第16話 尋問開始


「へ?」


 瞬間、全てのウェイトレスが宙を舞う。俺を中心に展開された魔力障壁の衝撃波が彼女達を吹き飛ばしたのだ。障壁は内側の者を守る一方で外部からの侵入を拒む防御特性を持つ。だがその性質を利用すれば攻撃にも転用可能だ。


「きゃあっ!」

「なんなのこれ!?」


 床に叩きつけられたウェイトレス達が苦悶の声を上げる。明らかに予想外の事態に動揺を隠せていない。


「ば、馬鹿なっ!何が起こったのです!?」

「言ったろ?あんたらの方が危険かもしれんって。ここからどうするつもりだ?」

「くっ……」


 床に伏したウェイトレス達が再び立ち上がる。額から血が滴り落ちている者もいる。彼女達は憎悪の眼差しを俺に向けている。 


「おのれ……私達は帝国が誇る精鋭部隊。こんな魔力障壁ごときで諦める訳には……!」

「帝国?お前ら、まさか……」 

「黙りなさい!アンタみたいなガキに構ってる暇は無い!エアハート王族の情報さえ聞き出せればいいんだから!」


 お前が先に話を振ってきたんじゃねえか……まあいい。どうやら彼女達のバックには帝国が控えているらしい。アリスの手がかりがこんな所にあるとは。


「帝国関係者なら話は別だ。悪いが、色々と教えてもらうぞ」

「舐めるな小僧!こちらも本気で……!」


 言い終わるよりも前に、俺は再度魔力障壁を展開した。


「なっ!?」


 再び吹き飛ばされるウェイトレス達。二度目の衝撃で更にダメージを負い、呻き声を上げている。


「ひ、ひぃ……!」

「なんなのこのガキ……!魔力量が普通じゃ……!」


 怯えた表情を浮かべるウェイトレス達。見逃すつもりはない。

 こいつらが帝国の人間だとわかった以上、多少手荒な手段に出ることになろうときかなければならないことがあるのだ。


「アリス・ルノワール。当然知ってるよな?」

「は、はぁ?何であんたがアリス様の名を……!」


 驚愕の表情を浮かべるウェイトレス。その反応だけで十分だ。


「少し興味があってな。知ってることがあるなら喋ってもらおうか」

「ふ、ふざけんな!誰がお前などに……!」


 想定内の答え。俺は人差し指に魔力を込め、それをピストルのようにウェイトレスの一人の眼球に狙いを定める。

 そして、そのまま引き金を引くイメージで弾丸を放った。


「ぎゃああああああああああっっ!!!」


 悲鳴と共に彼女の片目が破裂した。凄まじい血飛沫が飛び散り、店内は鮮血に染まる。残りのウェイトレス達は恐怖のあまり震え上がっている。


「目がっ……私の目がぁっ……!!」

「あ、あんた……!」

「女の子にここまで酷いことするなんて……!」

「最低!クズ野郎っ!!」


 罵詈雑言が飛んでくるが気にしない。先に理不尽を働いてきたのは向こうなのだ。


「さぁて、次はどいつにするかねぇ」


 再び人差し指を向けると全員が恐怖で凍りつく。このまま無抵抗に情報を吐くならそれでよし。そうでなければ次は喉を潰してやろうかと考えていた矢先……。


「ちょ、ちょっと待って!あたしは違うぞ!」

「私も関係ない!」

「私はただ雇われていただけなんです!本当です!信じてください!!」


 いきなり命乞い、責任の押し付け合いを始めた。何とも情けない光景だ。まあ、予想はしていたが。


「答えろ、あの女はお前ら帝国にとってどういう存在だ?」

「わ、わかりました……話します……だから命だけは……」


 一番近くに倒れていたウェイトレスに問いかけると涙ながらに懇願してきた。

 とりあえずは従順になったようだ。これでようやく核心部分に踏み込むことができる。


「あ、アリス様は帝国の魔力発展に貢献したお方です。彼女の知識と技術によって崩壊状態にあった帝国の魔力理論は飛躍的に進歩しました」

「それで?」

「お、多くの功績を挙げたアリス様は国王直々に爵位を与えられました。彼女は帝国に莫大な恩恵をもたらした英雄なの……です」

「英雄ねぇ……」

「あああぁぁ!お願いです!このことについてはこれ以上聞かないで下さい!!」


 ウェイトレスが半狂乱になって叫ぶ。どうやらこれ以上話すと罰せられるらしい。

 まあ、あのクソ妹が英雄と崇められているのは正直不快だが、今は気にしないでおこう。


「あんたらがエアハートを狙う理由はなんだ?アリスの指示か?」

「いえ、それに関しては別です。私達は帝国の下級兵士に過ぎません。詳細までは知らされていません」

「へぇ……」


 この店は恐らく帝国と繋がりのある拠点なのだろう。そしてエアハートを狙う理由も彼女達は知らない。


「後ろのあんたらはどうだ?アリスの知り合いか?」

「わ、私達も何も知らされてないですぅ……」

「帝国軍が動いてるのは確かだけど……」


 他のウェイトレスも同様の返答。つまり、エアハートと帝国との間に何らかの対立が生じており、帝国が干渉しようとしているわけだ。 

 そしてこの店は帝国のスパイが利用するための施設であり、彼女達は末端の人員に過ぎないのだろう。


「よしわかった。じゃあ後はお堅い教官様に話してやれ」

「は?」


 俺は懐から一枚の紙切れを取り出し、魔力を込める。あの女が言ったことが本当ならこれで連絡が取れるはずだ。

 果たしてどうなるかと思えば、一枚の紙切れはまるで意思を宿したかのように俺の掌の上で浮遊し始め、そこにいないはずの声が響いてきた。


『……ミナト君?』


 マジか。本当に連絡できるとは。まさに前世の電話のような機能に思わず感動してしまった。


「フレイア先輩か?悪い、今すぐに「ルネサンス」って店に来てほしい。エアハートを狙ってる連中がいる」

『っ!?……どうやって判ったの?』

「偶然だ。詳しい話は後でするから早く来てくれ。場所は分かるか?」

『すぐに向かうわ!15分待っていて!』


 通話が終了した。これで仕込みは完了だ。後は待つだけなのだが……俺は再びウェイトレス達に視線を向ける。


「ひぃっ!」

「し、知らない!私達は何も知らないよぉ……!」

「許してぇぇ……!!」


 先程まで威勢の良かった彼女達が怯えきっている。帝国の下級兵士とはいえここまで弱気になるとは情けない話だ。

 まあ、これ以上痛めつける必要もない。後はフレイアの仕事だろう。


「ふへへ……お姉さんの胸の感触……最高だったぜ……」


 床で呑気に寝言を呟いている同級生も放っておく訳にもいかないからな……。


 やがて十分ほどでフレイアは到着した。彼女の後ろにはエアハートの騎士団らしき者達が数人控えている。どうやら早速動いてくれたようだ。


「これは……中々に凄惨な光景ね」


 フレイアは店内の惨状に苦笑する。気絶したレイブンと血塗れのウェイトレス達を見比べながら肩を竦めた。


「皆さん、彼女達を連行してお父様に連絡を。倒れてるこの男子生徒は医療班を手配して」

「承知しました」


 フレイアの指示で騎士達が動き出す。目を潰されたウェイトレスは激しく抵抗するが大人数の屈強な男性に囲まれては為す術もない。

 残りのウェイトレス達も抵抗むなしく連行されていく。


「フレイア様、彼は?」

「ああ、彼はいいの。第一発見者だからあたしが直接事情聴取するわ」

「かしこまりました」


 騎士の一人が敬礼をし去っていく。こうしてウェイトレス達の連行は完了した。まあ当然と言えば当然だが……。


「さてミナト君。色々説明してもらえるかしら?どうしてこういう状況になっているのか」


 フレイアが微笑を浮かべつつ詰め寄ってくる。流石にこの状況では誤魔化しようがないか。簡潔に事情を説明した。


「なるほどね……なんとも奇妙な偶然があったものだわ」

「ああ、俺も正直驚いてる。帝国とエアハートは同盟国なのか?レイブンもこの店に帝国のウェイトレスがいることは知ってたし」

「同盟……と呼べるほど良好な関係ではないわ。でも一応国交は保っている。クロフォード王国ほどの交流は無いけどね」

「表向きにはか?」

「そう。でも水面下ではずっと小競り合いが続いてる。だからこうやって諜報活動をしているって訳よ」


 フレイアの表情が険しくなる。帝国とエアハートの間には確執があるということか。まあお互いがお互いを警戒しているのは明らかだが……。


「それはそれは」

「あんまり興味なさそうね。やっぱりあなた、別の目的があるのかしら?」

「まぁな。知ってることは話したし、そろそろ帰ってもいいか?疲れたんだが」


 正直一刻も早く帰りたい。こんな面倒事に巻き込まれるとは思わなかった。下手したら余計な罪に問われる可能性だってある。出来るだけ穏便に済ませたい所だが……。


「待ちなさい。まだ大事な話が残ってるでしょ?あたしと手を組むかどうか決めたのかしら?」

「あー……そうだったな」


 完全に忘れていた。そういえば以前勧誘されたんだっけか。


「言ったわよね、エアハート王国は今、敵の侵略を受けているって。今度は信じてくれるかしら?この前は随分と疑ってたみたいだったし」


 フレイアが満面の笑みを浮かべて語りかけてくる。その瞳の奥に宿る感情は読めないが……少なくとも悪い意味で俺を試そうとしていることだけは伝わる。 

 どうやら先日の件は本気だったようだ。正直彼女の提案には魅力を感じるが、迂闊に首を突っ込むのも考えものだ。


「まあ、先輩が国の為に尽くしたいってのは分かった」

「それは何よりね。ついでに、あたし達の仲間加わる気になってくれればとても助かるのだけど」

「やっぱりそういう展開かよ……」

「あなたの目的が何かは知らないけど、あたしならあなたの目的達成の為の力になれる。必ずね」

「随分と自信家なんだな」

「こうでも言わないと協力してくれないでしょ、あなたみたいな人は」


 フレイアは勝ち誇ったように笑みを浮かべる。まるで俺がこれから出す答えを予期しているかのようだ。

 事実、メリットは大きい。学院長の娘であるフレイアの協力はこれからの学院生活において非常に有利に働くだろう。 

 彼女と共に活動することで、帝国との繋がりも深めることができるとなれば決して悪い話ではない。 


「その組織ってのは学生だけのグループなのか?」

「そうね。現在のメンバーはあたしを入れて四人。全て学園内の人間よ」

「少なすぎだろ。それで実戦は可能なのか?」

「だからこそ必死に勧誘してるんじゃない。言ったでしょ?お父様の力は借りられないって。今の騎士団だってトラブル解決に緊急対応する部署なのよ。でも彼らを動かすには上層部の許可が必須だし時間がかかるの。今回はたまたま連絡が取れたからすぐ動けただけでね」

「なるほどな……」


 フレイアの言葉を聞き、俺は思案する。彼女の話を信用するなら学生の身では出来ることが限られるということだ。

 仮に協力したとして、学生レベルの力で何ができる?まあ、俺には関係ない話だが。


「入ってくれるわよね?あたし達の組織──"セレニテス"に」

「セレニテス?」

「平和と安定を意味する単語よ。陰ながら敵国に対抗する為の組織だからぴったりでしょう?」

「……名前だけは無駄に高尚だな。俺が入ったところで戦闘くらいしか出来ないぞ?」

「充分充分。というか、それが一番欲しい人材なの。お父様に力を示すのが第一目的な訳だし」

「……はぁ」


 思わずため息をつく。根負けした。こいつの押しが強すぎる。

 

「わかったよ。入ればいいんだろ。その代わり、気に入らなきゃすぐ抜けるからな」

「契約成立ね。メンバーにはあなたのことを話すことになると思うけど、構わない?もちろん他の生徒や教師に漏れるようなヘマはしないわ」

「もう好きにしてくれ」

「ふふ……これからよろしくね、ミナトくん」


 改めてフレイアと握手を交わす。こうして俺は組織とは名ばかりの学生グループ"セレニテス"のメンバーとなったのだった。 

 エアハートを狙う帝国の陰謀に挑むというフレイアの目的がどこまで真剣なのかは不明だが……アリスのことを知る為のヒントが得られるかもしれないとなればそれほど悪くはないと思うことにする。

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