第8話:告白

火曜日の放課後。
空は茜色に燃え、グラウンドの銀杏が風に揺れて、金色の葉が舞い散る。
体育祭の練習はすでに終わり、生徒たちはぞろぞろと帰路についていた。
校舎の影が長く伸び、ジャージ姿の後輩たちが笑いながら通り過ぎる。
私は、グラウンドの隅——体育倉庫の影にある古びたベンチに座り、二人を待っていた。

手が震える。
制服のスカートの裾を握りしめ、スマホを何度も開く。
昨日のメッセージを確認する。
『明日、体育祭の練習の後、グラウンドの隅で待ってる。
話したいことがある』

――送信済み。
美咲からは『了解! 絶対行く♡』
優花からは『……わかりました。待ってます。ドキドキしてます』

時計は16:42。
練習が終わって12分。
もう、来る頃だ。

遠くから、元気な声。
「あかりー! 待たせたー!」

美咲が、ジャージ姿のまま駆けてくる。
ポニーテールが跳ね、頰が少し赤い。
ジャージの袖をまくり上げ、汗が光る。
「先生に捕まってさ、最後の片付け手伝わされて」

「ううん、今来た」

美咲は私の隣にドカッと座り、
「で? 話って――優花も来るんだよね?」

そのとき、静かな足音。
体育館の角から、優花が現れる。
制服の上に薄いカーディガン、手にはスケッチブック。
眼鏡の奥の瞳は、少し腫れている。
唇を噛み、足取りが重い。

「あかりさん……美咲さんも、いたんですね」

美咲は立ち上がり、
「当たり前じゃん。私も呼ばれたんだから」

優花は俯き、
「……そう、ですか」

空気が、ピンと張り詰める。
風だけが、グラウンドを吹き抜ける。
銀杏の葉が、ベンチの周りを舞う。

私は深呼吸して、立ち上がる。
――今だ。

「二人とも、聞いてくれてありがとう」

声が、少し震える。
「昨日、二人から……気持ちを聞いた。
――私、鈍感だった。
ずっと、気づかなかった。
美咲の視線も、優花の涙も、全部」

美咲が、
「あかり……」

優花が、
「あかりさん……」

私は、続ける。
「でも、昨日、気づいた。
二人と過ごした時間が、どれだけ大切か。
体育祭で、一緒に走ったこと。
文化祭で、メイド服で笑ったこと。
映画館で、手を繋いだこと。
図書館で、本を読んでくれたこと。
――全部、全部、大好き」

二人の瞳が、私を捉える。
「だから――」

私は、息を吸う。
「私も、二人を好き。
友達じゃなくて、恋として」

美咲の目が、大きく見開かれる。
優花は、涙をこらえるように唇を噛む。

「でも、選べない。
美咲も、優花も、どっちも大事。
――だから、聞いてほしい」

私は、一歩前に出る。
「この世界では、一夫多妻も、同性婚も、認められてる。
三人で、幸せになれる?」

沈黙。
風だけが、グラウンドを吹き抜ける。
遠くで、後輩たちの笑い声が聞こえる。

美咲が、最初に口を開く。
「……え? 三人で?
あかり、真剣に言ってる?」

優花が、小さく頷く。
「私……美咲さん、嫌いじゃない。
でも、あかりさんのこと、譲りたくないって、思ってた」

美咲は、頭を掻いて、
「私も、優花のこと、嫌いじゃない。
ライバル視してたけど……
でも、あかりのことは――」

二人の視線が、私に集中する。
私は、微笑む。
「私、二人を悲しませたくない。
でも、選べない。
――だから、三人で、付き合ってほしい」

美咲が、
「三人で……?
それって、どういうこと?」

私は、二人の手を取る。
「美咲の手は、温かくて、力強い。
体育祭でバトン渡されたとき、映画館で手を繋いだとき、いつも安心する。
優花の手は、冷たくて、優しい。
図書館で本をめくるとき、カフェでケーキをシェアするとき、いつも癒される。
――どっちも、離したくない」

美咲が、照れくさそうに笑う。
「バカ……そんなこと、言われても。
でも、なんか……悪くないかも」

優花が、涙を拭って、
「私……嬉しいです。
でも、美咲さんと、うまくやれるか……
私、口下手だし」

美咲が、優花の手を握る。
「私も、優花のこと、嫌いじゃない。
――あかりが真ん中なら、やってみよう。
三人で、弁当食べたり、デートしたり」

優花が、頷く。
「私も……頑張ります。
ケーキ、作ってきます。
三人で、食べましょう」

私は、二人の手を、ぎゅっと握る。
「ありがとう。
――これから、三人で」

夕陽が、グラウンドをオレンジに染める。
三人で、ベンチに座る。
美咲が、私の右肩に頭を預ける。
優花が、私の左肩に頭を預ける。
――温かい。

美咲が、
「じゃあ、明日から――
三人で、弁当食べよう。
私の唐揚げ、優花のサンドイッチ、あかりの卵焼き」

優花が、
「私、ケーキ、作ってきます。
モンブランと、ショートケーキ」

私は、笑う。
「うん。
――三人で、ずっと」

風が、銀杏の葉を舞い上げる。
三人で、手を繋いで。
――これが、私たちの始まり。

家に帰って、ベッドに倒れ込む。
スマホを開く。
三人で、グループLINEを作る。

『三人で、明日も会おう』

美咲から、すぐに返信。
『了解! 朝練、一緒に! 三人で走ろう』

優花から、
『図書室で、朝読書……三人で。
本、選んでおきます』

私は、笑って、返信する。
『約束。
――大好き』

外の銀杏並木が、風に揺れる。
――明日から、三人で。
学校で、弁当を食べ、部活をし、帰り道を歩く。
――三人で、ずっと。

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