1-28
作戦室ではいつもなら白い歯を見せつけるように笑っているマッチョが真面目な顔をしていた。
どうやら今回はこれまでと違ってかなりの規模の戦闘になるようだ。
話しかけてみたが、どうやらその通りらしく、今回のブリーフィングはしっかり行うとのことである。
初回のように複数の生産施設からデペスが向かってきており、今回は北と南、そして西が戦場となる。
なので未だ新人扱いの第八期にも結構な負担を強いることになるだろう、というのがジェスタの予想である。
「お前さんが着実に力を取り戻していると聞いて一安心、と言いたいが……」
どうもこの襲撃で第八期は厄介な相手と戦うことが決定しているようだ。
人が集まるまで時間があるのでデータをモニターに映してもらう。
それがこの熊とサイを足したかのようなキメラっぽい六本足のデペス。
中型に分類される動物型タイプEと呼称されるでかくてタフくて攻撃力もある、という厄介な相手らしい。
データを見るとサイズはほぼシロナガスクジラ。
こんなのが地上で爪の付いた腕を振るって爆走するというのだから異世界は怖い。
第七期も初見はこいつを相手にかなり苦戦したそうだ。
「中型は別格だ。舐めてかかるなよ」と今いるメンバーに注意喚起をするジェスタ。
続々と集まる英霊たちに「迅速に集まるように」と一言言ってからブリーフィングが始まった。
やはりと言うべきか、真っ先に話に上がったのが今回初登場の中型。
「これまでは適当にやっても力でねじ伏せることができた。だが、今回はこいつがいる」
そう言ってモニターに映るタイプEを指で叩く。
今まで戦ってきた相手の比ではない、と忠告するジェスタに手を挙げる者が一人。
「それ、私がやってもいいのかしら?」
驚愕の表情を浮かべるジェスタの顔が「本気か?」と言っている。
「ええ、この手の大きい相手は得意なの」
エルメシアの言葉に何人かが懐疑的な声を出しているが、あの空間を切り裂くような攻撃ならば確かに有効と見るべきである。
その大きさ故に普通の攻撃ならば効果は薄いだろうが、問答無用で切断できるならば足を封じれば後はどうとでもなる。
「手足は六本。これを潰せばどうとでもなる、か……」
俺の呟きに「そういうことよ」と頷くエルメシア。
「しかしこのでかさとなると前衛で止めるのは難しいな」
誰かの言葉に「そうだな」と同意する意見が多数。
完全に一人に任せるには敵の数が多く、また中型を止めるのは難しい。
連携が試されるこの場面で主体となるのは信用のないエルメシア。
だが、異を唱える者がいないのはあの大きさの敵をどうにかする手段を持たないからだろう。
ふとデイデアラを見ると「やりたくない」とばかりに嫌そうな顔の前で拒否するとばかりに手を小さく振っている。
エルメシアに次ぐ火力の持ち主であるあのおっさんでも無理ならば、もう彼女に任せる外ない。
「バランスを考えれば両前足を潰せば時間は稼げるか。片方は受け持とう」
そう言ったのはリオレス。
自信があるのかそれ以上は何も言わない。
「で、中型を倒した後はどうすんだ?」
デイデアラの言葉にジェスタが頷く。
「各自散開、と行きたいところだが、今回はしっかりと役割分担で行こう」
そう言ってモニターに表示させた地図上で戦闘予測を出す。
最初にぶつかる波での陣形から、中型を倒した後の動きをシミュレート。
この敵の動きに合わせて動く点が英霊を示しているのだろう。
分散し、敵の波を受け止めるように動いており、この点に誰を配置するかを考えるようだ。
敵の数が多く、乱戦になることは目に見えているが、それでも広範囲に陣形を敷くことで前線を作り、後衛組にしっかり火力を出してもらう。
戦闘領域を狭めればエデンに向かうデペスも出てくる。
しっかりと広範囲をカバーできる布陣を引く必要があり、僅か三十人でそれをしないといけないのが英雄の辛いところである。
そんなわけで各員の配置が決められる。
俺はバイクがあるので西側外周に配置された。
いざとなれば敵を引き連れて走り回ることもできるので妥当と言えば妥当である。
その隣にあの武士もどきの集団が名乗りを挙げたのが気になる点だが……まあ、馬鹿な真似はしないだろう。
俺が崩れれば次はこいつらの番である。
気に入らないからと自分の命を懸ける馬鹿ではないはずだ。
そんなわけで次々と配置が決まる。
なお、連絡手段はエデン側では用意できないので必要なら各自でやるしかない。
通信機器がデペスの所為で全滅するので、それすら英霊頼みという実情。
エデン側も色々試してはいるのだが、何分資源がなさ過ぎて実験も満足にできないそうだ。
(配置についたらロケランでも空に向けて撃つかね)
グレネードのように敵に当たらなくても爆発してくれればいいのだが、そうではないので気づいてくれるのを祈るしかない。
「出撃の時間だ。我々の命運を君たちが握っている。情けない話だが、このエデンと人類を頼む」
そう言ってエデン流の敬礼を見せるジェスタ。
どうやらこの戦いこそが本番のようだ。
今回出撃するのは北のゲート。
全員が集まってゲートの開放を待っている。
すると最後の確認とばかりにゲート前の巨大モニターには敵の位置情報が表示される。
職員の男性が「お願いします」と真剣な顔つきで俺たちを見た後、ゲートが開放された。
他と比べて第八期の戦闘領域はエデンに近い。
なので送迎は他に回っているので、今回も徒歩が大半である。
だが俺にはバイクがある。
最低ランクとか言ってごめんな、と何の変哲もないバイクに跨ったところで声をかけられた。
声の主はレイメル。
そう言えば前回乗せるのを忘れていた。
無言の圧で「今回は乗せてくれるよね?」と言ってくる。
「俺が見えない」というわりには俺に声をかけてくる。
他の手段で探知しているのだろう、と俺は深く考えるのを止め、座る場所をポンポンと叩く。
生憎サイドカーがないので二人乗りの形になるが、移動だけなので問題はない。
ということで走り出した英霊たちを追うようにバイクを発進させる。
なお、レイメルは跨るのではなく横向きに座っているためサービスもなし。
何事もなく当初の予定通りに配置についたのだが……見えている。
(おいおい、何で二足歩行してんだよ)
立ち上がっているせいであのデカブツがちょっと見えている。
恐らくあれだけの巨体なので全速で走れば他を置いていくのか、歩調を合わせるように速度を調整しているのだろう。
「中型は別格だ」と出撃前にジェスタが言っていたことを思い出す。
俺は新武器のお披露目とばかりにセンチュリオンをこれ見よがしに取り出した。
明らかに今まで使っていたスナイパーライフルよりも大きな得物に僅かなざわめきが起こる。
「新しい武器ね」
声をかけてきたのはまさかのエルメシア。
「火力不足は解消された。問題はない」
俺の言葉に興味がないのか「精々頑張りなさい」とだけ言って持ち場に戻るエルメシア。
もしかして何か探ろうとでもしたのだろうか?
心当たりがあるだけに疑心暗鬼になってしまう。
そうこうしている内に先頭集団が射程圏内に入った。
センチュリオンは威力も高いが射程も他に比べて若干長い。
第一射は昆虫型のタイプAを一撃で沈め、貫通して後続もわずかではあるが撃破。
さらにその残骸が後続を巻き込み僅かな乱れを引き起こす。
(貫通属性付きとは言え、無制限というわけにはいかないか)
見た感じ一射で三体くらいは倒せてるのでよしとしよう。
反動キャンセルに成功したので、続く第二射も同様の成果を叩き出す。
それをどうやって確認しているのか「ほー、やるじゃねぇか」と楽しそうなデイデアラ。
交戦距離までまだ時間があるとは言え、このおっさんは相変わらず自由である。
ともあれ、一マガジン分撃ち切ったのでリロード。
銃がでかいのかちょっと時間がかかる。
(これもセンチュリオンの欠点なんだよなー)
こればかりはどうにもならないので、三つの武器スロットを上手く回すことで対処するしかない。
さて、リロードが完了したのでガンガン削っていこう。
他の英霊たちが攻撃を開始した。
それなりに削り、それなりに敵陣営を乱すことができたとは思ったのだが、結局デペスは足並みを揃えて綺麗な横一列を見せてきた。
中型がいるとそれだけで陣形意識でも芽生えるのか、こちらにかかる圧力が変化するのだから不思議である。
それはそれとして、中型のタイプEが二足歩行を止めて獣のようにこちらに向かって突進してきている。
まだ距離はあるのにこの迫力。
「サイズってのはやっぱり凶悪だよな」と試しに一発弾丸をぶち込んでみるも効果があるのかないのかさっぱりわからない。
これはダメだな、とターゲットを小型に変更。
数を減らすのが今回の俺の役割のようだ。
走り出したリオレスを援護するように邪魔になりそうなデペスを予め排除する。
当然他の連中もそれくらいはできるので、俺はできる限り遠い敵を狙う。
(即興にしては良い連携だ)
この息の合った動きには心の中で満足気に頷き親指を立てる俺。
疾走するリオレスとタイプEの巨大な足の距離が近づく。
そしてすり抜け様の一閃――スコープで確認するが、その一撃は確かに有効ではあったが、切断するには至っていない。
だが、返す刀でさらなる一撃を加え、あの巨大な足を大きく切取ったのだ。
リオレスは殺到する小型を斬り伏せ、再びタイプEの足に斬撃を加える。
あのサイズでは小さな傷だろうが、計算された攻撃は着実にその足の質量を削る。
結果、あの巨体の片足が崩れた。
そこに反対側の足が空間のひび割れに飲まれる。
膝をごっそりと削られ、両前足を失った巨大なデペスが轟音を立てて前のめりに倒れた。
そこをチャンスとばかりにリオレスは渾身の一撃でその首を狩ろうと試みたが……こちらはあまり効果がなかった模様。
下がるリオレスを援護するように弾幕が形成され、俺もしっかりと弾丸を送って後退を助ける。
中型の巨体が進軍を止めるが、それも長くは続かず、残る四本の足で再び大地を鳴らして歩き出す。
だがその動きは先ほどと違い明らかに遅い。
これならばエルメシアの次の攻撃まで前線の維持は余裕だろう。
あの巨体が速度を落とさず、真っすぐにこちらに向かって来るのであれば、乱戦となってエルメシアの攻撃機会が失われる恐れがあった。
これで初動は作戦通りに上手くいった。
後はこの状況を維持してあのデカブツを動けなくすれば、第一段階は完了となる。
「さあ、勝利をもぎ取りに行くぞ!」
思い通りの戦場は人を容易く高揚させる。
ただの兵士であれば、それは油断となり得たかもしれない。
しかし今戦場に立つのは英雄である。
守るのではなく、むしろ攻めることで状況を確実なものへとする動きはピタリと合致するように嵌った。
押し返した英霊たちを狙いデペスの攻撃がそこに集中する。
それは間違いなく戦術的に失敗の動きである。
デペスが最優先で狙わなければならないのはエルメシア。
ターゲットを自分たちに向けようと動いたデイデアラが作った猶予は、余裕を以てエルメシアの攻撃準備を完了させる。
空間に大きなひび割れが広がる。
タイプEは三本目の足を失い体勢を大きく崩す。
「やった」と誰もが思った。
だが次の瞬間、タイプEが勢いをつけて二本足で立ち上がった。
「しくじったな」と俺は小さく呟く。
エルメシアが狙うべきは真ん中の足ではなく、後ろの足。
二足歩行する姿を見ていたのだから、狙いを間違えたのは正に失態である。
(いや、射程距離の限界だった可能性もあるか?)
考えを改め、俺は嫌がらせになるかと思い、立ち上がった直後の後ろの右足の膝にセンチュリオンの弾丸を撃ち込む。
その一撃で膝は崩れて地面に付いた。
立ち上がったと思いきや間髪入れずの一撃で再ダウン。
何人かが俺の方を見ているが、断じて狙ってやったわけではない。
もしかしたらまた何か勘違いされてそうで怖いが、今はこの戦いに勝つことを優先しよう。
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