第10話: エピローグ ――そして、春が来るまで


冬の夜、クリスマスの灯り

十二月の夜、私の家のリビングは柔らかな光に包まれていた。
小さなクリスマスツリーの電飾が、壁に星の影を落とす。
美咲が脚立に乗って、てっぺんに星を飾り終えた。
「できた! ――見て、あかり。完璧でしょ?」
優花はオーブンから、ふわりと甘い香りを漂わせてケーキを取り出した。
「イチゴのショートケーキ……三人分、同じサイズで」
私はソファに座って、二人の動きを眺めていた。
――三人だけのクリスマス。
学校では「友達とパーティー」と言い訳してある。
本当は、家族の時間。

プレゼントの山が積まれる。
美咲が大きな箱を押しつけてくる。
「開けて! ――バスケ部の新作ジャージ。背中に『AKARI』って入ってるんだ」
優花は恥ずかしそうに小さな包みを差し出す。
「手編みのマフラー……三人分、同じ色で。夜中に編みました」
私は立ち上がって、二人の頰にそっと唇を寄せた。
「ありがとう。――私からは、これ」
厚いアルバム。
表紙には、私たちの写真。
体育祭のゴールテープ、文化祭のメイド服、映画館のチケット、海辺の貝殻、紅葉の葉。
ページをめくるたびに、笑い声が聞こえてきそうだった。
三人でソファに座り、膝を寄せ合って見る。
美咲が私の肩に頭を預け、優花が私の膝に手を置く。
――温かい。
外は雪が降り始めていた。

夜更け、ベランダで手持ち花火。
ぱちぱちと火花が散り、闇を切り裂く。
美咲が私の手を握りしめる。
「来年も、再来年も――三人で」
優花が私の腰にそっと手を回す。
「ずっと……約束」
花火の光が、三人の顔を照らす。
――これが、私たちのクリスマス。

正月の朝、雪の神社

一月の朝、雪がちらつく中、三人で神社へ向かった。
白い息を吐きながら、鳥居をくぐる。
美咲が賽銭箱に小銭を投げ込み、大きく手を合わせる。
「大吉引くぞ!」
優花は小さな絵馬に筆を走らせる。
「――三人で、幸せに」
私は二人の間に立ち、静かに目を閉じた。
――健康で、笑顔で、ずっと一緒に。
おみくじは三人とも大吉。
美咲が跳ねて喜び、優花が小さく微笑む。
――縁起がいい。

夜明け前、海へ。
冷たい砂浜に、三人分の足跡が並ぶ。
水平線が薄紫に染まり、ゆっくりと太陽が顔を出す。
オレンジの光が海を黄金に変える。
美咲が私の唇にそっとキス。
優花が私の頰にそっとキス。
――新年の挨拶。
風は冷たいけれど、心は温かかった。

卒業式前日、夕暮れの教室

三月、卒業式前日。
2年A組の教室は、片付けの喧騒に包まれていた。
美咲が黒板に大きなチョークで書く。
『あかり・美咲・優花 永遠に』
優花がポスター用紙に、三人の似顔絵を描く。
――文化祭のメイド服、体育祭のジャージ、図書室の眼鏡。
私は机に腰掛けて、二人の背中を見つめていた。
――もうすぐ、3年生。
でも、私たちは変わらない。

放課後、屋上。
桜のつぼみはまだ固い。
風が少し冷たい。
美咲が私の背中から抱きしめる。
「大学行っても、三人で」
優花が私の手を握る。
「――ずっと、一緒に」
夕陽が、三人の影を長く伸ばす。
――約束。

春、満開の桜の下

四月、新学期。
校庭の桜が満開に咲き誇る。
三人で、いつものベンチに座る。
美咲の唐揚げ、優花のサンドイッチ、私の卵焼き。
――変わらない味。
クラスメイトがからかう。
「また三人で?」
私は笑って答える。
「――家族だから」
桜の花びらが、風に舞い、私たちの髪に降り注ぐ。
――春が来た。

十年後の朝、いつものアパート

十年後、私たちは二十七歳。
同じ街の小さなアパート。
玄関には、三人分の靴が並ぶ。
美咲はスポーツトレーナー。
朝早くジムへ行き、夜は筋トレの話を熱く語る。
優花は絵本作家。
机に向かい、静かに筆を走らせる。
私は美術教師。
放課後、子どもたちに絵を教える。
――三人で働いて、三人で暮らす。

朝、キッチンでコーヒーの香り。
美咲が豆を挽き、優花がトーストを焼く。
私はテーブルに座って、新聞を広げる。
美咲が私の頰にキス。
優花が私の手にキス。
――変わらない挨拶。
「行ってきます」
三人で玄関に立ち、靴を履く。
――今日も、普通の一日。

夜、リビングでソファに並ぶ。
テレビに映るのは、昔の写真。
体育祭の汗、文化祭の笑顔、海辺の貝殻、雪の初日の出。
――全部、残っている。
美咲が私の肩に頭を預ける。
「ねえ、あかり。――幸せ?」
優花が私の膝に手を置く。
「あかりさん……私、幸せです」
私は二人の手を握る。
「――私も。
三人で、ずっと」

終わりなき春

外の銀杏並木は、もう緑の葉を茂らせる。
春風がカーテンを揺らす。
三人でソファに横になり、手を繋いで眠る。
――これが、私たちの物語。
始まりは、高校二年の秋。
終わりは、ない。
――三人で、永遠に。

私は目を閉じる。
夢の中で、美咲と優花が笑っている。
三人で歩いている。
桜の花びらが、舞い散る。
――春が、来るたびに。
私たちは、また手を繋ぐ。

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鈍感な私と、二人の恋 @gato_huki

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