【1話】ハジマリノオワリ-2

 ホテルを出て大通りを歩く。朝まで一緒にいたと思われる男女が腕を組みながらすれ違う度、胃がムカムカする。モヤモヤしたものがみぞおちのあたりでぐるぐるとうず巻く。このモヤモヤは何だ。そう、二日酔いだ。なんでも二日酔いのせいにして、自己完結させる。

 とりあえず、水としじみの味噌汁でも買って早く帰ろう。こういうときはしじみの味噌汁に限る。しじみは酔っ払いにとってのエリクサーなのだ。もし、異世界に転生したとしても、俺はエリクサーの代わりにしじみの味噌汁を持ち歩く自信がある。


 交差点へ差し掛かった。信号は赤。駅はすぐそこなのにもどかしい。幸い、休日の朝なので人通りはさほど多くなく、街はまだ眠ったままに感じる。ふと駅のほうを見ると、特急が滑り込んでくるところだった。あれに乗りたい。わしはあれに乗ろうと思う。この特急を逃せば、二十分は帰宅が遅くなる。信号は赤だけど交通量も少ないし、まあいいや。渡ってしまおう。そう思って、足を踏み出した瞬間だった。視界の端に何か赤いものが飛び込んで来るのが見えた。それはとてつもない速度で、俺に向かって迫ってきていた。


 …ああ。俺、死んだな。


 静かな春の朝に轟くブレーキ音。そして、人の悲鳴。

 どうやら俺は、マイクロバスに轢かれたらしいのだ。始まりの季節に、終わる人生。二十一年と少し、短かったな。それにしても、こういうときは走馬灯でも見るのがお約束だろう。しかも轢かれるのトラックじゃなくて、なんでマイクロバスなんだ。王道をちょっとずつ外してくるのは何なんだ。って、意外にツッコミしてる余裕あるな。でも、いいのか?俺の最期の瞬間がこんな雑なツッコミでいいのか?いや、良くないだろう。どうせならもっと―…。


 身体が、宙を舞った。同時に、どこからか声が聞こえた気がした。


 ―…忘れてました。ハッピーメリークリスマス!


 薄れゆく意識の中、最期に認識したのは、ポケットから零れ出たらしく舞う一枚の写真と、鈴の音がシャンシャンと季節はずれの最悪なクリスマスソングを奏でている音だった。



 

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