鑑 日葵の場合(5)


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 離婚代行SAYONARA株式会社

 代表取締役  深町 典

 ─ Ten Fukamachi ─

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 離婚代行?

 ふざけんな、なんだコイツは!


 一瞬で頭に血が上りかけたが、どうにか抑えることができた。

 隣に第三者もいる手前、醜態をさらすわけにはいかない。


「妻とは直接話します。家族の問題に口を挟まないでもらいたい」

「私もそう思いましたので、提案に来ました」

「──なに?」


 思ってたのと全然違う返事が来た。

 この深町と名乗る男は離婚代行として依頼を受けてきたが、なにも初めから離婚を推し進めるわけではなく、家庭の修復が可能であればそれをお手伝いすることもやっているそうだ。


「私の立ち会いのもと、一度奥様と話をされてはいかがですか?」

「……わかりました。場所と日時はお任せします」


 あの女、かなり血迷っているみたいだ。

 こんな訳のわからない会社に依頼した挙句、他人と一緒じゃないと一輝と話もできないとは……。


 だが、問題ない。

 この男が立ち会っている間は、下手に出ていればいい。

 本音を隠して生きていくのは会社で嫌というほどやってきた。

 こんな男を騙すのなんて朝飯前である。





「あーの、馬鹿嫁! 絶対に許さない」


 母親に事情を説明すると予想通り激昂し、明日、自分もついていくと言って聞かなくなった。こうなってしまっては一輝も母を止める手立てはない。一緒に行くことになった。


「んんっ!」

「かっ母さん⁉」

「大丈夫、あまりに頭に来過ぎて少し目の前が真っ白になっただけ」


 びっくりした。


 一瞬、白目を剥いて、椅子からずり落ちそうになったのを回り込んで慌てて支えて事なきを得た。母をこんなになるまで怒らせるなんてあの女、許さない。家に連れ帰ったら、髪の毛を掴んで後ろから●して豚のようによがらせてやる。


 ──翌日。


 都心から高速を使っても2時間かかるダムまでやってきた。

 水をせき止めている巨大なコンクリートの上、歩廊になっている真ん中に例の深町という離婚代行業者が一人立っていた。


「日葵はどこだ?」


 まさか、この男に騙されたのか?

 こんな遠くまで呼びつけておいて、嘘だったら許さん。

 この男を訴えてやる。


「ここから少し歩いたところにいます。どうぞこちらへ」


 深町が来た場所の反対側の方を指差す。


 駐車場の反対側に当たり、車では行けない場所だと言う。

 こんなところに日葵は隠れていたのか。


「母さんは車で休んでて」

「嫌よ、あの馬鹿嫁の頬を思い切り引っぱたいてやるんだから!」


 興奮している母をなだめることに失敗した一輝は深町の案内で、ダムの向こうにある獣道のような場所に入っていった。








「おい、アンタ。あとどれくらいなんだ?」

「あと少しですが?」

「もう少しって、もう30分は歩いているだろ!」


 獣道のような細い山道は途中で何度も分岐していたので、戻るのも一苦労しそう。

 真夏の森の中、木陰があるので涼しいかと思いきや、蒸し暑くてとても辛い。おまけに先ほどから喉もカラカラで結構きつい。


 それにしても、深町が腰に下げているのはなんだ?

 チリンチリンと鉄製の鈴が涼しそうな音を鳴らしている。鈴と言えば、ダムのところからこの山道に入るところにも鈴が木の枝に何個も釣り下がっていたのをぼんやりと思い出した。


「ハァハァ……」

「母さん? 母さん大丈夫?」


 先ほどから喋らないと思ったら、後ろの方で母親が頭を押さえてよろめいていた。顔が土色になっている。こんな症状の母親を初めて見た……。


「やめだ。引き返す。アンタ、帰り道を案内しろ!」

「ええ、わかりました。調子も優れないようですし、先にスマホで救急車を呼んでおいた方がいいのでは?」

「あっ、ああ、そうだな」


 それはそうだ。

 深町の言っているのはもっともだ。

 山の中だが、スマホの通話は圏内だった。

 車を止めているダムの駐車場まで救急車を要請して、母親をおぶって、山道を下ることにした。




 







 

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