AのジェネリックとジェネリックのA
明(めい)
第1話
小さい頃から姉の美里にいじめられていた。
なんでここまでする? と今でも思う。ことあるごとにハブり、暴力をふるい、シカトされ、シカトされ、シカトされ、気がついたら二十年という月日が流れていた。
トータルで十八年くらいは口をきいていない。
姉の美里は妹の私をモノかなんかだと思っているのかもしれない。小さい時、姉妹でまったく同じドールハウスを買ってもらったが、姉は私と遊ぼうとはしなかった。同じ部屋で人形遊びをしていたが、私が姉に寄り添いたくて入り込もうとするときっと睨みつけられ、ドン、と押された。
私は尻もちをついた。あれほど悲しかったことはない。一緒に遊んでくれない虚しさ。
姉が他の子と遊んでいるときも仲間外れにする。要するに邪魔だったのだろう。
私が。以降、私はシカトをされるたびに精神がむしばまれていった。プライドの高い貴族のお姫様のようだと思った。
今も口をきいていない。きいてくれない。もう、姉は姉じゃないし、姉と思わないことにしたからAと内心呼んでいる。
仲の良い姉妹が羨ましい。口をきいてくれる健全な姉妹が羨ましい。
いじめない姉が欲しい。シカトもいじめの一種だと思っている。多分、私をとことんいじめることの要因の一つとして、長女であることが嫌なのだろう。
妹のために我慢することがあるから。だから年下を可愛がるということをしない。そして、可愛がられたこともない。
だから私は小さい頃からお金を貯めて、この二月に、Aと姿形のそっくりなヒューマノイドを買った。もちろん特注だ。
一週間前から私はそのお姉ちゃんと仲良くしている。もちろん、ヒューマノイドを美里と名付け、役割をお姉ちゃんにした。
「この漫画、面白いよ」
「じゃあ、私も読んでみる」
「あとで感想言い合おう」
「そうしよう」
私はヒューマノイドの美里と他愛のない会話を楽しんでいる。ヒューマノイドの美里にもリアルな姉のことはAと呼ぶように設定しておいた。
家族構成は現在、両親とA、私と美里だ。美里がものを食べられないのが難点だが、夕飯の時は食卓にいる。父も母も最初はぎょっとした顔をしていた。
肝心のAも美里を見たときに本当に驚いたような顔をしていたが、それきり何も話してこない。いいのだ。これはもう、十八年私の中にたまっている健全な姉妹への憧憬と、Aへの復讐である。
「あ、お姉ちゃん。醤油とって」
私は美里にそう言った。今はご飯時で、美里と向かい合うように座っている。私の隣にAがいる。
お姉ちゃん、と私が言うと、Aは一瞬反応するが、すぐに察してなにもしない。
美里が醤油をとってくれたので、私は小皿に醤油を垂らした。
「ねえ、お姉ちゃん、聞いてよ。今日は会社で嫌なことがあったの」
「どんなこと?」
「給湯室とトイレ掃除は女性社員がするんだよ。今の時代にあわないと思わない? まだ女に役割求めてる会社があると思うと吐き気がするから、みんなの前で言ってみたよ」
「なんて」
「給湯室とトイレ掃除は男性社員もしてくださいって」
「そうしたら?」
「男性陣は黙ったけど嫌な雰囲気に。そんなに掃除したくないのかね。日本の男性は世界一家事育児しないってさ」
両親もAも何も言わない。ただ私と美里だけの会話が流れている。
「令和だもんね。男性の意識も変わっていかなきゃいけないと思う」
「でしょ? あ、マンガ読んだ?」
「まだ。あとで読むね」
「うん、よろしくね、お姉ちゃん」
ふと見るとAは全身をプルプルと震わせている。思い余ったのか、私に話しかけてきた。
「ねえ、それやめてよ」
「それって?」
「なんでそのヒューマノイドを私の名前で呼ぶの? お姉ちゃんってなに?」
「あんたは姉じゃないからAと呼んでいるの。で。こっちが本当のお姉ちゃんだと思
うことにした」
私は美里を見て微笑む。美里はどこまでも優しい微笑みを私に向けてくる。
「なにそれ。冗談じゃない!」
「だってAは私のことをいじめ続けるじゃない」
「私のことをAって呼ぶのもやめてよ」
「だから、あんたは私の姉じゃないから。私はAを人間として見ていないから。Aと同じように。私には本当のお姉ちゃんが必要なの。優しくて、ちゃんと口をきいて、
私を痛めつけない、姉が」
「ふざけんな!」
「これまでふざけてたのはAでしょ」
Aは、首を回すと八つ当たり気味に箸をおき、夕飯をそのままにリビングから出て行った。
これは全部Aの自業自得なのだ。Aが優しくてシカトしない「お姉ちゃん」でいてくれれば、私もこんなことはしなかった。
散々Aに痛めつけられてきた私の精神はズタボロだ。ヒューマノイドを姉と思いたくなるくらいには。
「千沙、やめんか」
父が言った。
「なにをやめるの」
「それだよ。美里と同じ顔のヒューマノイドを作ってそれを姉だと思うのは」
「そうよ」
母が父に同調する。
「本物の美里は目の前にいる人だよ。あの人間は姉じゃないから。私がどれだけ鬱屈した気持ちを抱えてきたか、親だからわからないんでしょうね。親にとっては同じ娘だもの。でも私はAを姉とは認めない。私の姉は、目の前にいる美里ただひとり。異論は認めない」
私は平らげた食器を片付けて、美里と一緒に部屋に戻った。美里は貸した漫画を読み始める。
なんだかイライラする。家族がみんな敵に思えてくる。
Aだってこんな時だけ口をきいてくるなんて都合が良すぎる。
今まで散々無視してきたくせに。
怒りを鎮めて漫画を読んでいる美里を眺める。読むペースは速い。
「お姉ちゃん、どう、それ」
「千沙のいうとおり、面白いね。それに深い」
「でしょう」
こんな風に、漫画の感想を言い合える姉が欲しかったのだ。
「千沙の好みもよくわかる。こういう漫画を読むんだね」
昔の漫画だ。古いけど、確かに哲学が存在しているようなタイプの。
「古いけど味わい深くて。今どきの漫画も読むけど」
「今どきの漫画も今度貸して」
「いいよ。お姉ちゃんはさ、私の味方でいてくれるかな」
すると美里は微笑んだ。
「いつでも千沙の味方だよ」
嗚呼、嬉しい。姉がこんなことを言ってくれる。なんて心強いのだろう。好みも把握してくれたし。そうプログラムしているけれど、嬉しい。
寝るときも一緒だ。私と美里は同じベッドで寝る。人肌のぬくもりすら感じられるのが心地よい。Aとは一緒に寝たことなんかなかったから。
「ねえ、お姉ちゃんも夢を見るの」
「見るよ」
「どんな?」
「いろいろ。千沙と遊園地にいったり、あるいは宇宙空間を一人で漂っていたり」
遊園地に一緒に行く夢も見てくれるのだ。
「今度一緒に遊園地行かない?」
「いいよ、行こう」
姉と行ける遊園地なんて楽しみだ。私は眠りについた。
物音がして目を覚ます。
なにかただならぬ雰囲気を感じて、電気をつけた。
Aが美里をハンマーで攻撃しようとしていた。
一気に眠気が吹き飛ぶ。寝込みを襲うなんて卑怯な。
間に割って入ろうとするが、美里は素早い動きでAの攻撃をかわし、ハンマーを取り上げ、力づくで押し返していた。
「あんたなんなのよ。私と同じ姿格好をして」
「私は美里。千沙のお姉ちゃんです」
「違うでしょ? 美里は私。千沙の姉は私」
「いいえ。あなたはAです」
私以外の人間には敬語を使うようにさせていた。
「だから違うってば。あんたもなんか言ってよ。それを家から追い出してよ」
Aは発狂しかけている。
「あんたはAだよ」
私は淡々と言った。
「あなたはAです」
美里はAをどつく。Aは美里に物理的に押されてじりじりと後退していく。
美里の重量は姉の体重の一・五倍くらいはある。
「だから私が美里だって。あんたはジェネリックでしょうが」
「あなたはAです」
「ちが――」
「あなたはAです」
「ちょっと」
「あなたはAです」
「だから」
「あなたはAです」
「もう!」
美里は「あなたはAです」と言いながら淡々と姉を退ける。私はそれについて行く。
なんとかしてよという感じの表情をAは私に向けてきたがシカトを決め込んだ。
「あなたは千沙の姉ではありません。Aは出て行ってください」
Aは美里につかみかかろうとするがかわされる。
「Aは、私のジェネリックです。いりません。出て行ってください」
美里は玄関までAを追いやると、何の感情も込めない顔で鍵を開け、外に追い出した。
「ちょっとなにすんの。やめてやめてよ」
Aは必死に抵抗して家に入ってこようとするが、美里はドン、とAを押した。Aはしりもちをついた。
「Aは、出て行ってください」
美里はAが立ち上がる寸前に玄関のドアを閉め、チェーンをし、インターホンの電源を切った。
はは、と私は笑った。
ドールハウスの時の敵を討ってもらったようで気持ちがよかった。
玄関の外から、ガタガタと音が響いてくる。この寒空の下で足掻けばいい。
父か母が気づいて家にいれてくれるだろう。そうしてこれからもこういうことが続くのだな、と思う。そしてAはきっと、美里には勝てない。
「寝ようか、お姉ちゃん」
「うん、寝よう」
私たちは温かいベッドに入り、手を繋ぐと、心地よい眠りについた。
(了)
AのジェネリックとジェネリックのA 明(めい) @uminosora
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