サブスク悪役令嬢

しまえび

悪役令嬢は突然に

「おめでとうございます! 本日よりあなたは、悪役令嬢です!」


「……は?」


 え、なんだ今の声? 誰?


 頭の奥で無機質な電子音みたいなのが鳴ったかと思った瞬間、まぶしさに目を細めた。


「……ってか、ここどこ?」


 天井がやたら高い。カーテンも分厚い。あと、なんかめっちゃキラキラしてる。


 ……これは、スカート? にしては長いよね? ってか、めっちゃ豪華じゃん! こ、これはドレスでは?!


 反射的に近くにあった豪華な全身鏡を見る。

 知らない女がいた。

 金髪。巻き髪。まぶしいドレス。やたらと視界にピンクとかフリルとかが多すぎる。

 いや、待って、こんな夢みたいな状況ある?


 ……待てよ。そうだ、昨日私は一人で宅飲みしていたはず。

 スマホで見た珍しい広告に惹かれた記憶があるな。たしか、「初回無料 あなたも刺激的な悪役令嬢ライフを〜」みたいな広告だった気がする。

 ノリでタップして、そんで、たぶんそのまま寝たんだ。

 ……寝たよな? 寝て起きたら、これ? これ現実?


 私が混乱しながら頬をつねろうとした瞬間、ドアが勢いよく開かれた。


「お嬢様! お目覚めですか!」


 慌てた様子で、いかにもメイド服な女性が飛び込んできた。

 うわぁ、綺麗だなぁ。本物のメイドさんなのかなぁ。……いやいやそうじゃなくて。


「なにこれ! 説明してよ!」


 私の脳内の独り言が、つい口を突いて出た瞬間、彼女の顔が青ざめる。


「ひっ……ごめんなさい。ノックもせずに入ってしまいました。お嬢様〜! どうかお許しください〜」


 泣きながら謝罪をするメイド。

 いやいやいやいや、待ってくれ。これ泣かせたの私?! そんなに口調きつかったかな?

 ふと頭の奥で、またあの電子音が鳴る。


『悪役令嬢・断罪ルートへ移行しますか?』


「いや移行しなくていいから!」


『移行、確定しました』


「……え、確定ってなに!? キャンセル! キャンセルボタンどこ!?」


『断罪ルート、開始します』


「え、待って、開始って何を……」


 言い終わる前に、視界がぐにゃりと揺れた。

 世界が早送りされるような気持ちの悪い感覚。

 目を開けたら、もう私は別の部屋に立っていた。


 豪華なサロン。テーブルの上のティーカップが倒れて、紅茶がこぼれている。

 目の前の平民のような格好の少女は泣いていた。

 そして私の手には、こぼれたカップの持ち手が握られている。


「おほほ……この紅茶、いかにも薄汚い平民の味ですわねぇ!」


 自分の口が勝手に動いた。

 声が、他人のものみたいだった。

 目の前の少女が、怯えたように震える。


『ヘイト値上昇:+15%』


 上昇ってなに!? ちょ、ちょっと説明を……!


 訳のわからぬままに、また視界が歪む。

 舞台が変わる。

 今度は廊下。メイドが膝をついて、床に散らばった花瓶の破片を拾っていた。


「お嬢様……どうかお許しを……」


 いや、違う。私は何もしてない。

 けど口が勝手に動く。


「あなたのような出来損ない、見てるだけで不快だわ! 今すぐ私の目の前から消えなさい!」


『ヘイト値上昇:+20%』


 頭の奥がガンガンする。

 やばい、止まらない。どうしよう。

 身体が勝手に悪役令嬢を演じている。


 気づけば舞踏会の会場。

 音楽、笑い声、そしてざわめき。

 このパーティーの主催であろう、王子のような少年が立っていた。こっちを冷ややかな目で見ている。

 私は一人の令嬢に勝手に近づいて、笑った。


「まぁ、あなた男爵令嬢の身分で、随分と図々しいのね?」


 またしても止められない。声が勝手に、喉をついて出てくる。

 周囲が凍りつく。誰もが息を呑む。


『ヘイト値上昇:+40%』


 視界の端に、見えないゲージがあった。

 赤く、少しずつ満ちていく。


 ……やめて、やめろって! こんなの、私じゃない!


『シナリオ進行中。操作はできません』


 操作できませんじゃないってば!


 胸が苦しい。呼吸が浅い。

 脳が焼けるように熱い。

 ゲージの赤が、もう溢れそうだった。


 そして、世界が止まった。

 誰も動かない。

 音も、風も、全部が静止している。

 王子だけが、こちらに顔を向けていた。


「――断罪を」


『ヘイト値オーバーフロー。断罪イベント発動』


 鐘の音。

 視界が暗転する。

 人々の笑い声が反響して、ノイズのように耳を突いた。


 そして気づけば、私は広場に立っていた。

 群衆の笑顔。塗りつぶされた瞳。

 鐘の音が遠くで鳴った。

 風が吹きつけ、頬を切るように冷たい。

 広場の中央。私は斬首台の上に立っていた。

 足が震える。鎖の音が鳴るたびに、背中に冷たい金属が触れる。


「いや……いや待って! これはサブスクでしょ!? 演出だよね!?」


 返事はない。

 群衆は静まり返り、王子がゆっくりと剣を掲げた。

 その目に、感情はなかった。


『これより断罪イベント最終段階を実行します』


 視界の端、ゲージが真っ赤に光り、弾けた。

 空気が震える。音が消える。

 誰もが静止した中、王子だけが口を開いた。


「お前は民を惑わせ、王家の名を貶めた。これより、その罪をもって断罪とする」


 剣が振り下ろされる。

 白い光が、目の前に迫る。


「やめ――っ!」


 叫んだ瞬間、世界が反転した。



 * * *



 ――息が苦しい。

 目を開けると、見慣れた天井。

 私はテーブルに突っ伏して寝ていた。


「……うわ、最悪。寝落ちしてた……?」


 頭がズキズキする。喉が渇いて、シャツが汗で張りついている。

 グラスの中には、溶けた氷と残り少ないハイボール。

 カーテンの隙間から、朝の光が漏れ出している。


「……夢か。マジでやな夢見たなぁ」


 椅子を引いて立ち上がる。

 汗をぬぐいながら、頭を軽く叩いた。


「うっ、気持ちわる。二日酔いだし、汗だくだし……軽くシャワー浴びてこよ」


 脱衣所へ向かう足音が遠ざかる。

 静まり返ったリビングのテーブルの上で、スマホがふっと明るくなった。

 誰もいないのに、画面の上にFace IDのマークが浮かぶ。

 スキャンの輪が一度だけ光を放ち、ロックが解除された。


 数秒の間。

 白い画面が自動で読み込みを始める。

 やがて、文字が浮かび上がった。


「悪役令嬢プレミアム 本契約が完了しました」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

サブスク悪役令嬢 しまえび @shimaebi2664

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ