第8話 虚空の底で

ある夜、悠人は橋の上に立っていた。

下には黒い川。

その水面に、街の光が揺れている。

「もういいだろ……」

誰に言うでもなく呟く。

スマホの通知が光った。

《新しい証拠が見つかった》

差出人は、あの匿名アカウント。

悠人は笑った。

「まだ終わらせてくれないのか」

メッセージにはURLが貼られていた。

そこを開くと、

――自分自身の顔が映っていた。

《内部告発者・朝倉悠人、精神崩壊中》

という見出し。

記事は捏造だった。

だが、コメント欄には「やっぱりな」「頭おかしい」で埋まっている。

悠人はスマホを投げ捨てた。

画面が割れ、光が消える。

「俺が守ろうとしたのは……誰だったんだ?」

答えは風に消えた。

雨が降り出す。

世界の音が遠ざかっていく。

第9話 最後の選択

夜明け前、悠人は古いノートPCを開いた。

全ての記録をまとめ始めた。

メール、社内資料、取引記録、録音。

そして、自分の日記。

「誰も信じなくていい。

 ただ、俺が生きたという証を残す」

手が震えながらも、文章を打ち続ける。

やがて、朝の光が差し込んだ。

その光の中で、悠人は送信ボタンを押した。

《送信先:全メディア、SNS、告発サイト》

全てがネット上に放たれた。

同時に、悠人は玄関に向かった。

コートのポケットには、古い鍵と手紙。

“誰も悪くない。俺も含めて、みんな弱いだけだった。”

それが、最後の言葉だった。

彼は静かにドアを開け、街へ出た。

朝の光がまぶしく、少しだけ微笑んだように見えた。

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