1-29

 中型のデペス、タイプEが走り出す。

 一度立ち上がったところに横槍を入れたのがまずかったのか、もう一度膝を狙っても今度は揺るがない。

 バランスが悪くともドスドスと地響きを鳴らしてこちらに向かって真っすぐに走っている。

 その光景を見て俺は違和感を覚え、それが何であるかもすぐにわかった。


「そうか、動物型であっても声がないのか」


 違和感の正体を呟きつつも周囲の小型を狙い撃つ。

 あの立ち上がるシーンなんて叫び声がないだけでこうも違うものなのか、と本来あって然るべきものがないことの不気味さを感じる。

 デペスが寄生生命体であり、あの巨大な獣は寄生先でしかないことを改めて実感した。

 二足歩行で向かって来るタイプEには圧倒される。

 あれだけの巨体が迫ってきているのだから当然だ。

 だが、生物由来の「気迫」を感じない。

 故に怖くない。

 俺は周囲の小型デペスを排除しながらも、その視線を決してタイプEからは外さなかった。

 時間は十分に稼げたはずである。

 ならば、後は残り三本となった足の内、後足を一本でも潰せば勝ちとなる。

 今度は間違いなく後足に狙いが行く。

 俺の予想通りにエルメシアは後足を狙い、二本の左足だけとなったタイプEはその巨体は崩れ落ち、地を這わせることしかできなくなった。


「往生際が悪い獣ですな」


 気が付けば近くにいた虚無僧のドータが首を振り回して暴れる巨獣を見ながら溜息を吐いている。

 でかいだけあってその生命力もサイズに比例している。

 足を潰して動けなくなったかと思いきや、のたうち回るように体を振ってズリズリと前進しているのだ。


「こりゃ、止め刺すまでが大変そうだな」


 デイデアラも呆れ顔で斧を振り回している。

 気づけば大分近くまで小型が迫ってきており、タイプEばかりに構っていられるほどの余裕はなくなりつつあるようだ。

 あのデカブツの止めは当初の予定通りにエルメシアに任せ、他は小型の処理を優先する――自然な流れでそのようになったのだが、あろうことかあの暴れる巨体が小型のデペスを吹っ飛ばし、後衛陣に直接送り込んできたのだ。

 この予想外の行動には誰しもが反応が遅れた。

 俺も直ちに宙を舞う個体を撃ち落し始めるが、次から次へと飛んでくる。

 他の英霊も迎撃したので事なきを得たが、数が多ければ陣形は崩され、中型の止めに時間をかける羽目になっていただろう。

 遠くから「悪あがきを!」というエルメシアの声が聞こえ、大きなひび割れがタイプEの巨体をど真ん中から削り取る。

 その一撃でようやく活動を停止したタイプEだが、エルメシアの方も限界なのか肩で息をしており、これ以降の戦闘には期待できないことがわかる。

 ともあれ、作戦の第一段階は成功に終わり、第二段階へと移行する。

 俺はバイクを出して所定の位置へと走り出す。

 その際に武士もどきが率いる集団を見つけた。

 向こうもこちらを見つけたらしく「スコール1!」と俺を大声で呼び止めた。


「貴様の戦力を見誤った。謝罪はしておく」


 そう言って頭を軽く下げて見せるクドニクに俺も頷いて返す。

 

「だが、改めて言おう。儂の指揮下に入れ。貴様は兵士なのだろう?」


 顔を上げるなりそう言われたが、俺の答えは勿論「NO」である。

 一人称が「儂」な辺り老獪なイメージはあり、戦場で指揮を執るのも得意なのだろう。

 だが、俺のスコール1のイメージは「ワンマンアーミー」である。

 文字通りただ一人の軍隊。

 一騎当千というだけではスコール1は表せない。

 故に、誰かの……ましてや同僚という位置づけの相手の指揮下に入るなどロールプレイとしてはNGもいいところである。

 軍隊とは、トップからの命令で動くものだ。

 なので答えはNO以外はあり得ない。

 俺はただ「断る」とだけ言うとバイクを走らせ所定の位置へと向かう。

 当然走りながらでも射撃はできるので、しっかりとスコアは稼いでおく。

 少しでも数を減らせばこの後の戦いが楽になるのだ。

 何より実戦での訓練程身に付くものはない。

 この戦場で反動キャンセル射撃も最早完璧と言ってよい仕上がりとなった。

 バイクに乗りながら、という条件を付けても失敗なしのこの精度。

 順調に成長している自分に満足感を覚えながら、俺は所定の位置へと到着する。

 つまり、敵が途切れる端である。

 取り敢えず到着を知らせるために上空に向けてロケットランチャーを放つ。

 飛行型が中央だけではなく、こちら側にもいてくれれば爆発で合図になったのだが……できないものにこだわっても仕方がない。


「第二フェーズ開始」


 俺はそう呟いてセンチュリオンを撃とうとしたがリロードする。

 弾数管理を怠った。


(いや、見ようによっては仕切り直しとも取れるので、これはこれでアリかもしれない)


 相も変わらず締まらないな、と苦笑しつつ、開始の合図とばかりにスナイパーライフルの弾丸をデペスの群れへと放った。




 あれからどれだけの時間が経っただろう?

 体感で三時間くらいなので多分実際は二時間くらいだと思われる。

 バイクに乗って適正距離を保ちつつ、敵を撃破できていたのは最初の三十分くらいまでだった。

 どれだけ倒しても敵が減る気配はなく、かかる圧力に陰りが見えない。

 今回第八期が相手をする数は十万弱と推測されている。

 なので結構な時間ここで戦っているが、数が一向に減る気配がないのは仕方のないことだと思っていた。

 しかし、だ。


(気のせいか……いや、気のせいではなく、敵の圧力が増している?)


 つまり俺の処理能力が落ちている可能性がある。

 徐々にではあるが包囲されそうになっている状況に気づき、三つの武器スロットを利用してリロードなしにセンチュリオンを連射する。

 一時的ではあるが、これで敵を押し戻せると思ったのも束の間、リロードが終わる前に次が襲い掛かってくる。

 これをショットガンで足止めし、ロケットランチャーで吹き飛ばす。


(間違いない。こちらに来る敵の数が増えている!)


 考えられる理由は隣に配置された英霊……クドニクらがしくじったか、それともわざとこちらに流したか、この二択である。

 デペスは戦術的な動きはしない。

 影響を与えていると思われる中型が不在であるならば尚更だ。

 人格に問題があれど生前英雄と称される功績の持ち主が揃っているのである。

 何も考えずに闇雲に突っ込むしか能がない昆虫型がメインの戦場で、そんな連中が後れを取るとは思えない。

 だとするならば、考えられるのはやはり後者。


(ここで俺を潰すか……いや、恩を売るつもりだな)


 奴は俺に「指揮下に入れ」と誘ったのだ。

 ならば危機的状況に駆けつけ、俺に恩を売る方が合理的であるが、それは一歩間違えば俺の死を意味する。

 しかし先ほどから確実に増している敵の圧力が、全て計算され尽くされたものだとしたら?

 その考えに俺の背筋が一瞬凍る。

 デイデアラは「群れなきゃならない」と笑ったが、そうではない。


(群れることで、集団で戦うことで本領を発揮する英霊……!)


 人間同士の戦いならともかく、デペス相手にここまで戦場をコントロールしてみせるのか、と指揮官タイプの怖さを現地体験させられる。

「やってくれる!」と心の中で毒づきながら迫るデペスの処理に追われる。

 これの何がいやらしいかと言うと、仮にここを乗り切り、この件を追求しても「実力不足でした」と言われれば罪に問うことはできない、という点だ。

 戦果ポイントや撃破数を調べればわかるので「スコール1の処理能力が低くてこっちも迷惑した」という言い訳は使ってくることはないだろう。

 だからクドニクが言い訳として使うならば「想定以上の敵」と「全力でやったが力及ばず」の手札となるはずだ。

 わざとやった証拠は出ない。

 自分たちも生き残るために必死だったと言われればそれ以上の追求は不可能だろう。


(ああ、本当にやってくれたな!)


 こうなったらとことんやってやる、と覚悟を決めた俺はこの局面を切り抜けることに集中する。

 この程度の数、サバイバルモードに比べれば屁でもない。

 地獄を歩くのは慣れている。

 

「やれるものならやってみろ」


 囲まれるのも時間の問題。

 だが、問題はない。

 性能は不十分だがバイクはある。

 火力も出せる。


(ならば何も問題はない)


 だから俺は「この程度か」と笑うことができた。

 声を出して笑い引き金を引く。

 弾丸が昆虫型を貫き、まとめて三体のデペスを葬った。

 クドニクよ、お前に俺が踏み超えてきた地獄以上の戦場を用意できるかな? 

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