鑑 日葵の場合(4)


 くそっ、日葵のヤツめ。

 戻ってきたら、死ぬほどいびり尽くしてやる。


 日葵が娘を連れて家を出て1週間が経った。

 家事などを母と折半して、思うように時間が作れずイライラしている。


 あんな女を捨てて新しいのを見つけたらいい。と母が言うが、一輝は中学時代に同級生の女子たちにいじめられたことがある。


 中2の秋、好きな女の子に告白したら、目を閉じてチ●コを見せてと言われた。

 理由もわからず、ズボンを下ろして、目を瞑っていたら、携帯で写メを撮られて、それをクラスの女子たちにばらまかれた。


 皮の被った小さいイチモツ。


 そのせいで、中学を卒業するまでいじめられたことから、同年代の女子に対して激しいコンプレックスを抱えるようになった。


 年が近い女は皆擦れてて、コンプレックスの塊である一輝はどうしても交際するところまで行けた試しがなかった。


 28歳になってようやく見つけたのが日葵。

 社会人になったばかりで、脇が甘かった。

 一輝に付け入る隙があったので、付き合うことができた。


 その後、結婚することになったが、ここで一輝のコンプレックスが仇となった。

 28歳である自分より手取りをもらっている日葵が気に入らなかった。

 だから母親と共謀して仕事をやめさせた。

 そして、彼女を専業主婦という鳥籠の中に閉じ込めた。


 日葵は大学時代に交通事故で両親を亡くし、天涯孤独の身。

 友人という邪魔な存在になるべく会わせないようにしておけば、頼れるものは夫とその母親のみ。支配するには実に都合の良い女だった。


 女の一番になる。

 それが一輝には何よりの快感であり、最高のごちそうだった。


 それから好き放題にいびった。日頃、会社で陰口を叩かれる万年平社員。その鬱憤をすべて妻に吐き出すことで一輝の精神は平穏を保っていた。


 だから、日葵には早く戻ってきてもらわないと困る。

 性欲や鬱憤の捌け口がいないと頭がおかしくなりそうになる。


 美耶が生まれた時、顔を見て日葵を疑った。

 顔があまりにも自分に似ていない。


 どこか一輝が気づかない内に浮気してできた子供ではないかと、娘が生まれて3年近くずっと疑問を抱いていた。


 それに娘が生まれてきてからというもの、日葵の一番が一輝ではなく美耶に移ったと感じるのが許せなかった。


 だから40度を超える車内に自分の母親が美耶を残してモールへ行こうと話しても止めなかった。母親は母親で妻日葵のことが心底嫌いだった。生まれてきた美耶にもつらく当たっているのは知っていたが、見て見ぬふりをしていた。


 ぶっちゃけ、あの時、車内で熱中症で死んでもよかった。だから救急車やらパトカーが来て救出しているのを見て、舌打ちした。


 美耶があの時死んでいたら、すべてを失った日葵をもっとコントロールできるようになる。


 しかし日葵に無理やり自白を強要したのが、裏目に出てしまった。まさか、あんなことくらい▪▪▪▪▪▪▪で家を出るとは思っていなかった。






「ピンポーン」


 インターホンの音。

 日葵が帰ってきたのかと出てみると、男が二人立っていた。


「こんにちは、●●保育園の新垣と申します」


 20代半ばの高身長の男。

 さっぱりした顔で女にモテそうな、いけ好かない顔をしている。


 てっきり保育士は女だと思っていた。

 あの女、まさかこの男と浮気してるんじゃ……。


「実は美耶ちゃんのことで奥様と連絡がつかなくて直接伺いました」

「それで、隣の方は?」


 イケメンの男は、とりあえず置いておいて問題は隣の男。


 笑顔が不気味。

 人間というものを疑い始めて30年近く。

 一輝の勘が、頭の中で最大音量の警報を鳴らしている。


「いえ、私も面識はありませんが……」


 保育士の新垣も動揺し始める。

 てっきり鑑家の知り合いか何かだと思って一緒に玄関のチャイムを鳴らしたようだ。


「失礼、こういう者です」


 名刺を渡され、表に書かれた会社名と氏名に目を通して驚いた。







  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る