行けるとこまで

美里

 行けるとこまで、いっそ行ってしまおうと思った。半年前のことだ。陸とふたりで、なにもかもを捨てて。でも、その気になったらなったで気が付いたこととして、俺には大して捨てるものなんかなかった。陸にはたくさん、それこそ数えきれないくらい、あったのだろうけれど。それでも陸は、いいよ、と微笑んだ。曖昧な微笑だった。感情なんてどこにもないみたいな。いつも快活でくるくると明るく表情を変える陸とは思えないような表情。俺はその顔を見て、二年前、高校三年の梅雨、しとしとと細くしつこい雨が降る夕方、はじめて陸とキスをしたときのことを思い出した。両親は出かけていて、家には俺と陸しかいなかった。陸とキスしたかった。俺の欲求は弾ける寸前だった。和室の窓辺に膝を抱えていた陸の腕を引っ張って、こちらを向かせた。いつものことながら、感情を一つも言葉にできない俺に、陸はあのときも、曖昧な微笑を投げかけ、いいよ、と言った。聞き慣れた陸の声。でも、その声には常の闊達さがなくて、しんと静かに凪いだような響きかたをした。あのときにはもうすでに、陸はなにもかもを諦めていたのかもしれない。だからあんなに凪いだ声で、俺に自分を投げ出した。俺は、おんなとは何度かキスをしたことがあったけれど、男とはなかった。感触も、味もおんなとするのと変わらない。でも、相手が陸だというだけで、いつも言葉にできないくらい曖昧模糊としている自分の感情に、火が付いたみたいになった。さらに腕を引いて、身体を抱きしめ、そのままセックスまでもつれこもうとした俺に、けれど陸は今度は、いいよ、とは言わなかった。俺の胸に手をついて抵抗し、ここじゃ駄目、と言った。ならどこならいいんだ、と、俺は焦るみたいに陸の肌を手繰り寄せながら訊いた。陸はそのときそれ以上なにも言わなかった。すぐに両親の車が駐車場に入るタイヤの音がして、陸はその場から立って、いつも通り両親を出迎えに玄関まで出て行った。俺は、陸を追うことなんてもちろんできずに、いつも通り自分の部屋に戻った。そう、あのとき、ここじゃ駄目、と、陸に拒絶をされた瞬間から、俺はすでに、陸といっそどこかに行ってしまえばいいと、そんなふうに考えだしていたのかもしれない。陸がそんなことを望んでいないことくらい、俺にだって分かっていたのに。

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