第17話 模擬戦。毒口メイドの乱入



 魔力学院に入学してから約一週間が過ぎた休日。俺はフレイアに誘われ、学院敷地内の第二訓練所に赴いていた。


「来たわね。こっちこっちー!」


 訓練所の入口付近で手を振るフレイアの姿が見えた。


「せっかくの休日に何の用だよ?」

「今日はセレニテスのメンバー同士で練習試合をやるの。せっかくだから彼らの力をあなたに見せてあげようと思って」

「それは興味あるが」

「でしょう?入った入った」


 フレイアに強引に手を引かれ、訓練所へと足を踏み入れる。内部は広大な屋内空間で、魔力障壁で囲まれた戦闘エリアが設けられていた。


「へえ、思ったよりちゃんとした設備……って……」


 改めて見ると、三人の男女が既に試合中だった。その中には見覚えのある顔もある。


「はぁっ!」


 一人目の青年が両手に巨大な魔力の塊を形成し、それを相手に投げつける。

 褐色の肌に筋骨隆々とした肉体。学院指定の運動着の上からでも分かる程の逞しい体躯だ。


「甘いですよぉ!」


 それを軽々と回避したのは長い茶髪をポニーテールにし、凛とした蒼い瞳の少女……カナデだった。


「おい、まさかカナデもメンバーなのか?」

「え?あなたってカナデちゃんと知り合いなのっ?」

「まあ、いわゆる幼馴染ってやつ」


 意外な形で二人の接点が判明した。そういえば入学式にフレイアを見てぶつぶつ言ってたなと今更ながら思い出す。


「ふーん。彼女の知り合いなら丁度いいわ。今はあの二人の連携を試してるとこだから、彼女がどう破るのかを見ててあげて」


 フレイアが指さす先には、二人の男子生徒がいた。

 一方は背が高く筋肉質の少年で遠目でもわかるほどの魔力を腕の中で練っており、もう一方は眼鏡をかけて小柄だが機敏な動きで距離を保っている。


「やるぞ、デイモン!」

「ああ、レックス!言われなくても!」


 レックスと呼ばわれた筋肉質な男が両腕に巨大な魔力を溜め込み前方へ放出した。同時にデイモンと呼ばれた小柄な男が指先から小さな魔力弾を数発発射する。


「ちょっ、同時攻撃?!」


 言葉とは裏腹に、二人の放つ攻撃を前にカナデは動じず手をかざす。魔力の奔流が空中に壁を作り出し衝撃波を相殺した。


「ちっ……やはりこの程度ではダメか」

「今度はこっちから行きますよー!」

 

 カナデの猛攻に、再び筋肉男の剛腕が振り下ろされる。しかしカナデは跳躍と共にかわし、一気に間合いを詰めた。  

 魔力を乗せた剣撃が筋肉質男の腹部に炸裂する。体勢を崩すものの、それでも耐え凌ぐ。


「レックス!サポートする!」


 小柄な男が魔力弾を連続で撃ち込んで援護に回るが、カナデは全く意に介さず逆に弾き飛ばしてしまう。


「隙あり!」


 カナデの攻撃が容赦なく小柄な男へ襲いかかる。それを見た筋肉質な男が咄嗟に両腕を交差させ防御の構えを取った。しかし……


「ぐぅっ……!」


 筋肉質の男は後方に吹き飛ばされて壁に激突し意識を失ってしまった。


「レックス!」


 小柄な男が慌てて駆け寄る。しかしその隙を逃さずはずもなくカナデは一気に接近し──


「はーい、おしまい……ですっ!」


 カナデの峰打ちが小柄男の項に決まり、彼はそのまま膝をついて倒れ込がんだ。


「ゲームセット。カナデちゃんの勝ちね」


 フレイアはカナデに近づいていく。元々魔力なしの剣術に関しちゃ俺も負けるレベルだったが、魔力を纏わせた今の剣技は見事の一言だ。

 あの体格差の男相手でも一歩も譲らないあたり、彼女の実力は想像以上なのかもしれない。


「お疲れ様、カナデちゃん。上級生を相手に二対一での勝利。流石ね」

「先輩達の助言のおかげですよ。でもまだまだ課題はたくさんありますから、いずれ……あっ」


 そこまで言ってカナデはようやく俺に気づいたらしい。遠目に手を振りながら近づいてくる。  


「ミナト、来てたんだ!もしかして?」

「ああ、そこの教官様に上手く丸め込まれた」

「あら、人聞きが悪いわね」


 倒れた男を魔力治療で回復させながらフレイアが苦笑する。まあ今更文句を言う気はない。こうなった以上は付き合うしかないだろう。


「そっか。先輩のことだからいずれミナトを誘うと思ってたけど、思ったより早かったな〜」

「最初はかなり渋られたのよ?というかカナデちゃん、こんな人と知り合いならもっと早く教えてくれても良かったんじゃない?」

「あはは、すみません。どうせならもっと強くなってからミナトもセレニテスに入ってもらおうと思ってまして」

「まあ、結果的には嬉しいアクシデントのおかげで進呈もあったから感謝してるけどね……と、これでおしまい」


 回復で目覚めた二人の男子が起き上がり頭を下げてくる。どちらも整った顔立ちの美男子だ。


「ミナト・クロフォード様ですね。レックスです。平民の生まれですが今はこうしてフレイア様のチームで鍛えていただいております」

「同じくデイモンです。先ほどはお恥ずかしいところをお見せしてしまいました」


 筋肉質の男は低く通る声で自己紹介すると恭しく頭を下げてきた。続いて小柄な男も同様の作法を見せる。

 つーか固い。いくら王族とはいえこんなガチガチの挨拶なんて学院内でまでやらなくてもいいのに……。


「あーいや、そんな堅苦しくしなくても。俺後輩だし……」

「いえ、それでは……」

「教官様に聞いてるだろうが、俺も普段は平民ってことになってるんだ。だから敬語はなしにしてくれ」


 レックスとデイモンは互いに顔を見合わせて困惑の表情を浮かべる。生まれつき身分制の世界で育った者にとって王族を敬うのは当然のことなんだろうが、俺にとっては面倒な慣習でしかない。


「分かり……いや、分かった。ミナト殿」

「すみません、僕は家のしきたりで……せめて言葉遣いだけでも改めさせてもらえますでしょうか、ミナト殿」

「ああ、わかった。先輩方の好きにしてくれ」


 多少ぎこちないがそれでも親しげな雰囲気になったのは進歩だ。彼らは平民の出自でありながら学院内で上位を獲得するだけあってしっかり努力家なんだろう。

 レックスはガタイの良さを活かしたパワータイプで豪快な攻め。対してデイモンは飛び道具を主体に使ったトリッキーな戦い方とそれぞれの持ち味があるようだ。 


「自己紹介は済んだかしら。それなら、今度はミナト君に私達の力を見てもらう番じゃない?」

「いきなり模擬戦か?」

「ええ。こっちは全員で束になってかかるから、あなたは一人で対抗してみて」


 フレイアは楽しげに提案する。まるで子供に新しいおもちゃを与える母親のような顔つきだ。


「え?ミナト殿一人でですか?」

「それはいくらなんでも……」


 レックスとデイモンは心配そうな表情を浮かべる。無理もない。相手は四人で、しかも俺は単独での戦闘など普通に考えれば不利すぎる。


「大丈夫大丈夫。というかわたし達が一人一人でミナトと戦ったら、3秒で終わっちゃいますよ」


 言いながら、カナデは魔力で刃を形成し片手で軽く振ってみせる。その姿に他の三人が小さく息を呑んだのが伝わってきた。


「そういうこと。この前のリベンジをさせてもらうわよ」


 同じくフレイアも魔力を練り始める。流石に彼女たちは本気モードのようだ。

 

「わかったよ。二人も手加減はいらないから本気で来てくれ」

「そうか、そういうことなら」

「御意しました。ミナト殿」


 二人も応じて魔力を練り始める。こうして魔力学院屈指の実力者四人との模擬戦が幕を開けようとしたところ……。


「その必要はありません」


 突然の声に全員が振り向く。入口に立っていたのは紫髪を煌めかせた細身の元メイドにしてアルフェンの側近──ミリウスだった。


「(うわ、やべ……)」


 よりによって一番見つかりたくない奴が出てきた。親父から直接監視役に任命されたこいつに知られれば何を言われるか分かったものではない。


「随分とお楽しみの様ですね、ミナト様。これは一体どういった状況でしょうか?」

「あー、これはだな……」


 どう説明したものか迷う俺に対し、ミリウスは冷ややかな目を向け続ける。


「んー、部活みたいなものかなぁ。最近皆で自主的に練習してて、たまたまわたしがミナト声をかけたんだ。


 横から割り込んだのはカナデだ。まるで悪戯がバレた子供のような口調だが、こいつが言う分には問題はないか。


「ほう、学院の許可もなく独自に訓練を?」

「学院長のお墨付きでやってるから問題ないわ。それにミナト君が正式にセレニテス加入したから」


 フレイアも堂々と胸を張って言い放つ。流石に王女である彼女に正面から噛みつく気はないようでミリウスも一旦矛を収め……るとは思えないな。


「ミナト様が?この三流組織に参加することにしたのですか?」


 ミリウスの視線がメンバーに向けて鋭くなる。特にレックスとデイモンは明らかに怯えた表情を見せた。

 まあ、初対面の相手にこんな態度で接されたら怖いわな。


「おいおい、仮にも先輩だぞ。失礼だろ」

「ですが、平民出身者に魔力学院最高峰の教育を施しても宝の持ち腐れでは?」


 ミリウスの傲慢な物言いに空気が凍りつく。フレイアだけでなく、珍しくカナデが真面目な顔で彼女を睨みつけた。


「ふーん。ミリウスさんってやっぱりそういう人なんだ。王族の付き人にしては随分偏った思考をしてるんだね」

「わたくしはただ事実を述べたまでです。カナデ様、お気持ちは理解しますがあなた如きがいくら鍛錬を重ねたところでミナト様の隣に立てる資格などありません」

「っ……」


 カナデは悔しそうに唇を噛む。こんな表情の彼女は初めて見たかもしれない。

  

「随分と自信があるのね、あなた」

「実力主義ですので。フレイア様、あなたも王族なら身分相応な人材を選ぶべきでは?」


 フレイアにも臆せず意見を述べるあたり流石は親父が認める逸材といった感じか。悪い意味で肝が据わってやがる。


「ミナト殿……この方は?」

「アルフェン……兄の付き人のミリウスだ。どうも親父に言われて俺の監視役もしてるらしい。まぁ気にしなくていいぞ」

「そうなのか……しかし凄まじいオーラを纏っておられる」


 レックスの言う通り、今のミリウスからは威圧的な気配が漂っている。何より気になるのはその魔力だ。明らかに尋常ではない。

 カナデやフレイアはおろか、親父のそれともまた異なる異質さを感じるのだ。彼女が実力を隠していることは察していたが、何故今になってこれ程の魔力を放出するのか……。


「確認しますが、この場にいる者全てがセレニテス所属であるということですか?」

「ええ、そうよ」

「なるほど。では話が早い」


 ミリウスは不敵な笑みを浮かべながら、ゆっくりと訓練所の中心に足を運ぶ。


「この試合、ミナト様に代わりにわたくしが引き受けましょう。無論わたくしなどではミナト様には及びませんが、それでもこの程度の連中なら充分です」

「へぇ、言ってくれるわね。本気なの?」

「当然です。四人まとめてでも構いませんよ」


 ミリウスは両手を広げて戦闘態勢を取る。その姿は堂々としており隙がない。まあこいつが強いのは疑う余地もないが……。


「おいミリウス、いい加減にしろ。それ以上は俺も黙ってらんねぇぞ」


 手のひらに魔力を込める。特別怒りを覚える訳でもないが、ただの脅しだ。これで彼女が引いてくれれば良いのだが……。


「……ミナト、やらせてくれないかな」


 意外なことに止めに入ったのはカナデだった。普段の彼女とは思えないほどに真剣な眼差しを向けてくる。 


「このままじゃこっちの面子潰されっぱなしだもん。さっきだって見ててくれたでしょ?わたし、いつまでもミナトに頼ってばかりなのは嫌なんだ」


 そう言って魔力を解放したカナデの瞳には強い覚悟が宿っていた。彼女にとってこれは単なる遊びではないのだろう。


「わかったよ。好きにしろ」


 俺が一歩下がるとカナデは嬉しそうに微笑んだ。笑顔のままミリウスに向かい合う。


「じゃあミナト君には審判を頼むわ。公平な判定お願いね」

「全く……」


 フレイアは明らかに面白がっており、レックスとデイモンも緊張した面持ちで戦闘体制だ。ミリウスは余裕の表情を崩さず一言を放つ。


「せいぜい足掻いてくださるといいでしょう。叩き潰しますから」

「全員、準備はいいな?それじゃあ……始めっ!」


 こうして、魔力学院最強クラスの実力者四人VS毒口メイドの模擬戦が始まったのだった。

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