1-17
「どういうつもりだ?」
口火を切ったのは弓を持っていた男か女かわからない英霊。
遠距離型かと思いきやショートソードでの近接戦闘もいけるらしく、その刃を真っすぐにエルメシアへと向けている。
それに続く空中戦をしていた英霊たちだが、彼らを前にしてもエルメシアはその態度が理解できないとばかりに首を傾げている。
「降りなくても誰にも当たらなかったわよ?」
平然とそう言ってのけるエルメシアに怒りを向ける英霊たちは唖然とした。
あれだけの広範囲攻撃を完璧に制御し、敵だけを殲滅できていたと言ったのだ。
「あなたが下手に警告なんてするから……私の実力を見せる機会が潰れたじゃない」
確かにあの状況、あの広範囲攻撃を一切友軍を巻き込まずに使えるというのであれば、彼女の評価は大きく上がっただろう。
そしてエルメシアはそのつもりであったといけしゃあしゃあと言ってのけ、この状況の責任は俺にあると非難の目を向けてきたのだ。
反射的に俺はレイメルを探してそちらを見る。
「嘘は、言っていません」
俺からの救援要請を受け取ったレイメルは驚愕混じりに断言した。
本気でエルメシアはそれができると言っている。
むしろ「それくらいは想定しろ」と俺に文句を言ってきている。
「あなたのせいで私の評価を挽回する機会が潰されたのだけど?」
その言葉を「嘘だと」と言えば真実と判定したレイメルまで疑うことになる。
それを察して先ほどの反応が失敗だったと気づくが遅かった。
(どうする? 能力の説明……はダメだ。本当のことは話せない。嘘を混ぜても見抜かれる)
まさか俺の能力を暴くための罠だったのではないか、とさえ思えてきた。
となれば俺がすべきことは何か?
その答えがすぐに出るなら、他人に嵌められて退職まで追い込まれるようなヘマなどしていない。
(そうだ、こういう時こそ逆に考えるんだ)
思惑を潰して相手を下げたのではない。
何か知らんが俺の評価が上がったと考えるのだ。
「そうか。それで?」
「それで?」
怒ったように聞き返すエルメシアに俺ははっきりと言ってやった。
「お前が実力を見せ、評価を上げたいのはわかった。だが、今回の件は信用問題でもある。初日に見せた怪しい動きが尾を引いているようだな」
お陰で俺の株が上がったよ、と開き直って感謝する。
最初は何を言われたのかわからなかったエルメシアだが、その意味を理解すると怒りに肩を震わせた。
「言うじゃない。まともに雑魚すら倒せない分際で」
怒らせるつもりはなかったのだが、よくよく考えてみれば完全な煽りである。
これはバッドコミュニケーションであるとポーカーフェイスで後悔。
昔見た漫画にあった「俺なんかやっちゃいました?」的な締めくくりは無理があったようだ。
「それに、だ。今更危険視されていることを憂慮するような人間とも思えん」
もうどうにでもなれ、とばかりにはっきり言ってやったところ「確かにな」と後ろからデイデアラの声がした。
「もし本当に自らの置かれた状況を考えているのであれば、実力で黙らせる以外の方法を取るべきだったのでは?」
坊さんのような見た目らしく、ドータが言い聞かせるようにエルメシアに説教を始める。
エルメシアはこんこんと話し始めたドータを無視して背を向ける。
去り際に俺を睨んだのか、顔を一瞬だけこちらに向けていたのが気になるが、どうにかなったと心の中で安堵する。
助け舟を出してくれた虚無僧に感謝である。
目礼だけしたところでエデンの方角から戦闘終了の信号が上がった。
今回も無事に生き残ることができたが、少々慎重さが足りていなかったのが反省点だ。
体面など気にせずに群れの外側で戦っていれば、ピンチに陥ることはなく、サイドカーを捨てざるを得ない状況にはならなかった。
なお、後で気づいたがデペス対策を施したところで一戦が限界なので、どの道サイドカーは廃棄処分だった。
ともあれ、得るものが多い戦闘でもあった。
現状の装備でも敵次第でやりようはあるし、俺がこれまで培ってきた各種ゲーム技能に体がついてくるということが証明されたのは大きい。
特にバイクの操縦で今後解放される予定の高性能なビークルに期待が持てることが確信できた。
スコールチームが高性能なバイクを多用するので、この発見は俺の新たな希望である。
エルメシアの件はともかく、今回の戦闘に関して言えば、反省点はあれど概ね満足のいく結果に終わったと言える。
あとは武器の貸出が戦果としてきちんと計上されていることを祈るばかりである。
帰路に付き始めた英霊たちを見て俺もバイクを走らせようとした時、エリッサが後ろに乗ってきた。
「まあ、いいか」と何も言わずに走り出したその時、デイデアラがこの場にいる全員に聞こえるように叫んだ。
「おっし、お前ら! 宴会すんぞ!」
デイデアラ曰く「戦争は勝ったら飲むんだよ!」と前回できなかった分、今回は飲むと豪語しており、これを止めるのは無理だとわかった者たちは付き合うかどうかで意見が分かれた。
結局半数ほど「まあ、いいか」くらいの感覚で参加することになり、エリッサが強引に俺を加えたことで渋々ここにいることになった。
ちなみにエルメシアもしっかり誘ったそうだが、完全に無視されたらしい。
「ポイントって前借できるんだな……」
前回はポイントがなくて酒が購入できず、今回分と次回以降の分も回した挙句、他の英霊からも徴収して会場まで用意しているのだから、普段の言動に似合わぬ周到さである。
ちなみに俺のポイントは現状「0」である。
俺からもカンパを募りに来たデイデアラも予想外だったのか「お、おう」とバツの悪そうな顔をしていた。
ある程度の量を倒さなければ1ポイントにもならない世知辛さよ。
反映されるのも翌日ということで、俺のポイントは未だゼロのままである。
今回の戦闘結果は前回とは比較にならないはずなので、実は少しばかり期待している。
貸し出した武器の分がどうなるかは不明だが、キルアシストはかなりのものとなっているだろう。
ポイントで何が買えるかこれが終わったら確認しに行こう。
そんなこんなで始まった宴会。
場所は多目的室。
机と椅子が並べられておりコップは相変わらずに再利用できるプラスチック製であり、用意された酒の容器はポリタンクのような見た目。
「風情がありませんな」と既に飲んでいるドータがぼそりと呟く。
また酒は二種類しかないらしく、これをデイデアラが飲みながら嘆いていた。
ともあれ、量だけはしっかりと確保しているらしく、8個のポリタンクが並べられている。
(一つ10リットルと考えても80リットルか……)
誰がそんなに飲むんだよ、と言いたくなるが、全員が参加して皆が大酒飲みならばなくなる可能性はあったかもしれない。
集まった全員が既に飲んでいるので俺も少し飲んでみるが……何と言うかケミカルな味である。
他の英霊たちも首を傾げる者が少しおり、不評とまではいかないが違和感のある味のようだ。
そんなわけで英霊たちの間で花咲く酒談話。
宴会に参加するだけあって酒好きが多いらしく、世界と時代を超えた英雄たちの賑やかな様子を壁を背にして眺める。
こんな時でもロールプレイを崩せないのでちょっと面倒になってきているが、好きなゲームキャラのイメージがこれなのだから仕方ない。
それにしても、とカップの酒を口に付ける。
(何だろうな? どこかの清涼飲料水をお酒にしたかのような?)
記憶に全くない味ではない、というのだから面白い話である。
とは言え違和感があることには変わりなく、チビチビと飲んでも「何だったかな?」と首を傾げる。
そんな俺に近づいてくる人物が一人。
「飲んでいるか、スコール1?」
「一応な」
声をかけてきたのはまさかの主催者であるデイデアラ。
この髭のおっさんとは何かと顔を合わせている。
何か用かと無言のまま目線で尋ねたところ、デイデアラは少しだけ間をおいて口を開いた。
「お前はこれからどうするつもりだ?」
質問が少々曖昧すぎるが、なんとなく言いたいことはわかる。
俺が戦えるかどうか、彼は恐らくそこを聞いている。
求められるのは生き抜く力ではなく敵を倒す力。
それがお前にはあるのか、と問われているのだと感じた。
「なんとかやっていけそうだ」
そう答えるが今は多分精一杯。
「そうか」とだけ返して笑うデイデアラだが、その声が若干嬉しそうに思えたのは気のせいだろうか?
意外な人物の意外な気遣い。
英霊たちの輪に戻る彼の背を見て、次にカップに残った酒に映った自分の顔を見る。
見紛うことなくこの顔は俺が良く知るスコール1のものである。
どうしてこうなったのか、と思わずにいられない。
未だ夢なのではないか、とも思うことがある。
思考の海に沈む意識はすぐに喧騒によって引き上げられた。
騒がしい。
だが悪い気はしない。
どこからともなくリュートのような楽器を取り出して演奏を始める吟遊詩人のような英霊。
それに応えるように机を集めてその上で踊り出すエリッサ。
宴会は間違いなく成功と言える。
こんなにも今を楽しみ盛り上がっているのだ。
英雄と呼ばれ、英霊として呼び出されても彼らは人間なのだ。
暖かな人の営みを感じた俺はここにきてようやく心から笑うことができた気がした。
だが、そんな風に気持ち良く締まる話であるはずがなく、完全に酔っぱらっているデイデアラがここで声を上げる。
「いいぞ、嬢ちゃん! 脱げー!」
言うが早いかその頭に落とされるレダの拳骨。
まあ、笑い話として終わるのであればそれで良いとも思った。
問題があったとすれば、エリッサが本当に脱いだことだ。
「まかせろー!」と威勢よく肩紐のないブラのような衣装を放り投げ、女性陣がそれを隠すために飛び出し、同時に複数の拳がデイデアラの顔面を捉えていた。
この見事な女性陣の連携に男性陣は沈黙で対応。
全員が視線を合わせて頷くだけ、という奇妙な連帯感を感じつつ、こうなることを見越してやったのか、それともただ考えなしの振る舞いなのかを考える。
デイデアラは自らを「屍の山を築きし殺戮の王」と言った。
王となれる器を持つが故、答えはそのどちらであっても良いのかもしれない。
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