹は帰り道で空を見上げた。 雪は止んでいた。 けれど、空は、どこまでも灰色だった。
「お兄ちゃん、見えてる? この空」
その声は、風にも届かなかった。
家では、千人針の箱が、押し入れの奥にしまわれた。 母は、ラジオをつける時間が短くなった。
父は、新聞を読まずに、ただ火鉢の前で煙草を吸っていた。 祖母は、干し芋を煮ながら、ぽつりと言った。
「神風は、もう吹かんのかねえ」
町では、誰も「勝った」と言わなくなった。 けれど、誰も「負けた」とも言わなかった。 沈黙が、町を覆っていた。 妹は、その沈黙の中で、初めて「問い」を持った。 「信じることって、誰のためにあるの?」
その問いは、まだ言葉にならなかった。 けれど、胸の奥で、静かに灯っていた。 それは、誰にも見えない、小さな火だった。
風が強い日だった。 福岡の町には、まだ桜が咲いていたが、誰も見上げようとはしなかった。
駅前の掲示板には、戦死者の名前がまた増えていた。 妹は、兄の名前を探す手を、少しだけ震わせた。
そこには、まだ載っていなかった。 けれど、見覚えのある名前が、もう数えきれなくなっていた。
家では、母がラジオをつける時間をさらに短くした。
「勝ったって言ってるけど、もういいわ」
そう言って、味噌汁に塩をひとつまみだけ入れた。 祖母は、干し芋を煮る鍋の前で、ぽつりと言った。
「神風は、もう吹かん。風の音が違う」
父は、新聞を読まずに、火鉢の前で煙草を吸っていた。 その煙は、部屋の隅に漂いながら、何も語らなかった。
妹は、兄の手紙を並べてみた。 「元気です」「頑張っています」「心配しないでください」 その言葉が、もう兄の声には思えなかった。
学校では、先生が言った。
「我が帝国は、神の国です。最後の勝利は必ず訪れます」
男子たちは、竹槍を握りしめた。 女子たちは、包帯を巻く手を止めなかった。 妹は、黒板の「勝利」という字を見つめながら、心の中でつぶやいた。
「勝つって、誰が決めるの?」
その日、妹は帰り道で空を見上げた。 空は、どこまでも白く、風が冷たかった。
「お兄ちゃん、見えてる? この空」
その声は、風にも届かなかった。
夜、妹は机に向かって、初めて兄に手紙を書いた。
「お兄ちゃん、私は信じてるよ。 でも、何を信じてるのか、わからなくなってきた。 勝つって、帰ってくるって、みんな言うけど、 私は、お兄ちゃんの声が聞きたい。 本当の声が、聞きたい。」
その手紙は、封筒に入れられたまま、机の引き出しにしまわれた。 出すことはなかった。 けれど、その手紙を書いたことで、妹の中の火は、少しだけ強くなった。
町では、誰も「勝った」と言わなくなった。 けれど、誰も「負けた」とも言わなかった。 沈黙は、町を覆い続けていた。 妹は、その沈黙の中で、初めて「声」を持った。 それは、誰にも聞こえない、小さな声だった。 けれど、確かに、そこにあった。
春が終わり、夏が近づいていた。 福岡の町には、麦畑の匂いが漂い始めていたが、誰もその香りに気づこうとはしなかった。 駅前の掲示板には、戦死者の名前がまた増えていた。妹は、兄の名前を探す手を、もう震えなくなっていた。 それは、慣れではなく、覚悟だった。
家では、母がラジオをつけることをやめた。 「もう、勝ったって言われても、何も変わらないもの」 そう言って、味噌汁に塩を入れる手を止めた。 祖母は、干し芋を煮る鍋の前で、ぽつりと言った。 「神風は、もう吹かん。風の音が違う」 父は、新聞を折りたたんだまま、火鉢の前で煙草を吸っていた。 その煙は、部屋の隅に漂いながら、何も語らなかった。
妹は、机の引き出しから、あの手紙を取り出した。 「お兄ちゃん、私は信じてるよ。 でも、何を信じてるのか、わからなくなってきた。」 その文面を見つめながら、彼女は新しい紙を取り出した。 今度は、誰にも見せないつもりだった。 「お兄ちゃん、もしも帰ってこなかったら、私はどうしたらいいの?」 その問いは、文字になった瞬間、涙に滲んだ。 けれど、彼女は泣かなかった。 その涙は、静かに紙に吸い込まれていった。
学校では、先生が言った。 「最後の勝利は、神の国に与えられた運命です」 男子たちは、竹槍を握りしめた。 女子たちは、包帯を巻く手を止めなかった。 妹は、黒板の「運命」という字を見つめながら、心の中でつぶやいた。 「運命って、誰が決めるの?」
その日、妹は帰り道で空を見上げた。 空は、どこまでも白く、風が冷たかった。 「お兄ちゃん、見えてる? この空」 その声は、風にも届かなかった。 けれど、妹の胸の奥には、確かに火が灯っていた。 それは、誰にも見えない、小さな火だった。 でも、その火は、もう消えそうにはなかった。
昭和二十年八月十五日。 福岡の町は、蝉の声に包まれていた。 昼過ぎ、ラジオから流れた天皇陛下の声は、町の空気を一瞬で変えた。 「耐え難きを耐え、忍び難きを忍び…」 その言葉の意味を、すぐに理解した者は少なかった。
八百屋の前では、人々が肩を寄せ合ってラジオに耳を傾けていた。 「……え? 勝ったんじゃないの?」 「いや、これは……終わったってことか?」 「でも、ラジオはずっと勝ってるって言ってたじゃないか」 誰かがそう言うと、周囲が静まり返った。
母は、味噌汁の鍋の前で立ち尽くしていた。 「負けたなんて……そんなはずないわ」 祖母は、干し芋を煮る手を止めて、ぽつりと言った。 「神風は……吹かんかったんかねえ」 父は、新聞を折りたたんだまま、火鉢の前で煙草に火をつけた。 その煙は、部屋の隅に漂いながら、何も語らなかった。
学校では、先生が壇上で言葉を探していた。
「……我が帝国は、尊い犠牲を払いました。これは……名誉ある終戦です」
男子たちは、竹槍を握りしめたまま動けなかった。 女子たちは、包帯を巻く手を止めて、ただ空を見上げた。 妹は、黒板の「名誉」という字を見つめながら、心の中でつぶやいた。 「名誉って、負けても言うの?」
町では、誰も「負けた」と言いたがらなかった。 「終わっただけだ」「これは一時のことだ」「天皇陛下がそうおっしゃったんだから」 そんな言葉が飛び交った。 けれど、八百屋の棚は空っぽだった。 配給は止まり、灯油も尽きかけていた。 妹は、駅前の掲示板を見た。 兄の名前は、まだ載っていなかった。 けれど、見覚えのある名前は、もう数えきれなかった。
その夜、妹は机に向かって、もう一度手紙を書いた。 「お兄ちゃん、終わったって言われたよ。 でも、町の人は、誰も負けたって言わない。 みんな、信じてたから。 ずっと信じてたから。 私も、信じてた。 でも、今は……お兄ちゃんの声が、聞きたい。 本当の声が、聞きたい。」
その手紙は、封筒に入れられたまま、机の引き出しにしまわれた。 出すことはなかった。 けれど、その手紙を書いたことで、妹の中の火は、また少しだけ強くなった。 それは、誰にも見えない、小さな火だった。 でも、もう消えそうにはなかった。
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